クリスマスとは何ぞや
※このエッセイはフィクションです。実在の人物、団体、国家、宗教、生物、イベントとは一切関係ありません。
クリスマス。その発祥は、紀元前六年まで遡る。紀元前六年の、十二月二十五日。
現在のイスラエルにあるベツレヘムに、突如、悪魔が舞い降りた。
悪魔は、悪魔の十字架と名乗った。赤と白の衣装を身に纏い、白い髭をたくわえ、角のある馬を従えていた。
馬は、身の毛もよだつ嘶きを上げた。悪魔の世界では名の知れた、斗梛怪という暴れ馬だ。
もっとも、いくらトナカイであっても、サタン・クロスの前では、忠実な飼い馬に過ぎなかったが。
凶悪な角のある馬に、恐ろしい悪魔。
現地の人々は恐怖に震えた。ある者は命乞いをし、ある者は飼っているニワトリを差し出し、ある者は育てた小麦や砂糖を差し出し、ある者は生成した油を差し出した。
サタン・クロスはニヤリと笑い、持参している白い袋から、ベルを取り出した。ジゴクノ・ベルと呼ばれる、彼の武器の一つだ。
武器であるジゴクノ・ベルを一振り。もう一振り。
轟音が響いた。たとえ耳を塞いでも、脳に直接届いた。
ベルの音は人々の食欲を増進させ、同時に、満腹中枢を麻痺させた。欲望を搔き立てる、悪魔の音。
トナカイに跨がり、サタン・クロスは、ジゴクノ・ベルを鳴らしながら世界中を駆け回った。
「愚かな人間共よ! 毎年この時期には、暴食に明け暮れるがいい! ニワトリと小麦、砂糖、油を貪り食うのだ!」
ジゴクノ・ベルの轟音は、世界中に響き渡った。音は世界に定着し、呪いを生み出した。サタン・クロスの宣言通りの呪い。毎年十二月二十五日になると、人々の食欲が増進され、かつ、満腹中枢を狂わせる呪い。呪いの余波は、当日だけではなく、前日の十二月二十四日にまで及んだ。
それから、約一九五〇年。
長い年月が経ったことにより、世界中で、呪いは少しずつ弱まってきた。鶏肉や小麦、砂糖や油を貪っていた人々も、呪いの衰退によって自我を持てるようになり、食べ方に工夫を凝らすようになった。鳥は揚げて美味しく味付けするようになった。砂糖や小麦、油は、ケーキというお菓子に変貌させた。
呪いはいつの間にか、人々にとって幸せなイベントに変わった。
呪いを世界に定着させた悪魔、サタン・クロス。彼には娘がいた。
娘は、この二千年近くの間に成長し、父と同じように、人間の欲求を増大させる能力を得ていた。
娘の名は性夜。父は食欲を司ったが、彼女は性欲を司る。
父の呪いが薄れていく世界を見て、性夜は地上に舞い降りた。世界を、再び欲望で包み込むために。
父であるサタン・クロスは、ベルを武器にした。
娘である性夜は、ソリを武器にする。
ソリに乗り、赤いビキニを身に纏い、白と赤の帽子をかぶり、世界中の人間にグラマラスな肢体を見せつけた。彼女の肢体を見て、その体から漏れ出るフェロモンを嗅いた人間達は、たちまち、性欲の権化と化した。
撒き散らされたフェロモンは、かつてのジゴクノ・ベルと同様に、世界に呪いを定着させた。毎年十二月二十四日と二十五日に、性欲に駆られる呪い。
もっとも被害を受けたのは、東にある小さな島国だったと推定されている。
とはいえ、食欲と性欲には大きな違いがある。食欲は独りで満たしても幸福感を得られるが、性欲は別だ。独りで満たすと、どうしようもない虚しさに襲われるのだ。
性夜が残した呪いは、副産物として別の呪いも作り出した。十二月二十四日と二十五日に独り身である男女は、恋人がいる者達を妬み、嫉み、「クリ・ボッチ」と呼ばれるマイナスオーラを発するようになった。
クリ・ボッチは空気を淀ませ、自己肯定感を大きく低下させ、孤独な者達を自暴自棄にさせた。
自暴自棄になった者達はベルを片手に、夜の街を練り歩くようになったという。ベルを鳴らし、「シングル・ベル♪」と歌いながら。
この問題に対する対策を、政府は、未だに打ち出せていない。
※繰り返しになりますが、このエッセイはフィクションです。実在の人物、団体、国家、宗教、生物、イベントとは一切関係ありません。
ただ、ひとつだけ。
クリスマス・イブからクリスマスの二日間は、一年で一番、栗の花の臭いが強くなる日です。