#8
しばらく寝たふりをしていたけど、恐る恐る瞼を開けた。
リザベルさんはかすかに寝息を立てていた。寝室のベッドで寝かせていた時と同じく、綺麗な前髪を瞼に落としている。
突然攫われて、呪いが解けたと思ったら森の中に放り出されて。もっと取り乱していいところなのに、肝が据わってる。
( 俺が彼だったら絶対パニック起こしてるけどな…… )
呪いが解けた理由も分からないし、本当は不安でいっぱいだ。
無理やり心を落ち着かせようと、隣で眠るリザベルの寝顔を見た。
知的で優しいけど、想像以上に冷静な人だ。俺とは違って、強い芯を持っている。
でも昨日までは俺が服を着せ替えて、髪を梳いて、……「おやすみ」とシーツをかけていたんだよな。
まるで遠い記憶になったみたいだ。彼の体を拭いて、彼に抱き着いて眠ったのも……。
「……っ!」
突如あの禁断の夜を思い出し、体が火照りだした。
あれからまた日が経っている為、眠っていた欲望はゆっくり起き上がった。
最悪だ。
これまで生きていて、こんなにも気が昂ったことはない。自分でもあり得ないと思うのに……彼といると、体が疼いて仕方ない。
駄目だ。ここにいたら……っ。
最後の理性で何とか起き上がり、音を殺して近くの木々に隠れた。大木の幹に手をつき、向かい合うようにして項垂れた。
熱を発散したい。しかし焦れば焦るほど妙に頭が冴え、解放から遠ざかる。何度目かのため息がもれた時、真後ろで枝を踏む音が聞こえた。
「ユノ?」
「あふぁっ!」
気付けば、向こうで寝ていたはずのリザベルが傍にやってきていた。驚き過ぎて声が裏返った。嫌な汗が滝のように吹き出る。
「大丈夫? 具合が悪いのかい?」
「い、いや……っ」
慌てて白衣を整え、振り返る。暗いし、今どんな表情をしているかも彼にはわからないはずだ。
多分、今の自分は尋常じゃなく赤くなってる。なんせ倒れそうなほど熱いから。
すぐに咳払いして、乱れた襟を直した。不審に思われたのは間違いないが、落ち着いたふりをしとけば大丈夫だろう。
「だ……大丈夫です。すぐ戻るので、ほっといてくださっ!?」
言ってる途中だったが、絶叫からの絶句。
ユノは後ろから抱き込まれ、硬直した。
「じゃ、一緒に寝ようか」
リザベルはユノの耳元で囁き、手を引いた。
「君の押し殺すような可愛い声が聞こえてね。どうしたのか心配になったんだけど」
耳朶をちゅ、と吸われる。大人しくしてると、彼は俺を引っ張って寝床に歩き出した。
眠っていた欲望に火をつけるような、含みのある声音で。
「そういえば、ちゃんと男の子だったなぁ、って思い出した」
「……」
どういう腹落ちだ。
意味がわからないがツッコむ元気もなく、葉っぱの寝床に戻り、彼に体重を預けた。柔らかい羽に包まれるようで、とても心地いい。
「おやすみ。……可愛いユノ」
何でこんなに安心するんだ……。
まどろんだ意識の中で、愛おしそうに自分の名を呼ぶ声が聞こえた気がした。




