#7
「背く……」
そうだ。無我夢中だったから抜けていたけど、確かに反逆と等しい行動を起こした。
改めて他人の口から聞くと、とても重い言葉だ。 重すぎて、宙に浮いていた心がゆっくり沈んでいく。
「そう……ですね」
何の鳥か分からないが、頭上で断末魔のような鳴き声を上げている。
ぞくっとして、少しだけ身を縮めた。
リザベルはわずかに目を細めた後、と俺の頭を撫でた。
「私は君の一族の青年に襲われて、取引を持ちかけられたんだ」
「取引?」
「そう。ちょうど部下と歩いていたんだが、その部下を人質にとられた。油断していた自分が悪いんだけど、まんまと呪術にかけられてしまった」
話を聞いて納得した。彼は聡明に見えるし、力ずくでなければ易易と敵の手に落ちたりしなそうだ。
レイスの奴、やっぱり卑怯な手を使ったんだな。
「貴方を襲ったのは俺の従兄弟です。本当に申し訳ありません」
謝って済むことではないけど、代わりに頭を下げる。リザベルは少し考えて、それから片手を翳した。
「私を邪魔に思ってる誰かが、君の従兄弟に頼んだんだろう。それは仕方ないし、君達の家業を否定するつもりはないよ」
「でも……」
「それに、君は私を助け出してくれた」
────どうして?
言葉にこそしないが、彼の瞳はそう尋ねていた。
「俺は、一族のやり方は間違ってると思うんです。呪術がないと困る人がたくさんいるんだろうけど、……呪術のせいで困る人達のことを考えてしまう」
そのせいで上手く力を扱えないのかもしれない。
一族の落ちこぼれで、役立たず。だから家から出た方がいいのも確かだ。
「そうか。それじゃこれは、決死の家出というわけだ」
「家出。まぁ……?」
そうなるのかな?
言われるままに頷くと、彼はさらに嬉しそうな顔でうんうんと頷いた。
「良いと思うよ。ユノは二十歳だったもんね。自立するにはちょうどいい」
彼はひとりで感心しているが、ふと疑問に思ったことがある。
俺、彼に年齢は教えてないような。
どういうことかと眉を寄せたとき、再び手を引き寄せられた。
「それなら決まりだ。私を助けてくれたお礼に、君の家出に協力しよう」
「え!」
「追手が来るかもしれないし、ひとりじゃ不安だろう。無事に街に下りるまで、一緒に行動した方が良いと思うよ」
確かに。父や他の誰かが追いかけてくるとも限らない。
俺は呪術師として未熟だから攫われても価値はないけど、それでも跡取りがなにかやらかせば一族の名に傷がつく。それは彼らも避けたいはずだ。
だから誰にも見つからないよう、身を潜めて暮らせたらいい。一族にも迷惑をかけず、誰も傷つけずに済むように……。
「本当に、一緒に行動していいんですか?」
「あぁ。むしろこちらがお願いしたい」
彼がそう言ってくれたので、手を握り返した。
「ありがとうございます。それなら是非、お願いします」
「こちらこそ。末永くよろしく」
す……末永く?
またまた謎に感じたが、その場はひとまずやり過ごした。至極簡単な紹介を終え、休めそうな場所を探した。
とても小さな小川のほとりで顔を洗い、少しだけ水を含む。あまり飲むとお腹を壊すと言われたので、ハンカチをぬらして顔をぬぐった。
「今夜は野宿だね」
リザベルは落ち葉を集め、平地に敷いていく。最初は何をしてるのか分からなかったが、後で寝床を作ってるのだと気付いた。
「疲れただろう。もう休もう」
「はい」
リザベルは上着を脱ぐと、それを俺の上に被せた。そして腕を差し出し、「ほら」と促す。
「えーと……?」
「頭を乗せていいよ」
「だ、大丈夫ですよ。腕痺れちゃうじゃないですか」
「平気。それに夜中は冷える。嫌かもしれないけど、身を寄せ合っていた方が良い」
ね、と微笑まれ、おずおずと彼の腕に頭を乗せた。
……あ。
しかし直後に失敗だったと気付く。彼の方に向いてしまった為、互いにの顔を眺める体勢になってしまったからだ。
恥ずかしい……。
今さら身を捩るのも変な気がして、視線を下に下げた。リザベルの胸が近過ぎて、妙に意識してしまう。
自分の鼓動は速くなってるし。バクバク鳴ってるのが聞こえたらどうしよう。
不安から、寝つくまで他の話をすることにした。
「で、でも。火事に巻き込まれなくて本当に良かったです。俺達からすれば僥倖でしたね」
「そうだね。原因が何だったのか気になるけど……」
リザベルは自身の唇に手をあて、瞼を伏せた。
薄い桃色の唇。あまりに綺麗で、つい見惚れてしまった。
「ユノ?」
「あ、はい! 何ですか?」
「いや。色々不安だろう? 初めて家出した上に、こんな場所で寝泊まりなんて」
「あぁ……大丈夫ですよ。森なら何度も歩いてますから」
嘘をついた。
この歳まで一度も外に出たことがない。足手まといになるかもしれない存在だと思われたくなくて。
自身の虚勢に辟易しつつ、当たり障りない笑顔を浮かべた。彼は、少し困ったように笑った。
「そうか。……それじゃ、もう少しだけ頑張ろう」
「はい。おやすみなさい」
怖いぐらい静かな森の中。
不安じゃない、というのも嘘だ。本当は不安で仕方ない。これから独りで生きていけるのか。住む場所は見つかるのか。色々な思考が駆け巡り、頭の中を殴りつけていた。
城にいた時は考えもしなかったことだ。
あの時は、むしろリザベルの世話もしていたんだから。




