Invitation
アルフレッド王子の婚約記事を見て以来、エマは再び野原へ行くことをやめていた。あの場所へ行けば、あの日の甘い幻影が蘇り、エリザベスという現実の壁に再び打ちのめされることが怖かったのだ。
そんなある日の午後、古びた玄関の扉を、馬車の音が破った。厳重な王室の紋章が押された封筒が、エマの父のもとへ届けられた。
「王室主催、晩秋の祝祭舞踏会」の招待状。
エマの家は、確かに下級貴族の末席に連なっていたが、招待状が届くのは滅多にないことだった。父の古い功績に対する、儀礼的な配慮だろう。しかし、その封筒は、絶望の淵にあったエマの心に、突然投げ込まれた一つの石のようだった。
「信じられない……」エマは、招待状の金箔の縁を指先でなぞった。
そこに偶然居合わせたマリーは、エマの背中を力強く押した。
「エマ、これは神様が与えたチャンスよ! いい? 舞踏会よ! あの王子様がいる場所へ、あなたが行けるのよ!」
「でも、マリー。私は…」
エマは顔を曇らせた。
「私には、着ていくドレスすらないわ。宮廷のパーティーで着るような、豪奢な服なんて。行けば、すぐに身分違いだと笑われるだけだわ」
「バカなこと言わないで!」
マリーはエマの両肩を掴み、その青い瞳を真っ直ぐ見つめた。
「服なんて、どうにでもなるわ。伯爵様のお屋敷で預かっている古いドレスを、私がどうにか直してあげる。問題は、あなたの中にある壁よ」
マリーはエマの頬に触れた。
「あなたはエリザベス様をバラだと言うけれど、バラは美しすぎて、誰もが距離を置いてしまうものよ。あなたはどう? あなたは、野に咲く花の可憐さと、親しみやすい優しさを持っている。王子様は、あなたのその飾らない心に惹かれたんじゃないの?」
「彼は、私をただの道に迷った旅人の手助けをした『一住民』としてしか見ていないわ」
「いいえ。あの王子様が、こんな片田舎で出会った女性に、『また』なんて言うかしら? 王子様は、完璧さばかりに囲まれて、きっと息苦しいのよ。彼は、偽りなく、ありのままのあなた自身を見たがっているのよ!」
マリーの言葉は、エマの心の中に眠っていた、僅かな勇気を呼び覚ました。
(もう一度、彼の瞳を見たい。)
それが、エマの純粋な衝動だった。彼がエリザベス令嬢の隣にいる姿を、この目で見て、完全に諦めるためかもしれない。あるいは、あの日の野原で感じた、二人の間に流れた「共感」が、本当に存在したのかを確かめるためかもしれない。
「わかったわ、マリー」
エマは震える声で言った。
「私、行くわ。身分違いだと笑われても、ドレスが古くても、一度だけ、あの場所へ踏み込んでみる」
エマの瞳に、再び光が宿った。それは、絶望の色ではなく、小さな、しかし強い決意の色だった。
「その意気よ、エマ! さあ、時間がないわ。今日から私たちの秘密の作戦開始よ! あなたは、完璧な淑女ではなく、誰もが目を奪われる、特別な『野の花』として、あの舞踏会に咲くのよ!」
マリーは自信満々に微笑んだ。
この招待状は、身分の壁に絶望していたエマにとって、物語の舞台、すなわち宮廷へと足を踏み入れるための、最初で最後の切符となったのだ。




