7 行方不明の子たち
「地面の穴を埋めに行った子たちが帰って来ないの。」
物憂げにアリアが言った。
夕食を終えた食卓で、相応しくない話題とわかっていても、これ以上、何もせずに気をもむだけでは、何も解決しない。
先日から、魔の谷に多くのヒトが入って、何やら騒がしい。
そんな日々の続いていたある日、周辺の警戒に出かけていたライムが、地面に穴があけられ代わりに、何か筒のような物が差し込まれ、そこから魔素が吸い上げられている、と報告してきた。
「取り敢えず、穴を塞げば、魔素の流出も止まると思って、あの子たちに行ってもらったのだけれど、こんな時間になっても戻ってきていないの。穴をふさぐだけなら、とっくに帰ってきても良いのだけれど・・・。」
「何か、事件に巻き込まれたのか?」
「まだ、幼い子たちだから、好奇心が勝って原因まで調べに行ってしまったのかと、思うのよ。」
心配だわ、と。アリアの射干玉の瞳に、憂いが浮かぶ。
「アリア、僕が見に行こうか?」
そう言って立ち上がったヒューの頭を、ぐいっと押さえつけた手がある。
「お前みたいなヒョロガリチビが、何の役に立つんだよ。俺様が、行って来てやるよ。ガキは大人しく、寝てればいいんだ。」
その拘束から逃れようとジタバタするが、ヴァンの大きな右手は、ヒューの頭を上から鷲掴みにしてもまだ余裕だ。
「ううー、放してよー、ヴァンー。頭がもげちゃうよー。」
「頭がもげたら、デュラハンになれるぞ、良かったなぁ、お前、前にカッコイイ、って言ってただろ?」
うりうり~と揺らす。
そのヴァンの腕に、リンクとライムが飛びついた。「ヴァン、ダメ、それ、意地悪。」「・・・。」
けっ、と口元に不敵な笑いを浮かべて、ヴァンは、ヒューの頭を掴んでいた手を離した。
あまりの痛さに、指の形のくぼみでも頭に出来たかも知れない、とヒューは涙目になって、自分の後ろに立つ男を睨んだ。
「ヒュー、だいじょ、ぶ?エルエル、呼ぶ?」
「なーんで、あいつを呼ぶんだよ。別に頭、掴んだだけで、いちいちうるせーぞ。」
「君の馬鹿力は、頭を握り潰す位、造作も無いだろう?」
これまた、いつの間に現れたのか、ヴァンの後に張り付けた笑顔のエルエルが立っていた。
そうして、鋭い一瞥をヴァンに向け、それから、恭しく、ヴァンの右手を取ると、彼の指を一本摘まんだ。
「うわーっ、待て待て待て。」
ヴァンの指が、信じられない角度で反り返って行く。慌ててヴァンは、エルエルの手を抑える。
「君が、ヒューを可愛がっているのは、知っているよ。けれど、暴力で気を惹こうとするのは、頂けないね。小さき者は、慈しむべきです。」
「だから、俺様が言いたかったのは、俺様が調べに行くから、ヒューはここにいろって事で、」
「はいはい。わかっていますよ。だから、さっさと行って来てください。
念の為、ライムも連れて行って下さいね。」
「なんでだよ、俺様が入れない建物は無いし、夜の俺様は無敵だぜ。」
漸く放してもらった指を撫でながら、ヴァンは不満げに言う。
視線を合わせるように屈んで、ヒューの頭を両手で撫でながら、エルエルは答えた。
「ライム、頼みましたよ。その馬鹿が暴走しそうになったら止めて下さいね。
ヴァン、アリアの子供たちを見つけたら、連れて帰って来る、それだけで良いですからね。
決して、余計な事はしないように。」
「へいへい。」とヴァンは面倒くさげにいい加減な返事をしながらも、ライムを連れて、出て行った。
「エルエル、危ないの?」
茶色の大きな瞳が不安げに揺れている。ぎゅっと抱きしめながら、エルエルは安心させる様に、微笑みを浮かべる。
「本人が自慢する様に夜のヴァンは無敵です。何も心配はいりませんよ。ただ、早く見つけてあげたいのと、ヴァンを調子に乗らせないため、ですね。」
私がそう言ったのは黙っていてくださいね、とウィンクをされて、ヒューは漸く安心したのか、クスクスと笑った。
「さぁ、ヒューはもう寝ましょうか。リンク、お願いしますね。」
「うん、行こ、ヒュー。」
手を繋いで寝室に向かう二人をエルエルは穏やかな笑みを浮かべたまま見送った。
けれど、その姿が扉の向こうに消えて暫くしてから、アリアを振り返った表情は、硬い。
「やはり、そろそろ、ここを離れるべき、なのでしょうね。」
失われたアリアの脚を見て、エルエルは言う。
「移動用の車を用意しておきましょう。」
「危険が迫っている?」
「不確定要素が多すぎて、予想がつきません。
やはり、外界が絡むと、どうにも。先程まで見えていた道が、いきなり消えてしまう、なんてことが起こるのですよ。
まあ、その中心にいるのが、ヒューだから、なのでしょうけれど。
私達、年長者は、行動予測が簡単ですからね。」
「でも、おかげで、楽しかったわ。」
ポツリと呟かれたアリアの言葉に、エルエルは背中がゾワリ、とした。
「これからも、楽しいですよ。私は、まあ、ヴァンもですが、ヒューと離れるぐらいなら、何を捨てても一緒に付いて行きますからね。」
彼女の言葉に、過去を懐かしむような強烈な違和感を感じ、エルエルは、意図的にヒューへの執着を見せた。
「あらあら、うちの子は、モテるのねぇ。
そうね、これからも、楽しみ、だわ。」
そう言うと、アリアは、ヒュー用の半そでチュニックを再び編み始めた。肩口と襟ぐり、裾回りに、細やかな透かし模様の刺繍飾りをつければ、完成だ。
「この間の、王子サマの衣装を参考にしたのよ。」
「これは、また、豪華ですね。」
エルエルは、アリアの編み上げた服をまじまじと観察して、呆れとも感嘆とも言えぬ溜息をつく。
「最高級のアリアドネシルクはリボン一本でも、黄金と取引されるのに、それで編み上げた服、とは。作ってもらっている私が言うのも何ですが、ヒト前には、出せませんよ。」
「気付かれなければ良いの。アリアドネシルクなんて、どうせ噂話でしか無いのよ。」
そう、アリアドネシルクを生み出す魔物は、もういない。
これは、最後のアリアドネの蜘蛛の糸。
だから、最愛の子に贈ろう。




