Metamorphosis
舞踏会までの三週間は、エマにとって嵐のような時間だった。その中心にいたのは、親友マリーだ。マリーは、伯爵家の古い倉庫から、流行遅れで埃をかぶった絹のドレスを発掘してきた。
「これは、ねずみ色じゃないわ、エマ。月光の銀色よ! そして、この胸元の刺繍、これを工夫すれば、野の花のつるみたいに見えるはず!」
マリーの目は、すでに仕上がりの光景を見ているようだった。
マリーは伯爵家で培った器用さを発揮し、古いドレスを解体し、大胆に形を変えていった。布地は地味だったかもしれないが、その素材は上質だった。エマの細いウエストと、華奢な肩のラインに合わせて、ドレスは生まれ変わった。それは、王都の流行とは一線を画す、クラシカルでありながら、エマの可憐さを最大限に引き出す、夜空に咲くユリのようなドレスだった。
そして、舞踏会の当日。夜が静かに更けていく中、エマの部屋は、マリーの情熱と香油の匂いで満ちていた。
「いい? エマ。あなたはいつも、自分の地味な服を盾にして、可憐さを隠してきたわ。でも、今夜はだめよ。すべてをさらけ出して」
マリーは、特別な夜のために行商から手に入れた、貴重な化粧品を惜しみなく使った。まず、野外での作業で少し焼けたエマの肌に、丁寧に白いパウダーをのせていく。それは雪のヴェールのように、彼女の透明感を引き出した。
次に、瞳。普段は優しさに満ちた明るい茶色の瞳だが、マリーは、眉の形を修正し、まつ毛を繊細にカールさせることで、その瞳をまるで深い森の奥に隠された琥珀の泉のように輝かせた。そこに、野花から抽出したという、ほのかに赤みがかった口紅を薄く塗る。その色は、彼女の肌の透明感と見事な対比を生み出し、息をのむほどに官能的で、そして無垢だった。
髪も同様だ。エマの長い栗色の髪は、いつもシンプルに編まれていたが、マリーはそれをゆるく巻き上げ、首筋を優雅に見せた。そして、仕上げに、エマが今日摘んできたばかりの、小さな白いマーガレットと、繊細なレースを編み込んだコサージュをそっと飾った。
「見て、エマ」
マリーは、手鏡をエマの前に差し出した。
鏡に映ったのは、エマではなかった。
そこにいるのは、普段の野原にいる、内気でささやかな少女ではない。凛とした首筋、深く輝く琥珀の瞳、そして月光のように光を反射する銀色のドレス。
(これが、私……?)
エマは、自分の中に、これほどまでに眠っていた美しさがあったことに、愕然とした。それは、エリザベス令嬢のような、人を圧倒するバラの美しさではない。しかし、見る者の心を静かに捉えて離さない、まるで月の光のような、神秘的な魅力だった。
「どう? エリザベス様とは違う、あなたの美でしょう?」
マリーが誇らしげに言った。
「あなたは完璧になろうとしなくていいの。ただ、あなた自身が持つ純粋な輝きを、解放すればいいのよ」
エマは立ち上がり、ドレスの裾をそっと持った。まるで皮膚が新しくなったかのような、絹の滑らかな感触。胸が高鳴り、心臓が踊り始めた。
「怖い……」
「何が怖いの?」
「もし、彼が…私が変装した姿を見て、幻滅したら」
「大丈夫よ。彼は野花に惹かれる心を持っているのよ。あなたは今、豪華な温室の中で、自力で花を咲かせた野花なの。自信を持って。あなたの可憐さは、宝石の輝きよりも強いわ」
マリーの力強い言葉が、エマの緊張を解いた。
古い馬車に揺られ、エマは王都へと向かった。車窓の外は、王都の煌びやかな灯りが、夜の闇を突き破って輝いていた。宮廷の社交界。エリザベス令嬢と、アルフレッド王子がいる、あの華やかな世界。
馬車が宮殿の前に着くと、音楽と人々の歓声が、まるで巨大な波のようにエマの耳に押し寄せた。
エマは、深呼吸をした。バスケットの代わりに、小さなサテンのポーチを手に握りしめた。
(ただ一度だけ。あの日の野原で私を見てくれた、彼の瞳を、もう一度見たい。)
これが、最初で最後のチャンス。エマは、マリーに渡された黒いレースの扇を、まるで身を守る盾のように握りしめ、宮殿の重厚な扉をくぐった。




