Exposure
舞踏会での一夜の魔法は、残酷なほど短命だった。
バルコニーでの秘密の告白の後も、アルフレッド王子は密かにエマと手紙を交わし、数度、王都から離れた森の中で再会を果たした。その交流は、二人の愛を確固たるものに変えた。王子はエマといる時だけ、王冠の重圧から解放され、心から笑うことができた。
しかし、その幸福な時間は、エリザベス公爵令嬢の冷徹な調査によって、終わりを告げた。
エリザベスは、舞踏会でエマが飾っていた白いマーガレットと、彼女の曖昧な返答に不審を抱き、執拗に「イブニング・フラワー」の正体を探らせていた。そして、ついに、エマが下級貴族の末席に連なる貧しい家の娘であり、王室の血筋とは全く無関係な存在であることを突き止めたのだ。
ある冷たい日の朝、エマの古い家に、王室の紋章を掲げた馬車が到着した。降りてきたのは、王子の秘書官である、冷徹な表情の貴族だった。
「エマ嬢。アルフレッド王子との、不適切な交流について、王室は把握しております」
秘書官の言葉は、氷のように冷たかった。彼は、エマの父と母の目の前で、容赦なく身分違いの恋の罪深さを説いた。
「王子の未来は、この国の安定そのものです。公爵令嬢エリザベス様との婚約は、すでに諸外国にも承認された、神聖な義務です。あなたのような地位の低い者が、一時の感情で王子の心を引きつけようとすることは、国家に対する反逆にも等しい」
エマは、頭を殴られたような衝撃を受けた。愛が、反逆?
彼女が弁解しようとする前に、秘書官は一枚の紙を突きつけた。それは、王室の厳重な警告文だった。
「次の週末、王室主催で、アルフレッド王子とエリザベス公爵令嬢の正式な婚約発表会が開催されます。これは、全ての憶測を打ち消すための儀式です。エマ嬢、あなたが王子を愛するのならば、二度と彼の前に現れるべきではありません」
王室は、二人の純粋な愛を、些細なスキャンダル、あるいは王子の一時の道楽として処理しようとしていた。
その日の夜、アルフレッド王子が、城を抜け出し、エマの家へ駆けつけた。彼は激しく動揺しており、いつもの気品を失っていた。
「エマ、許してくれ! エリザベスが…全てを王室に報告した。父上と母上は激怒している。彼らは、私の即位を早め、エリザベスとの結婚を強行しようとしているんだ!」
彼は、エマを抱きしめた。その抱擁は、助けを求める子供のように切実だった。
「私は…君を愛している。君こそが、私の傍にいるべき女性だ。君の純粋さが、私に真の統治の意味を教えてくれた」
「アルフレッド様」
エマは、彼の背中に回した腕に力を込めた。
「でも、あなたは王子です。あなたの義務は、国にあります。私のために、あなたの人生、あなたの地位、そしてこの国の安寧を危険に晒すことはできないわ」
エマの心は張り裂けそうだったが、彼女は、愛する人の重荷を理解していた。エリザベス公爵令嬢の完璧さ、そして彼女が持つ背景は、王室の期待そのものだ。エマの愛は、王子の未来を破滅させてしまうかもしれない。
「次の週末。婚約発表会で、全てが決まる」
王子は、顔を上げ、深い苦悩をエマの瞳に映した。
「私はそこで、答えを出さなければならない。義務としてのエリザベスを選ぶか、それとも、国と王室の期待を裏切ってでも、愛としての君を選ぶか」
彼は、身を引くことのできない、究極の選択を迫られていた。その苦悩は、エマの心を打ち砕いた。
エマは、アルフレッド王子の頬にそっと触れた。その肌は冷たかった。彼女は、彼の苦悩を終わらせるためには、自分自身が身を引くしかない、という痛ましい結論に達し始めていた。
物語は、愛と義務の対立が頂点に達し、クライマックスの舞台が整った。




