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人外魔境~魔物と人類の共存は可能ですか?  作者: ゆうき けい


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6 忍び寄る危機

アレクサンドルが、勝手に魔の谷に入り込み、行方不明になる事件を起こしてから、三か月後。

漸く、謹慎の解けた彼は、兄ラインハルトに頼み込んで、再び、魔の谷の外縁に足を踏み入れた。

今回は、こっそり忍び込むのではなく、きちんと正式に許可を取っての事だ。

魔の谷は様変わりしていた。

巨大な筒が魔の谷に突き刺さっていた。新たに建てられた風車がその筒の先端に動力を送り込んでいる。


「何、これ?」

アレクサンドルの目の前を、材木を抱えた騎士が通り過ぎて行った。一度、彼らの目の前で足を止めて、きちんと頭を下げ、また、歩き出す。

それに対し、「礼は不要よ、皆、自分の仕事に集中なさい。」

そう答えたのはマリー・クレールだった。

「義姉上?」

「なあに?あぁ、あの騎士たちはベイリン帝国からちょっと借りたの。人手はあった方が良いでしょう?大丈夫。一応、全員、魔の谷で働くことに同意しているわよ。」


確かに、境界の土壁を抜けてから見かけていたのは、見覚えのあるインゲルハイム王国騎士の制服では無かった。魔素の影響を避けるべく新たな防御服かと思っていたが、どうやら違うようだ。

けれど、ベイリン帝国の騎士?

ここは魔の谷、インゲルハイム王国内だ。隣国とは言え、緩衝地帯の草原を挟んで国境を構えるベイリン帝国の人間が、これ程こちら側にいるのはおかしい。どう言う事か、そう口を開きかけたアレクサンドルの言葉は、

「大丈夫だ、アレク。」

と言う兄ラインハルトによって遮られた。

「兄上?」

いつも控えめでちょっと自信なさげな表情を浮かべる事の多い兄が、アレクサンドルの瞳を捕らえて、しっかりと頷く。

「大丈夫、ここには結界魔法が幾重にも張られている。ベイリン帝国から入手した最先端の魔道具だ。彼らは、全員、魔法杖を使える騎士だ。何も、心配はいらないんだよ。」

ポンと肩を叩かれ、アレクサンドルは、その手をじっと見つめた後、手から腕、肩、首と視線を移し、持ち主の顔に視線を固定した。

違う、そう言う事では無いのだ、そう言いたい思いを込めて視線を合わせても、全く揺らぐことが無い。

これ程、自信に満ちた兄を見るのは初めてだった。

「兄上が、そうおっしゃるの、なら。」

とてつもない違和感を感じながらも、そう言うしかなかった。


「あれは、揚水ポンプよ。わたくしには詳しい原理はわからないのだけれど、傾斜した筒の中のらせん状のスクリューを回転させて連続的に水をくみあげるポンプらしいわ。」

「今はまだ、試運転の段階なんだが、これが成功すれば、これまでの倍、いや5倍、10倍の魔素を回収できる。」

ラインハルトは目をキラキラと輝かせて説明する。


インゲルハイム王国で産出する魔素は、純度100%の魔素の塊だ。それは、石や樹木や水に魔素が染みついた魔石や魔樹、聖水とも、性質を異にする、純然たるエネルギー。

表現するなら重さを持つ気体、それ故、回収が難しく、風車を回して瓶を満タンにするまでに、数か月かかる事もあった。

それが、この揚水ポンプを使えば、湧き出るように魔素が上がって来る。

ポンプでくみ上げられた魔素は、巨大なタンクに集められ、コックを捻れば好きな量だけ、取り出すことが出来るシステムが組まれていた。


「まだ、タンクの半分ほどなんだけどね、」

そう言われて見上げるタンクは、一般的な平民の家程の大きさだった。

「この中が全部魔素?」

その膨大な量を想像し、万一それが漏れたら、とその恐怖にアレクサンドルは青ざめる。

「いずれそうなる。」

けれど、自信たっぷりに頷くラインハルトは、この計画が上手くいけば、第二第三の揚水ポンプを設置する予定だと言う。


やはり、何かおかしい。そんな国の根本にかかわる事業を、何故自国の騎士では無く、ベイリン帝国の騎士達が担っているのか?

大好きな兄が、嬉しそうに語るのを邪魔してはいけない、そう思いつつも、今、ここで止めなければ、大惨事になりそうな予感がする。

このタンクが横倒しになり、溢れる魔素で、人々が次々と倒れ、変性し、死んでいく。

「ぐっ。」

そんな光景が目の前に拡がって、アレクサンドルは固く目を閉じた。

その時。


「魔物です!蜘蛛型の魔物が、揚水ポンプを伝って、上がってきました。」

緊急を告げる騎士の声が上がった。


魔の谷の底に何があるのか。それは誰も知らない。他の魔境には、魔素を吸収した魔物が存在し、人の生存を脅かしていたが、ここ魔の谷では、魔物の発生はごくまれだ。それは、魔の谷の濃すぎる魔素濃度に如何なる生命も魔物に変性する前に、死んでしまうからだ、と言われていた。

けれど、今、谷底から魔物が上がって来た。

それは、魔の谷にも魔物は生息し、たまたま、これまで、それらが、上がってくることがなかったに過ぎなかった、と言う事だ。

風車で細々と魔力を汲み上げている分には、魔物も興味を引かれなかったのかもしれない。それが、多量の魔素を一度に汲み上げる揚水ポンプの登場で、自分たちの生活圏を脅かされるとでも思ったのだろうか?それとも、谷底だけで完結していた世界の外にも世界が広がっている事を、魔物に教えてしまったのだろうか?


『ひょっとすると、私はこの地に厄災を引き寄せてしまったのだろうか?』

心の中に、恐ろしい想像が浮かぶ。ラインハルトはふるふると首を振って、その想像を打ち消した。

『いや、これも、想定内だ。むしろ、好都合、と言える。そうだろう、マリー?』

彼の横を見下ろすと、目を輝かせて短杖を構える妻がいる。

「蜘蛛型の魔物!当たりですわ。皆、作戦開始です!」

マリー・クレールの声に答えて、資材を持っていた騎士達が散開する。

それとほぼ同時に、魔の谷の底から、何か赤黒い塊がいくつも飛び出してきた。


蜘蛛型の魔物?

アレクサンドルは、その脅威を想像できずに首を傾げた。彼が、これまでに見た事のある魔物は、一角兎だったり、ヘルハウンドだったり、三本足の鳥だったりと小型の家畜が変性した物ばかりだった。

教育の一環として、魔物の知識は一通り教わっている。剣技は、先日の遭難事件を受けて、忖度なしに騎士団に鍛え直してもらった。

それでも、魔の谷から次々飛び出してくる蜘蛛型の魔物に、恐怖で体が動かない。


それは、一体一体が子牛程の大きさの赤と黒の体毛をもつ蜘蛛だった。八つある複眼は、騎士達の攻撃を受け、黒から赤へと変わって行く。ギチギチギチと耳障りな音を立てて、獲物を絡めとる糸を口から吐き出した。

けれど、ベイリン帝国の騎士達は、まるで現れるのが分かっていたかのように、昆虫型魔物の弱点である氷雪系の魔法を浴びせ、動きを鈍らせては、数人がかりで、蜘蛛型魔物を取り囲み、足を切り落としていく。

行動を制限された蜘蛛型魔物は、最期は凍結魔法で氷漬けにされた。

魔物の襲撃から、わずか数分。ベイリン帝国の騎士達は実にあっけなく魔物を掃討した。


「大量ですわ!やりましたわ、ライン様。これで、スパイダーシルクはわたくし達の物ですわ!」

嬉しそうなマリー・クレールの叫び声に、呆然とその攻防を眺めていたアレクサンドルは我に返った。

あまりに圧倒的な戦力の差。

これが、魔法杖の威力。そして、魔の森の魔獣討伐を定期的に行っている騎士達の実力。

魔物の脅威から程遠いインゲルハイム王国の騎士では、こうはいかなかったであろうことは、流石のアレクサンドルにも想像がつく。

兄の”大丈夫”の意味を理解し、先程までの得も言われぬ不安感が薄れるアレクサンドルだった。


「高純度の魔素の輸出に加え、スパイダーシルクの生産。この二つがあれば、インゲルハイム王国は、これまで以上に豊かな国になる事間違いなしだ。」

王城に戻る馬車の中で、ラインハルトとマリー・クレールは、今後の、インゲルハイム王国の未来について、興奮気味に話し合っていた。

その語る内容は、これまでは想像すらしていなかった輝かしいもので、ベイリン帝国を抑えて、この大陸一の豊かな国になるだろうと言うものだった。


「そんな素晴らしい国の国王にライン様がお着きになるのです。しかも、只の世襲では無く、この未来をもたらした賢王として。」

うっとりとマリー・クレールに見つめられて、ラインハルトは、嬉しそうに彼女の手を取った。

「それもこれも、全て、君の慧眼のおかげだ。アレクの包帯がスパイダーシルク製だと気が付いてくれたおかげだよ。」

「え?僕の、何ですって?」

甘い甘い兄夫婦の会話の中に、突然、自分の名を呼ばれ、空気に徹していたアレクサンドルは、思わず声を上げた。

「魔の谷で行方不明になったアレクが、戻って来た時にしていた包帯。あれが、最高級のアリアドネシルクだったのだよ。」

それに気付いたマリー・クレールが、魔の谷に蜘蛛型魔物がいるのでは、と推測し、工房見学に行って、その証拠となる糸の一部を見つけた事が、今回の、蜘蛛型魔物大量捕獲作戦に繋がった、と言うのだ。


「では、僕は、間接的に、この国に貢献できたのですね。」

輝かしい未来に、自分も一役買ったのだ、と褒められ、満面の笑みを浮かべるアレクサンドルの頭を、ラインハルトは大きく頷いて撫でた。

馬車の中、三人の王族は、今後の国の将来を楽しく語り合う。


窓枠に張り付いた一匹の小さな小さな蜘蛛は赤と黒の体毛をしていた。その黒い複眼はじっと三人を見つめていた。







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