ちこくたす
誰かの声というのはだいたいどうでもいい声だ。自分に関係のある人の声というのは耳を使う意味はある。だから、この話はどうでもいい声でできた、どうでもいい話です。
少年が電信柱の下で立っていた。時刻は午後7時、人通りは少ない。俺は帰宅途中で、その少年を見かけたが特に気に留めず自宅の玄関を開けた。それで何故か今になって気になりだす。夕食どき、少年は白いシャツを着て半ズボン。家出にしては幼く見える。立っていた電信柱は俺の自宅の近くだからわざわざ戻って確認してもいいだろう。
その電信柱まで戻ってみた。少年が座っていた。声をかけてみる。
「どうした。寒くないか?」
「寒くはないけど」
「腹へってんのか?」
「うーん。別に」
「じゃあなんだ。家へ帰ればいいだろ」
「いえ、施設なんだ」
「じゃあそこへ戻れ」
「でも、シグナレスがここに来るって。僕に言ったんだもん。だから待ってるだけ」
「シグナレス?」
「そう。教えないけどね」
「聞いたのは、どうやって?」
「それも教えない」
「もし、その話が本当でも警察に電話したらどうなるかわかるか?」
「だから、僕は約束を守ってるだけ。だから、悪いことはしてない」
子どもが泣き出しそうなそぶりだった。泣かれちゃ困る。慌てて少年と距離をとって、その場を離れることにする。ここでコンビニへ目的もなく向かうことにする。
「シグナレス」
そういう名詞をどこかで聞いた覚えがある。確か、シグナルとシグナレスという題名だった気がする。内容はよく覚えていないが、じゃああの少年はシグナルってことか。
一般的にはシグナルを日本語に訳すと信号だろう。ただ、俺はその時信号とは訳さずに点滅と訳した。理由はよくわからない。どこかでそんな誤訳があったのかもしれないし、気分とか、あとはそういう思考回路の時だったのかもしれない。でも、嘘にしてはやけに詩的な嘘をつく少年だな。変わり種だ、そう思った。
コンビニでアイスと値段の張るカップ麺を買った。
あの少年はまだ立っていた。近寄ろうとしたが、警戒している。
「アイス買ってきたから食えよ」
「アイス」
「バニラとチョコ、どっちがいい?」
「チョコ」
手渡してやった。少年は不器用そうな手つきでカップアイスを開けると木製スプーンで食べ始める。一口食べたところで、少し意地悪く聞いてみる。
「うまいか?」
「ふあい」
「そうか、じゃあな」
「シグナレス、行っちゃうの?」
瞬間、背中に衝撃が走った。俺が、お前の待っているシグナレス?
「何、俺はお前と会う約束なんかしてねーぞ」
「でも」
確かに約束はしてない。でも、会ってしまった以上はどこかで交わした約束なのかもしれない。たとえば、前世とかで。しかし、これ以上の深入りする手段も語彙も持ち合わせていない。
「悪いな。おじさんは明日も仕事なんでね。お前は?」
「アイス食べたら、いえ帰るよ」
「ゴミはちゃんと持ち帰れよ」
「どちそうさま」
俺の中の遠い記憶の中から、どうでもいい誰かの声がかすかに聞こえる。瞳を閉じて耳を澄ませば、俺にも寄り添える心があるはずだった。




