第二章 1『カリュの村』
私たちがその村に着いたのは、もう、日もとっぷり暮れてからだった。
スサノオ「ここがこれから僕たちが暮らす“カリュの村”だよ。家は村はずれにあるけど、まずは村の中を簡単に案内するね。」
スサノオから村って聞いていたから、もう少し田舎(ごめん!)というか、牧歌的な雰囲気を想像していたのだけど…
ここは……!!!
大人気テーマパークか、夢の国のなんちゃらエリアですか???
もしくはラノベやアニメの異世界とか、RPGに出てくる町の雰囲気、そのまんまじゃない?!
ぽつりぽつりと灯る街灯の光。建物の窓から漏れる光。私が居た世界の光の洪水とは違う、優しく暖かな光があちらこちらに!
表通りの大きな建物は立派な石造りで、路地の奥には、煉瓦造りの建物もあったり。
道や広場は石畳が引かれていて、所々に街路樹も植わっていて…なんて素敵なの!!!
うわぁ、どうしよう!
まるで夢の世界に迷い込んでしまったみたい!
スサノオ「この広場は村の中心だよ。夜だからもうお店は殆ど閉まってるね。昼間はここと、この先の市場に色々買えるお店が出ているから、明日また来てみよう。
ところでめりり、看板の文字とかは読めてる?」
めりり「え?あ、看板?えっと…ごめん。読めないわ。」
うわぁ…ショック。
ここの世界の文字、読めないのか、私。
そうだよね。中身が赤ちゃんレベルだもんね…
もしかして、 言葉も通じないのかな?
スサノオとは話せるけど、他の人たちと話せないのは困るし、寂しいよ…
スサノオ「あぁ…やっぱりね。でも大丈夫だよ。生活力が上がれば文字も言葉も自然に覚えて使えるし、理解もできると思うから。
じゃあ、ちょっと目、瞑っててくれる?」
言われるがまま目を閉じると、首筋にスーッと冷たいものが触れた。
めりり「ひゃっ!なに???」
スサノオ「これは自動翻訳機能の力を込めたタトゥー。めりりが自分でコミュニケーションとれるようになるまでのサポートね。
あ、タトゥーって言っても、一見するとラメのようにしか見えないから大丈夫だよ。
必要がなくなったら消せるし、アクセサリーだと、万が一外れたら訳わかんなくなっちゃうでしょ。」
は???タトゥー?!全然痛くなかったけど。
…っていうか、タトゥーが自動翻訳機能とか、
この世界、凄くない??
めりり「え、あ、うん。たしかにアクセサリーじゃない方が安全な気がする。
私、おっちょこちょいだし。
ねね、これで私はみんなと普通にお喋りできるの?」
スサノオ「うん?どうかな?自分で試してみたら?」
そう言うと私の背中を押し、まだ灯りがついている1件の店の暖簾をくぐったのだった。
店員「いらっしゃいませーー!」
めりり「あ、こんばんは…」
店員「はーい!こんばんはー!
あ、スサノオさん、いつもどうもー!
お二人様ですね?
どちらでも、お好きな席へどうぞー!」
店内を見渡すと、五人くらい座れそうなカウンター席と、テーブル席が七つ。そして大きな暖炉。素朴な木のテーブルは美しく磨かれていて、とても居心地の良さそうな空間だった。
私たちの他には数組のお客さんがいて、お酒を飲んだり、食事をしたりしている。
はぁ〜良かった~!
ちゃんと店員さんの言葉がわかるし、私の話しも正しく伝わってるみたい!
しかし、やたらと元気でノリがいい店員さん…!
彼女は純粋な人間…ではないのね。
可愛いケモ耳がぴょこぴょこ動いているし!
壁際のテーブル席に落ち着くと、スサノオが笑いながらこう言った。
スサノオ「びっくりしたでしょ?こちらでは色々な種族が生活しているからね。
ここは“止まり木”っていう食堂兼居酒屋だよ。
今日は沢山歩いたし、お腹空いたでしょ?」
あちゃーバレてたのね。
実はさっきからお料理の良い匂いに、お腹が鳴りそうだったの。
スサノオ「ここの料理はなかなかいけるよ。海が近いから、海鮮も美味しいし。
めりり、食べられないものはある?」
めりり「食べ物の好き嫌いは少ない方だけど、こちらの食材とわからないから、どうだろう?」
スサノオ「メニュー見ながら決めよう。めりりも読めると思うよ。」
うんうん!良かったー!
ちゃんと読める!
“止まり木”はメニューが豊富で、どれも美味しそうなので目移りしちゃう!
でも、とにかくもう、お腹がペコペコだったので、二人で相談しつつ、何品かの料理を注文した。
なんか、こんな楽しくてワクワクしちゃう食事って、何時ぶりだろう?
夫は外食を面倒臭がる上に、家でも上げ膳据え膳で何もしない人だったし。
食事中にもテレビをつけっぱなしにしていて、画面に気を取られてるのか、「美味い、不味い」の会話もなかった。
今まではそれが普通で当たり前だったけど…
ごはんって、食べる相手でこうも違うのね。
あれが美味しい、これはどうやって作るんだろう?なんて話しながらの食事が、こんなにも満ち足りた時間だなんて…すっかり忘れてたわ。
スサノオの言う通り、料理はどれも美味しかった。
店員ミーチャさんのオススメで、店一番の人気料理、魚介のトマト煮込み(たぶんブイヤベース)は特に絶品で、二人でおかわりをしてしまったほどだ。
めりり「ねえ、これ、すっごく美味しかったね。こういう料理、ここら辺では家庭でも食べてるの?」
スサノオ「うーん、これに近いものは家庭料理でもあるかも?そうだ、ミーチャに聞いてみたら?」
見渡すとお客さんは私たちとあと一組。
そちらも今は落ち着いている感じで、スサノオがミーチャに声を掛けると、すぐ来てくれるとのことだった。
ミーチャ「はーい!なんでしょう?」
スサノオ「ミーチャ、紹介するね。この子はめりり、僕の妹なんだ。こちらで一緒に住むことになったからよろしくね。」
ミーチャ「おぉ〜スサノオさんの妹さんでしたか!めりりさん、初めまして!
“止まり木”のホール担当ミーチャです。
えーと、めりりさんは、まだ未成年さんですか?」
めりり「え、あ、成人してます。ご挨拶が遅れました。めりりです。よろしくお願いします。」
ミーチャ「あらら〜可愛らしいから、まだ未成年さんかな?って思っちゃいましたー!
ごめんなさいねー
めりりさん、お酒はいける口ですか?良かったらみんなで初めましての乾杯とか、いかがです?」
え?どうしよう?いいのかな…?
スサノオ「めりり、頂こう。今日はめりりにとって記念すべき日だし。みんなで乾杯しよう!」
ミーチャ「そうこなくっちゃ!ではでは、早速準備してきますねー!」
そう言って戻っていったミーチャのおしりには、シュッとしたシッポが生えていて。
それが楽しげにゆらゆら揺れていた。
私のための乾杯なんて…何時ぶりだろう?
お酒は飲めるし嫌いじゃないけど、夫がどこでも飲みたい人だったから、私はいつもハンドルキーパーだったり、酔っ払いの介抱係だったり。
あーーやめやめ!
今日から私はめりりだし!
私のしたいこと、どんどんしていこうっと!
程なくしてシャンパンとグラスを持ったミーチャが、エプロン姿の大柄な男性を伴って戻ってきた。
男性「スサノオさん、まいど。めりりさん、初めまして。お兄さんにはいつもご贔屓にしてもらってます。“止まり木”の店主、キールです。」
めりり「初めまして。めりりです。あ、兄がお世話になっておりますっ!」
兄って言い慣れてなくて、思いっきり噛んじゃったよ!
キール「あはは。緊張しなくても大丈夫ですよ。お近づきの印に、乾杯しましょう!」
シャンパンのグラスが、キールさんとミーチャさん、スサノオと私、それとまだお店にいたもう一組のお客さん達にも配られた。
キール「めりりさん、カリュの村へようこそ!これからよろしくね。カンパーーーーイ!」
ミーチャ「めりりさん、たぶんウチらは同年代くらいだよねー仲良くしてねー!」
女性客「あたし達までごちそうさま。夫婦で雑貨屋をやってるから覗きにきてね。」
男性客「お嬢ちゃん、引越しだと何かと物入りだろぅ?ばっちりオマケするからよぉ。」
めりり「あ、あの、みなさん。ありがとうございます!
これからよろしくお願いしますっ!」
どうしよう…嬉しい!!!
思わず立ち上がって、ひとりひとりに頭を下げた。
私がスサノオの妹で、スサノオの人となりがあってこそ、だと思うけど。
初めて会った人達なのに、こんなに受け入れてもらってもいいの?
ヤバい。泣きそうだ。
ふとスサノオを見ると、笑っていた。
バカにしてる風でも、からかってる風でもなく、ただ嬉しそうに、ふんわりと微笑んでいた。