#6
問題はどうやって外に連れ出すかだ。
ここは二階。彼を背負ってまた一階へ行くことになる……けど……。
( それだとレイス達に捕まる )
他の抜け道を探さないと。でも窓から飛び降りたらタダじゃ済まないし、どうするかな。
頭を抱えて考えていると、廊下の奥に外階段があることを思い出した。ただ普段は施錠されており、鍵がどこにあるのかも知らない。
煙が入ってきたら本当にまずいし、これ以上悠長に構えることはできない。人命優先でリザベルをおぶろうとしたが、
「えっ!?」
手を取ろうとしたのに逆に腕を掴まれ、引き寄せられた。バランスを崩し、リザベルの上に豪快に倒れてしまう。
「いたた……え?」
倒れ込んだまま、必死に考えた。
ひとつの推測が頭を過ぎる。
まさか。いや、あり得ない。……でも、間違いなく抱き締められてる。
何度かまばたきして、恐る恐る顔を上げる。
「初めまして。……って言うのも変な感じだね」
夢じゃないかと思う。降りかかった声を聞いても、まだ呆然としていた。
しかし声の主は優しい音を奏で、俺の唇を指の腹で撫でる。
「でも嬉しいよ。やっとこうして触れられる」
そう言うと、上体を起こした彼は微笑んだ。
「な、な、な……」
リザベル。彼はとても自然な動作で目を覚ました。
「何で起きられるんですか!?」
「何でだろうね。私にも分からない。でも……」
リザベルは軽く首を傾げた後、思いきり腕を伸ばした。
「そのことはまた後で。騒ぎが聞こえたけど、逃げないといけないんだよね?」
「あ、そう! 下で火事になってるらしくて……」
けど、表から出たら捕まってしまう。
「外階段があるらしいんですけど、鍵がどこにあるか分からないんです」
「なるほど。大丈夫、とりあえずそこに連れて行ってもらえるかな」
彼はベッドから起き上がり、俺の手を引いた。
改めて見ると、とても長駆の青年だ。つい見惚れてしまいそうになるが、慌てて現実に戻る。
「こ、こっちです」
普段は誰も入らない部屋を抜け、朽ちたドアの前に立った。するとリザベルはポケットから道具を取り出し、そう時間もかけずに解錠してみせた。
「闘うのは苦手だけど、こういうのは得意なんだ」
「すご……」
いや、普通にすごい。ひたすら感心していたが、手を引かれて外に飛び出た。
空は暗かったが、飛び込んできた景色に目を奪われてしまった。
あ……。
風が頬に当たる。
頬だけじゃない。全身で感じている。
絶体絶命の状況なのに、外の世界に踏み出したことに衝撃を受けていた。
「足元気をつけて」
「はい……」
腰に手を添えられる。空いた手は繋がって、エスコートされてるようだ。
城の正面はやはり騒がしかったが、俺達は反対に更に奥へと突き進んでいった。
城から離れられたことにはホッとしたけど、今度は静寂が不気味に思えた。息も上がっていたので、適当な場所で休憩する。
「大丈夫ですか?」
「あぁ、目覚めの運動になった。君は? 怪我はない?」
「大丈夫です」
頬や手を触られ、何だか恥ずかしくなる。
正直まだ慣れないし、どう接したらいいのか分からずにいた。
ずっと一緒にいたけど、“初めまして”の人。
気まずい気持ちもあって、ついつい距離をとろうとしてしまう。
こちらの心中を察したのか、彼は困ったように笑った。
「私と一緒に勢いで逃げたこと、後悔してるかい?」
「いえ! ……後悔はしてません」
白衣についた土埃を落とし、静かに応える。
「俺はあそこで生まれ育ったけど、死んでるようなものでしたから。……死に場所ぐらいは自分で決めたいです」
そう告げるとリザベルは目を見開いた。わずかに視線を逸らした後、俺の手を取る。
「それも大事なことだと思うけど。もっと大事なのは、君が自分らしく生きられる場所を手に入れることだ」
「自分らしく……?」
「そう。君はこれからたくさん楽しいことを経験して、生きないといけないんだよ」
……っ。
まさかそんなことを言われるとは思わず、驚いてしまった。
生きるだけでも大変なのに、“楽しむ”なんて。
つい呆けていると、彼は優しく微笑み、俺の手の甲にキスをした。
「わわ……な、何ですか?」
「うん? ただの挨拶だよ」
手とはいえ、ただの挨拶でキスをするのか?
なにぶん世間の普通が分からないので、「へぇ……」としか言えない。狼狽していることがバレないよう、毅然と返した。
「挨拶。そうだ、自己紹介が遅れましたね。俺はユノ・アリヴァー。呪術業のアリヴァー家の嫡子です」
ご存知だと思いますけど。
内心どきどきしながら待っていると、彼はどこか嬉しそうに口端を上げた。
「アリヴァー家のことはよく知ってる。その正統後継者とこんな風に出会えたことに運命を感じるよ」
「あ、そうですか……」
運命というか、因縁じゃないのか。
困惑しながら腕を組むと、彼は突如その場で片膝をついた。
「私はリザベル・ウェスタンド。ウェスタンド家当主、カルドの長男だ。改めてよろしく、ユノ」
「よ……よろしくお願いします」
想像以上に丁寧な挨拶をされ、見事に動揺してしまった。
これ、俺も片膝をつかないと失礼だよな。でも両者片膝ついてるのなんて見たことないし……そもそも互いに身分差とかないし……。
頭の中でぐるぐる考えていると、リザベルは徐に立ち上がり、笑いかけてきた。
「それで、ユノ。君はアリヴァー家に背く意志がある、ということで間違いないかな?」




