バラの檻を捨てた先に
エマとアルフレッド王子の結婚式が終わり、教会の外に広がる爽やかな風がエリザベスの頬を撫でた。彼女の胸にあったのは、かつて感じていたような重苦しい焦燥感ではなく、どこか清々しい解放感だった。
「エリザベス様、よろしいのですか? 王都に戻れば、心ない噂を立てる者もおりましょう」
側近の侍女が心配そうに声をかける。しかし、エリザベスは静かに首を振った。
「いいのよ。私はこれまで、他人の目ばかりを気にして、公爵令嬢という完璧な仮面を被って生きてきたわ。でも、あの二人の愛を見て……そして、自分自身で婚約破棄を受け入れた瞬間、初めて自分の足で地面に立っている実感が湧いたの」
彼女は王都へは戻らず、自領の最果てにある、手入れの行き届いていない古い別邸へと向かった。そこは、かつての彼女なら「完璧ではない」と見向きもしなかった場所だ。
数ヶ月後。
エリザベスは、かつての深紅のドレスを脱ぎ捨て、動きやすい軽やかな装いで、庭園の土をいじっていた。そこには温室のバラではなく、彼女自身が興味を持って集めた、世界中の珍しい植物や、エマが教えてくれたような野の草花が植えられていた。
「エリザベス嬢、その花に水をやりすぎですよ」
背後から声をかけたのは、王室の元教官であり、今は彼女の庭造りを手伝っている若き学者だった。彼はエリザベスを「未来の王妃」としてではなく、ただの「植物を愛する一人の女性」として扱う、数少ない人物だ。
「あら、ごめんなさい。つい夢中になってしまって」
エリザベスは顔を上げ、屈託なく笑った。その顔は、宮廷で見せていた完璧な作り笑いよりも、ずっと眩しく、生命力に満ちていた。
「あなたは今、どんなバラよりも美しい」
学者の言葉に、エリザベスは少しだけ頬を染めた。かつての彼女なら、そんな無作法な口の利き方は許さなかっただろう。だが今の彼女は、その言葉を素直に受け入れ、幸せを感じることができた。
彼女は、王子の隣に立つ「バラ」であることをやめた。 しかし、彼女は今、自分自身の人生という庭で、自分らしく咲き誇る一輪の花となったのだ。
エマとアルフレッドが愛を育む王国のどこかで、エリザベスもまた、誰のためでもない、自分だけの真実の幸福を掴もうとしていた。




