#5
「ユノ様。やはり札は染まってませんね」
「うん」
明くる日も、呪物の生成をしていた。今作っている呪符は力が宿ると黒く染まるはずなのだが、白のままだ。
「うん、じゃありませんよ。恐らくこの呪符を作れなかったのは、歴代で貴方だけです」
「本当に申し訳ない」
監視役は頭を押さえ、うんざりした様にもらした。ここまで来ると笑えてくる。笑えないけど……。
とりあえず、彼に迷惑をかけていることが心苦しい。
「ごめんな。もう一度やってみる」
新しい札をとろうとしたその時、部屋の扉が乱暴に開かれた。
「おい、ユノ! あいつをどこにやった!?」
現れたのはレイスだった。烈火のごとく詰め寄る彼に、監視役も青い顔で後ろへさがった。
「あいつって?」
「とぼけるな! ウェスタンド家の王子だよ!」
強引に襟を掴まれる。机に並べていた薬瓶も倒れ、床に溢れた。しかしそれを気にする余裕はなく、怒り狂ったレイスに向き合う。
リザベルを匿っていたことがバレた。いや、彼がいなくなったことにようやく気付いたようだ。
「早く言え! クリスタッド政府から通告が来たんだ! 下手したら一族全員王宮に呼ばれて罰せられるかもしれない!」
かもしれない、って。王族お抱えの要人を拉致したんだから、罰せられるに決まってるじゃないか。
今ごろ焦りだした従兄弟になんと言えばいいか分からないが、ひとまず宥めることにした。
「落ち着いて。彼は生きてるから大丈夫だよ」
「本当だな? ああ良かった……!」
レイスはユノの襟から手を離し、胸を撫で下ろす。
こちらも、てっきりリザベルにかけた呪いを解くつもりなのだと思っていた。だから安堵していたのだが、彼が次に放った言葉に愕然とした。
「それならあいつを人質にして、国外に逃げ果す身代金を得られるかもしれない」
何を言ってるのか、一瞬本気で分からなかった。
今彼を無傷で帰せば罪が軽くなるかもしれないのに、レイスはさらに恐ろしいことを考えている。
「レイス、冗談だろ? 気が動転してるだけだよな?」
「はっ、冷静だよ。もちろん、俺達に被害が及ばないよう今回の依頼人を交渉役に使うつもりだ」
そんなこと、依頼人だって引き受けないだろう。アリヴァー家が誘拐したことが政府にバレた時点で、この依頼は失敗なのだ。だから本来報酬金も返すべきだ。
「悪いことは言わないから、今すぐ彼を王城に連れて行こう。後遺症もなく、必死に謝れば死刑は免れる……かも」
「お前は本当に意気地なしだな。そんなんだからいつまで経っても呪術を習得できないんだよ!」
強く突き飛ばされ、本棚に背中を打ちつける。反論する間もなく髪を掴まれた。
「早く言え! あいつはどこだ!?」
「……っ!」
言ったら、今のレイスは彼に何をするか分からない。
呪いを解くつもりがないなら尚さら、無抵抗の彼を差し出すことはできなかった。
唇を噛み、沈黙する。レイスは痺れを切らし、足元に転がる薬瓶を手に取った。
「出来損ないが作った薬でも、ないよりはマシだな。言わないなら全部飲ましてやる」
「レ、レイス様。さすがにそれは……」
監視役は制止したものの、レイスは構わずにユノの首を押さえ、口元に瓶を当てた。
「……」
いつ死んでもおかしくないとは思ってたけど、まさかこんな終わりを迎えるとは。予想外にも程がある。
でも、もう仕方ないか。初めから味方なんて一人もいない。
守りたい人はできたけど、自分の力じゃとても守ることはできないから。
─────ごめんなさい。
黒々とした液体が唇に触れる。
瞼を伏せて口を開いた。だがその瞬間、瓶に入っていた薬液は全て鈍い音を立てて蒸発した。
「な、何だ!? 何をした!」
……?
レイスは驚いているが、自分は何もしていない。何が起こったのか分からずにいると、廊下から焦げ臭い匂いがすることに気付いた。
「レイス様、一階で火事が起きたようです! 早くお逃げください!」
「な、何だ……さっきから何が起きてるんだ……!」
廊下から顔を出した使用人に、レイスは困惑している。仕方ないので彼に窓の外を見るよう促した。
「煙が上がってる。今は逃げた方が良いんじゃないか」
「……!!」
幸い我に返ったらしく、レイスはユノを床に突き飛ばし、大慌てで部屋を出て行った。
取り残された監視役も後に続こうとしたが、ハッとして振り返る。
「ユノ様? 我々も早く逃げましょう」
「……ちょっと腰抜かしちゃって。すぐに行くから、先に降りてくれ」
「なら手を貸しますから」
「いや、大丈夫。レイスのせいでズボンもぬれちゃったし」
床に転がった薬瓶達を指し示して苦笑する。彼は困ったように頷き、部屋を出て行った。
ふぅ。何とか誤魔化せた。
火事が起きたことは想定外だから、急いで引き出しから鍵を取り出す。そしてコネクティングとなっている寝室の扉を開けた。
ベッドには、静かに横たわるリザベルがいる。
大ピンチだけど、二度とないチャンスだ。今ならこの混乱に乗じて、彼を救い出せるかもしれない。
本当はレイスに呪いを解いてほしかったけど、もうなりふり構っていられない。祓う方法は救い出してから考えよう。




