#9
鳥のさえずりが朝の報せを告げる。ユノは瞼を擦り、寝返りを打った。
外で目覚めたのは初めて。落ち葉のベッドは存外悪くなかったが、息が当たりそうな距離にいる存在に気付いて凍りついた。
リザベル。
昨夜と同じく、ユノは彼の腕枕で寝ていた。
はわわ。何だこの図。
しかも向かい合って彼の胸に縋りついてるし。これだと完全に自分が甘えているみたいだ。
外で夜を過ごすのが怖いのだと思われたら心外だ。彼が起きる前に離れよう。
「あれ?」
やけに下がスースーするな……。
違和感を覚えて下に手を伸ばす。腰にはリザベルの上着が掛けられていたが、恐ろしいことに下衣が身脱げかけていた。
「わああぁ!」
「わ。どうしたの、ユノ」
驚いて叫んでしまい、リザベルを起こしてしまった。彼は上体を起こし、眠そうに瞼を擦っている。
「大きな虫でもいたかい?」
「虫……もいるけど、そうじゃなくて! ……いえ、やっぱ何でもありません」
「気になるだろう。大丈夫だから言ってごらん」
「お気になさらず」
使用人に寝相が悪いと言われたことはないし、朝起きて服が乱れていたこともない。なのに、よりによって最悪過ぎる。
羞恥心と自己嫌悪で吐き散らかしそうだ。
「あの。トイレに行ってきていいですか……」
「あはは。そんなの許可とらないでいいんだよ。恥ずかしがらなくてもいいし。男同士なんだから隠さなくていい」
「いや……それはちょっと……」
そういうものか?
誰ともそんな話をしたことがないから、よく分からない。
ただ知らないながらも、それらは隠すものだと思っていた。
けど彼は平然とそこで用を足していいと言ってくるし……何が正解なんだ。
再び思考の迷路に足を踏み入れながら、結局こそこそとその場を離れた。わき水で手を洗って戻ると、不意に頬を撫でられた。
「うん。昨日は暗くてよく分からなかったけど、怪我はなさそうだね」
「ん……」
軽く全身をチェックされる。顔に泥がついていたのか、リザベルはポケットから取り出したハンカチで頬を拭ってくれた。
「本当に……君と一緒に逃げ出せて良かった」
まるで慈しむような眼差しを向けられ、こそばゆくなる。
( 何なんだ…… )
少なくとも、会って一日の人間に向ける目じゃない。
襟のボタンを閉める手つきも、大事なものを扱ってるようで何とも言えない気持ちになる。
あ。
でも……そういえば自分も、彼が昏睡状態のときは同じように接したか。
傷つけないように、優しく。そう思うと、そこまでおかしくない気もしてきた。
とりあえず近くの沢で顔を洗い、リザベルがとってくれた樹の実を食べた。彼こそ都会暮らしのはずなのに、森の中で過ごすことに慣れているようだ。不思議だったけど、あまり尋ねるとこっちのことまで詮索されそうなのでやめた。
アリヴァー家の館からはだいぶ離れたと思うが、街には程遠い。休憩もそこそこに出発した。自分は体力がないからすぐに息が上がったが、リザベルは涼しい顔をしている。
俺も彼の足手まといにならないよう、必死に追いついていたけど。
「うわっ!」
傾斜の激しい道を下っていたとき、木の根に足を引っ掛けて転んでしまった。
痛いし情けない。人の手が入らない森は、家から出たことがない自分には充分難易度の高いコースだった。
「ユノ、大丈夫!?」
先に歩いていたリザベルさんが、慌てて俺を抱き起こした。
「歩くペースが速かったね。すまない」
「い、いえ。大丈夫です」
彼に手を差し出されたものの、取らずに自分の力で立ち上がる。
「のんびり歩いてたらまた日が暮れてしまう。行きましょう」
毅然と言ったものの、転んだ拍子に捻った左脚が痛んだ。
それでも悟られないよう、急ぎ足で進んでいたけど。
「ユノ。止まって」
「何ですか?」
「歩き方が変だ。一度診よう」
バレるのは早かった。やはり油断ならないと思ったけど、かぶりを振って先へ進む。
「大丈夫です。問題ありません」
「左脚を引きずってる。痛むんだろう?」
「痛くないです」
彼は何故こんなにも食い下がるのか。自分は何故こんなにも意固地になってるのか。
全部わからなくて、頭の中がぐちゃぐちゃだ。汗で服はへばりついてるし、喉が渇いて声が出にくいし、とにかくしんどい。
けど仕方ないから、思考を放棄して前に進みたい。立ち止まったら、永遠にこの森から出られないから。
自分で外の世界を選んだ以上、立ち止まりたくない。そして、リザベルに迷惑をかけたくなかった。




