表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/131

ナイタカ様

1|依頼──観光ブームの裏に潜む、ある“違和感”


「ナズナさん、この島、おかしいんです」




メールは観光業関係者を名乗る人物からだった。内容はこうだ。




日本海に浮かぶ某小島で「巨大生物」の目撃情報が相次いでいる


赤い波とともに現れる“なにか”が話題となり、島は一時的に観光ブームに


しかし、その映像はどれも決定的な証拠に欠ける


一部の観光客は恐慌を起こし、過剰な反応などがSNSに流れている


だが──島の地元住民、とりわけ漁師たちは決してそれについて語ろうとしない


これだけならば、よくある未確認生物ブームのひとつかもしれない。




だがナズナが興味を持ったのは、その小島に残る“ある名前”だった。




ナイタカ様。




──それは、古来から伝わる有名な伝説だったからだ




2|現地調査──赤い波の正体と、その夜


ナズナは現地の海辺にいた。




波は穏やかだったが、どこか“音が違う”と感じた。リズムが、潮の引きと押しではなく、何かが“呼吸している”ような、内から響く波長。




そのとき、水平線の先が赤く染まり始めた。




夜光虫や赤潮とは違う、もっと透き通った赤。血の色ではない。ルビーのような、でも決して人工的ではない赤。




そして、そこから何かが──にゅうっと、浮かび上がった。




“首が長い”と表現されがちな姿ではない。あれはむしろ、長く滑らかな楕円。流体のようでありながら、芯のある質量。海面に接した部分から静かに盛り上がり、そのまま引いていく。




周囲にいた観光客が叫び、スマホを構える。




だがナズナが注視したのは、その後だった。




漁師が、目を伏せていた。




3|証言──語られざる“共存”の記憶


島の港にいる年配の漁師に声をかけた。彼は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに海を見つめたまま、こう言った。




あんた、ナイタカ様を見たんか。


……そうか、見たんか。




儂が子どもの頃から、ずっとおる。


夏でも冬でも、たまにやけど、赤い波が寄せてくるときがあるんや。




昔、友達が船ひっくり返してのう。


荒れてる日に出たらあかんて言うてたのに。


でもな、不思議やった。


あいつ、水泳もあかんのに、ぷかーっと浮いて助かったんや。


自分でも言うとった。「なんかに押されたような気がする」ってな。




悪さは、せん。


でも、見たことあるって言うたら、外の人間が騒ぎ出すやろ?


テレビが来たり、勝手に祟りとか言い出すやろ。


……だから黙ってる。それが一番ええんや。


彼の声には、恐怖はなかった。




4|外部の声──オゴポゴとの比較


オゴポゴ──カナダのオカナガン湖に棲むとされる未確認生物。




・赤い波とともに現れる ・細長くうねる体 ・ネイティブの神話では“湖の守護者”とされ、供物を捧げる対象だった




興味深いのは、オゴポゴの伝承にも「人を襲う」という描写が少ないことだ。むしろ、それを神格化したり、尊敬する文化が残っていた。




ナイタカ様とオゴポゴ。




地理的距離を超えて、2つの土地に現れる静かな守り手。 それは果たして“同じ存在”なのだろうか。




5|観光と不理解──誰が怪物を作るのか


この島で問題になっていたのは、“生き物”そのものではなかった。




問題は、人間の反応にある。




少しでも異形のものを見ると「ヤバい」と叫ぶ


その瞬間を拡散し、誤った伝説として演出する


事実よりも「バズり」が優先される


声の大きい者が“恐怖”の物語に仕立てあげる


本当に怪物なのは、どちらだろう。




自然と共に生きる者は黙り、 何も知らない者ほど大きく騒ぐ。




ナイタカ様が悪さをした証拠はない。 だが「姿が異様だった」という理由だけで、脅威扱いされている。




6|仮説──“神”ではなく、“隣人”としての存在


ナズナの推論は、こうだ。




ナイタカ様は、恐れる未確認生物でもなければ、神でもない。




もっと素朴な、“太古から人と共存してきた異界の何か”だ。




海という大きな循環の中で、人と同じく生き、ただ存在していただけのもの。




それが「文明の目」に触れたとき、言葉が追いつかず、神や怪物という概念に分類されただけ。




だが、本来は分類など必要なかった。




異質であっても、害がなければ受け入れられる。 それが、この島の漁師たちの叡智だった。




7|ナズナの語り──あなたに託す


ナズナは、最後にもう一度だけ浜辺を訪れた。




空は曇り、波は低く静かだった。 潮の匂いが濃く、足元に淡く赤い波が寄せていた。




しばらくして、静かに、あの“楕円の影”が海面に現れた。




でも、ナズナはスマホを構えなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ