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人外魔境~魔物と人類の共存は可能ですか?  作者: ゆうき けい


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8 破壊工作

魔の谷の断崖絶壁の前に立ち、ヴァンはゴンゴンと低い音をさせて回る歯車を睨みつけていた。

連結した巨大な筒から、どろりどろりと魔素がこぼれ落ちていく。斜めに傾斜をつけた、半円形の樋をゆっくりと伝って、魔素は一つの建物の中に流れて行った。

「ちっ、明らかに魔素濃度が濃くなってやがる。」

魔の谷の底から汲み上げた純粋な魔素が、空中に拡散し、この辺り一帯の魔素濃度を上げていた。

「何処のどいつだ、こんな事仕出かしやがって。こんなこと続けていたら、ここいら一帯が魔境化するぞ。」


何の為に魔の谷に蓋をしているのか。

それは決して人間の為では無いが、どんな生物でも生きていけない環境は存在する。

魔の谷の底が、まさにそれで、アリアやエルエルたちが、長年かかって整えた環境を、無駄にしかねない状態に、ヴァンは表情を歪め、手近にあった石を一つ、歯車の間に挟み込んだ。ガッと鈍い音を立てて、石は砕ける。が、魔素の汲み上げは止まらない。

「あー、めんどくせー。ライム、それ、止めといて。俺様は、あの建物調べて来るわ。ガキどもは、あそこにいそうだ。」

ヴァンを咎める者はいない。皆、その場に蹲り、眠りこけていた。

これが、ヴァンの持つ能力の一つ、催眠、だ。


新しく建てられた建物の中に、行方不明になっていたアリアの子供達はいた。

いた事はいたのだが、

「ひでぇ事、しやがる。」

逃げられないように足を切られ、ろくに手当てもされないまま放置されていた子供たちは、既に半数が息絶えていた。辛うじて生きていた子も、既に、目に光は無く、体中、傷だらけだった。

「誰が、お前たちにこんな事をしたんだ。」

押し殺すように噛み締めた歯の間から漏れたヴァンの言葉に、瀕死の子は、彼らを捕らえた時に、大喜びしていた者の特徴を伝えた。

そして、息絶えた。


ぶわっと、ヴァンの殺気が広がった。

慌てて、ライムが駆け付ける。ヴァンは無言で、子供たちの遺体を抱えると、建物から出た。

本当なら、今、この場で、この地を穢す装置を破壊してしまいたい。

だけれど、家を出る前にエルエルとヒューと約束したのだ。

今回は、行方不明になった子たちの捜索だけ、だと。

「たかが数日の事だ。・・・。復讐するなら、完膚なきまで叩き潰す。それが、俺様の、俺たちのやり方だ。

取り敢えず、これ以上の魔素汚染は止められたしな。」

突起の欠けた歯車は、かみ合う事無く、ただただ回っている。よくやった、とライムを褒めて、ヴァンは帰途についた。

「あーあ、ヒューの奴、泣くだろうなぁ。」

子供たちの死を知って、落ち込むであろうヒューの事を考えると怒りが再燃する。

「ホント、最低だな。」



「申し上げます。」

遅めの朝食を摂っていたラインハルトとマリー・クレールは、危急を告げる伝令に怪訝な目を向けた。

「魔の谷の工房に賊が侵入し、飼っていた魔物が攫われました。魔素を汲み上げる装置も破壊されております。」


「何ですって!?」

淑女教育を忘れ、ガタン、と音を立てて立ち上がったマリー・クレールだったが、ラインハルトは、妻の手を軽く握って落ち着かせると伝令に尋ねた。

「盗られたものは魔物だけ?集めた魔素は、無事なのかい?」

「はっ。そちらは手付かずで残されており、警備の騎士達にも怪我人はおりません。」

「それは、また、随分、奇妙な賊だね。」


あの工房で最も価値のある物は魔の谷の底から汲み上げた魔素。

勿論、超高濃度の魔素の塊を何の対策も無く持ち運ぶことは出来ない。それ故、持ち出しを諦めた、と考える事も出来るが、ならば何故、工房に押し入ったのか?

死傷者ゼロ。

揚水ポンプの破壊。

蜘蛛型魔物の消失。

「目的はポンプの破壊?」

「いえ、本体は無事です。風車と連動した歯車の一部が溶かされておりましたので、交換すれば稼働は可能です。」

「益々、わからなくなったね。」

ラインハルトは首を傾げた。


ベイリン帝国から派遣された騎士達が無傷だった。眠らされており、賊の侵入に気が付かなかった、と報告されているが、十数人で交替制をとっている騎士達を全て、誰に気付かれる事なく、眠らせる、など、可能なのだろうか?それよりも、賊と共謀して、と考える方が理に適っている。

インゲルハイム王国が魔素により、今より力をつける事の無い様に、妨害した。もしくは、このような危機管理の不十分な国に任せてはおけない、と口を出してくる、と言ったところか。


「魔物が逃げる時に、何かしたのかな?」

のほほんとポイントのずれた感想を言ってみる。

マリー・クレールを窺うと、呆れたような表情を一瞬浮かべ、その後、首を左右に振って否定した。

「あり得ませんわ。脚を落としていますし、従属契約も結んでいますのよ。」

落とした己の脚を契約の証としている時点で、逆らう事は無い、と言う。

「でも、まあ、魔物はどうでも良いですわ。あの蜘蛛の吐く糸はアリアドネシルクではありませんでしたもの。」

蜘蛛型魔物を捕らえた時、これで幻と言われたアリアドネシルクが、自分の思いのままに得る事が出来ると有頂天になったマリー・クレールだったが、実際に集めた蜘蛛の糸を鑑定して見れば、ただの蜘蛛の糸で、スパイダーシルクですら無かった。

それでも、魔物素材として十分有用だ、とラインハルトは慰めてくれたけれど、そんな慰めは何の足しにもならない。


「現場を見に行く?」

王太子がそんなに頻繁に王城を抜けても良いのか、と思うが、この国はまだ国王が健在で、ラインハルトに任されている政務は少ない。更に、今回の魔素の汲みだしは順調にいけば、インゲルハイム王国の最大産業になるはずのものだった。何を差し置いても計画の遂行が優先される。

王太子夫妻は、伝令に国王宛の手紙を持たせると、早速、魔の谷に向かうのだった。


魔の谷の工房では、これまで通りに風車が回り、揚水ポンプが稼働していた。

蜘蛛型魔物がいない以外は、前日までと何の変りもない。

破壊されたと言う歯車は、強い酸で溶かされたように歯車の一部が欠けていた。

「不思議だねえ。」

出発前に確認したが、従属契約の要となっていた、切り取った蜘蛛の脚は、全て灰になっていた。それはつまり、契約が有効なままに魔物が死んだことを意味する。

「魔物を殺すために侵入したのかな?」

マリー・クレールも同じ結論に達したのだろう、彼女は深く考え込んだ。

行動が早すぎるのが気になる。騎士達の中に首謀者がいると疑うレベルだ。

『まさか、本当に?』


ベイリン帝国内の覇権争いを考えると、他の兄弟姉妹たちからの妨害は十分考えられる。だが、今回、本国から呼び寄せた騎士達は、マリー・クレールの実家の子飼いの騎士達ばかりだ。裏切るとは思えない。

けれど、潤沢な高純度魔素の供給に加え、アリアドネシルクを生み出す魔物を得た、となると、それを達成したマリー・クレールの評価が高まるのをライバルたちがただ見過ごすとも思えない。インゲルハイム王国に嫁がせて厄介払いをしたと思っているのだろうが、そうはいかない。

誰が裏切っているのか。

『まあ、認める訳は無いだろうけれど。』

心の中で溜息をつきながら、打開策を考える。

ラインハルトも、ベイリン帝国の関与を疑っている様で、折角順調に運んでいた計画を邪魔されたツケは払ってもらわなくては。


「只の蜘蛛の魔物を殺す為だけとは思えませんわ。やはり、あの蜘蛛はアリアドネシルクに繋がる重要な糸口だったのです。ならば、何としてでも、もう一度、捕まえなければ。ライン様、揚水ポンプを別の場所にも設置したく存じますわ。」

マリー・クレールはラインハルトに懇願する。元々、第二第三の施設を建てるつもりだったのだ。この襲撃をきっかけに、前倒しにしてやろう。

妨害工作?上等、受けて立つ、とマリー・クレールは決意した。


「それは、構わないけれど、魔素の安全な輸送方法と適正価格の交渉も進めないとね。」

ニコニコと妻に同意しつつ、ラインハルトは周囲を見回す。

「警備体制も整えないと。工房を増やすとなると、ここの様に、ベイリン帝国の騎士だけに頼るわけにはいかないでしょう?」

警備を担当しているベイリン帝国騎士は臍を噛む。裏切りを疑われている事は明らかで、ラインハルト王太子がここで価格交渉の話を持ち出したのは、帝国との交渉に影響するよ、と暗に示唆している。

身に覚えの無い裏切り行為だが、今回の失態の責任は、ベイリン帝国側にあるのは間違いない。


どうして、眠ってしまったのか。自分を含め、騎士達の誰も不審人物を見てはいない。

他の皇子皇女殿下たちの子飼いの魔法杖使いの暗躍を疑う。

魔力を使った戦闘になった場合、この地の底に眠る膨大な魔素が、どんな影響を与えるのか想像がつかない。

出来れば、普通の賊であって欲しかった、と騎士は思った。





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