#1
初めて開いた絵本の中には、お姫様と魔女がいた。そしてお姫様を攫った魔女は、王子に倒される運命なのだと知った。
ならば恐らく、俺もこの魔女みたいに葬られるんだろう。子どもながらにそう悟り、本をかたく閉じた。
ひとに不幸を与える『呪い』の一族。俺はその跡取りとして生まれた存在だから。
「ユノ様、休憩は終わりです。仕事を再開してください。今日の成果次第ではまた地下牢行きですよ」
人声に驚き、窓際の木枝にとまっていた鳥が慌てて空へ羽ばたいた。
荒々しい足取りで部屋に入ってきた黒髪の青年に、ユノと呼ばれた青年はゆっくり振り返る。珍しい銀髪をなびかせ、餌入れを机に置いた。
「それと、野生の鳥に餌をやる必要はありませんよ」
「だ、だな。ごめん」
監視役でもある青年に、ユノは気まずそうに頷いた。
「今朝方お伝えした毒薬は作れましたか?」
「うん。でも札の方はまだ……。どうしても呪力がこもらなくて」
「はぁ……」
青年は窓を閉め、深いため息を零す。本に書いてある通りに作ればいいのだと告げ、机に置かれた白紙の札を破り捨てた。
「ユノ様。貴方はアリヴァー家の正統後継者です。今は簡単な修行しかしていませんが、いずれ要人の呪殺も請け負うことになる。一族の名誉と未来を背負っている、その自覚を持ってください」
◇
見える世界は、せいぜい自室の窓に広がる暗い森だけ。
ユノ・アリヴァーは窓際に寄りかかり、ため息を飲み込んだ。
今年二十歳になるユノは、一族の住まいから出たことがない。
何百年もの間呪術を生業として栄えた、アリヴァー家の嫡子として生まれた。幼い頃から呪術のことだけを叩き込まれてきた為、世間一般の常識や情報には疎い。
現当主である父と寡黙な乳母、拝金主義の呪術師達に囲まれて育った。
クリスタッドという大国で、民衆から隠れるように森の奥に建つ城で暮らしている。
強力な呪いを扱う為に恐れられているが、戦時中は国に貢献したこともある為、家業は黙認されていた。
今でも他国の政府機関から依頼をされることが侭ある。よく言えば頼りにされ、悪く言えば都合よく使われている。
いつの時代も国を動かすのは主導者を裏で操る者だ。汚いことを弾圧するふりをして、目的の為なら手段を選ばない者。
しかしそのおかげで一族は繁栄し、莫大な資産を築き上げた。本当なら感謝しないといけないのに、息苦しい。
嫌だった。───何も悪くない人達を呪って生きることが。
ユノは薬液が入った瓶を軽く振った。
この家に生まれた者は呪術を学び、習得する。それができなければ存在価値はない。
頭では分かっているものの……誰かを傷つけ、恨まれる仕事。それを喜んでこなすほど、自分はまだ何ひとつ経験していなかった。
「……ユノ、また失敗したらしいな。今年は成人の儀があるというのに、全く先が思いやられる」
久しぶりの会合に出席すると、真っ先に矢面に立たされた。
一族の統括となるのだから、能力不足が許されないのは百も承知だ。恭しく席について、不均等に佇む年長者達に頭を下げる。
遠縁の者もいれば、血の繋がらない出資者までいる。しかし共通しているのは、全員ブラッドレッドの鉱石のピアスをしていることだ。
「大変申し訳ございません」
資質がないのは事実だ。呪術は初級レベルのものしか成功したことがない。それ以上になると、何故か依代が激しく痛み、朽ちてしまう。人形や木を使った時は全部駄目にしてしまった。
俺は本当に当主の……いや、一族のひとりなんだろうか。
何とも言えない気持ちでワインを口にすると、従兄弟のレイスが傍にやってきた。
「相変わらずだな。まだ十歳のコキアでも簡単な呪物なら作れるんだぞ。恥ずかしくないのか?」
姪っ子の話をされ、その成長を嬉しく思った。が、正直に言えば火に油を注ぐ。
結果的に「恥ずかしいよ」と答えた。
「お前な……もう少し真剣に考えろ!」
「レイス、おやめなさい」
とは言えやはり癇に障ったらしい。そのまま掴みかかられそうな勢いだったが、周りがレイスを窘めた為事なきを得た。
父はずっと押し黙っていた。ユノを責めることもなければ、庇うこともない。その無機質さも、少し恐ろしい。
「とにかく、ユノ。貴方は一人前になるまで城から出ることはなりません。呪術師として正式に表に立つまで精進なさい」
お開きと言うように、叔母が手を叩く。
「……承知しました」
惨めとかいう感情はどこかに落としてきた。
怒りも悲しみもない。あるのはただ虚無感。
周りの声を受け止め、全力で期待に応える。応えられなければ……。
かつて閉じ込められた真っ暗な地下牢を思い出し、ぶるっとした。
やめやめ。昔のことは忘れよう。
会議の後は夕食会が始まるようだ。けどいつ食べても味がしないので、気付かれないよう自室へ戻った。




