#3
初めて会った青年に一目惚れし、憐憫の情を抱いた。
俺も他人を心配できる立場じゃないと思うけど、それは一旦置いておこう。
確か二階に亡くなった祖母が使っていた車椅子があったな……。
小柄だから大変だったけど、二階まではおぶって移動した。古いものの立派な車椅子に青年を移乗させる。
牢の鍵は受け取っていたが、使わずにポケットに仕舞う。
車椅子を押して、従者も入れない最奥の寝室へ連れて行った。
「これでよし!」
自分のとき同様、不衛生な地下牢にいたら真っ先に感染症にかかりそうだ。
見てる限り呼吸は問題ない。ユノは彼を自分のベッドに寝かせ、窓を開けた。
「ふぅ。あそこは息苦しいですよね」
振り返り、瞼を伏せたまま反応のない青年に笑いかける。
ユノは自嘲し、可能な限り今のウェスタンド家について調べた。王族直属の神職であり、先代から主を引き継ぐ王子のことを。
リザベル・ウェスタンド。齢は二十八。一族きっての祝力の持ち主。容姿端麗で高材疾足、王族からの信頼も厚い完璧な祝術師。指輪はしてないが、婚約者がいる可能性もある。
予定ではもうすぐ現王の側に立つはずだったろうに、気の毒過ぎる。
レイスがかけた昏睡の呪いは術者以外には解けない、呪殺の次に強いものだ。自分がどれだけ努力したところで、彼を目覚めさせることはできない。
片っ端から書物を取り出し、祓いの方法を読み耽ったものの、手掛かりになるものは見つからなかった。
最悪レイスを脅して無理やり呪いを解くか。できなくはないけど、それをしたら確実に自分は死刑だ。
でも、このまま生きても良いことなんてないし。……それも構わないか。
朝になってから椅子に座らせ、彼の口に水を含ませた。普通の人間と違い神の加護があるから、生命力は強そうだ。
「全部飲んでくれて良かった」
水を飲むという反応だけは示してくれる。それが嬉しいし、安心した。しばらく親族ともろくに話さなかったせいか、昏睡状態の青年に向かってついつい話しかけてしまった。
「散歩にお連れしたいんですけど、俺も外出禁止されてるから。……今日なんて良い天気だから、風に当たったら気持ちいいんですけどね」
木櫛を持ち、彼の綺麗な髪を優しく梳く。人形遊びのようだ。まさか二十歳になってこんなことをするとは。
でも、独りよりずっと良い。……気がしてしまう。
「時々は喋らないと、筋肉衰えますからね。リザベルさんも」
喋るはずがないのに、事あるごとに声を掛ける。それはあっという間に定着した。結局ただの独り言なのだが、話しかける度に何だか愛しさが増す。
まるで旧知の仲のよう。彼は何も分かってない、思考すらできない状態だが、自分は勝手に親しくなれた気になっている。滑稽すぎて笑えてきた。
彼も困るだろう。まさか男にこんな世話をされてると知ったら……。
清拭はもちろん、一週間も経てば大体のことは慣れてしまった。もう呪術師なんてやめて別の職業で生きたいぐらいだ。
彼の呪いを解いて逃がしてあげられたら良いのに。自身の至らなさでそれができないことが歯痒い。
呪術を習得し、後継者に相応しい人間だったら叶ったかもしれないことだ。申し訳なくて、久しぶりに惨めな気持ちになった。
「呪術は全然上手くいかない。成人の儀も控えてるけど、一族の誰からも求められてない。何で生きてるのか本気で分かりません」
床に膝をつき、リザベルが座る椅子の肘掛けに顔をうずめる。スーツは汚れるが、そんなの構わない。
「俺は……いや」
夜、怖いほどの静寂に包まれる。この時ほど孤独を感じる。ひとりきりの世界に弾き出され、押しつぶされそうだ。
「俺が死んで、貴方が自由になれたら良いのに」
だから何も反応しない青年に本音を明かしてしまう。
「いなくなりたいよ。……早く」
泣き疲れて眠る夜を何度も過ごした。呪術について学びながら、同時にお祓いの分野も学んで。
彼の手に掌を重ね、寝落ちする日々。
雨の日も晴れの日も、彼の傍にいた。日が経っても彼の美しさは変わらず、それが尚のこと誇らしくなる。
いや俺のものじゃないって……。
段々危険な思考に傾いてきて、自身の両頬を打った。
栄養価の高いスープをリザベルに飲ませ、口元を布巾でぬぐう。ベッドに移動した後、ユノはシャツを脱いだ。
「何か今日は蒸し暑いな……」
いつも同じベッドに隣り合って寝ているのだが、リザベルの体温も高い気がする。
上だけ脱がせた方が良いかな。ちょっと申し訳ないというか、犯罪的だけど。
体はいつも拭いてるんだし仕方ない。ということにしよう。
ボタンを外し、リザベルのシャツを脱がせた。彼は普段から鍛えているようで、胸板は厚く、腹筋は締まっている。同じ男から見ても惚れてしまう、逞しい肉体をしていた。
彼を見ていると自分がいかに貧相か再認識するので、複雑だ。
「リザベルさんは絶対モテただろうなぁ」
自分はズボンも脱ぎ、床に投げた。ほぼ全裸の状態で、彼と寝転ぶ。それは充分犯罪的に感じた。




