22 変わる世界、変わらぬ想い
エピローグになります。
七年後。
インゲルハイム王国の復活を掲げて、ベイリン帝国南部で反乱がおきた。
首謀者は、旧インゲルハイム王国のパッカルド王国大使だが、旗頭はアレクサンドル第二王子である。17歳となっていたアレクサンドルは、自らが先頭を切って戦いに臨んでいた。
彼の異能・未来視は、今ではもう、ほぼ100%の的中率を誇る。
アレクサンドルが進軍先を決めれば、兵たちは無人の荒野を行くように、殆ど邪魔される事なく、軍を進め、領土を拡大する事が出来た。それには、ベイリン帝国の帝位争いの景品に使われたランティス大陸南部のパッカルド王国の支援もあっての事だが。
ベイリン帝国はこの7年間で三つに分裂した。皇帝位を争っていた兄弟が、それぞれ派遣された各方面で独立を宣言したためだ。西のインゲルハイム王国攻略に失敗したマリー・クレールはいつの間にか、歴史の表舞台から消えていたが、シャルルマーニュが、その時に発見した変性者を自らの傘下に組み込み、堂々と皇帝に反旗を翻したのが、きっかけだ。彼は、ベイリン帝国の核とも言える魔の森の魔素だまりの中心、魔樹ユグドラシルを燃やしたのだ。
既にある程度の変性を受け、異能を獲得した者は、魔素に対し耐性を持つ。更に、魔素防御服を着込んだ数人の手勢を引き連れて、シャルルマーニュ第五皇子は、魔の森に侵入し、その中心で張り巡らした根から魔素を吸い上げ魔素の塊となっていた魔樹ユグドラシルに火をかけた。
ユグドラシルは全体が高濃度の魔素で出来ている。幹を駆けあがり、枝を伝い、炎が移った葉が、一面に舞う。魔の谷で起きたと同様、瞬く間に魔素は拡散した。
耐性を持っていたとしても、その一瞬に高まった魔素をまともに浴びて、更に変性が進む物も中にはいた。
魔の森で一斉に魔物の凶暴化が起こり、狂ったそれらは、森の外に向かって暴走、所謂、スタンピードが起こった。
それが収束するまでベイリン帝国各地で莫大な被害が生まれ、国民は疲弊する。
更に、ユグドラシルの焼失により、それが吸い上げていた魔素が、帝国各地で滲みだし、小さな魔素だまりが生まれ、そこに暮らす動物が魔物化した。今や、帝国は国内各地で魔物が跋扈する地となった。
当然、国内の治安は乱れ、その責任は帝室に向けられる。第一皇子が皇帝を強引に引退させ、事態の収拾を図ったが、それに反発した東のアンドネフュー国の攻略を任されていた第三皇子が、皇位奪還を旗印に挙兵する。南のパッカルド王国攻略中の第一皇女は、第一皇子即位の報を聞くと、すぐに王国と和平を結び、その証として、自らがそのまま王国に留まった。帝位を脅かすものとしての暗殺から身を守る為である。ベイリン帝国皇位争いに纏わる暗黙の了解、”流血を禁じる”、は、魔の森の崩壊で、意味を失った。もはや、帝室の求心力は失われた。帝室が独占していた魔人誕生の秘密を、シャルルマーニュが公開し、各地で生まれる変性者の存在が、その証明となった。
ここに、シャルルマーニュの復讐は完成する。
彼と仲間たちの命を犠牲にして作られる魔人アルブと言う幻は、もう、二度と生まれる事は無い。
ベイリン帝国の北では、吸血鬼を名乗る王が現れた。
スタンピードで流れ込んだ魔物を、黒髪赤目の美貌の青年が、ことごとく打ち倒し、北部三州は魔物の被害から逃れる事が出来た。青年はそのまま、北部三州の領主の下で、混乱する帝国北部にその影響力を広げていく。実力主義の人材登用は、魔素汚染によって魔人化し、その変わり果てた容姿で虐げられた者達を引き寄せた。
ベイリン帝国帝室で行われたような、完全管理された魔人化システムや、インゲルハイム王国の魔素耐性を有する王族に起こったアレクサンドルの変性の様な、見た目は人間のまま、と言うような都合の良い変性は、自然の魔素汚染では起こらない。それ故、魔の谷や魔の森の暴走で起きた魔素汚染の被害者は、その容姿に大きく変性の質を反映している。
タウ族に起こった様な動物との合成もその一つ。今や、世界は、おとぎ話の異形な種が溢れる世界になっている。
彼らを受け入れ、守護する北の王の傍には、常に、一人の若者と戦士が寄り添っていた。
10代後半の平凡な茶色の髪と茶色の瞳をした、人目を惹く美貌も才知も持たない若者が、何故、王のお気に入りなのか、誰も知らない。
けれど、若者を貶めようとした者は、王によって悉く廃された。
そして戦士は、常に面頬を降ろした重鎧を身に纏い、無詠唱で炎・氷の魔法を使った。神出鬼没でもあり、誰もが侵入不可と思っていた場所への潜入を得意としていた。
三人は常に共に行動しており、家族以上の絆で結ばれていた。
アレクサンドルは、兄が朽ち果てた岸壁に立ち、向こう岸、かつてのインゲルハイム王国を見つめた。
既に、あの天変地異から7年が経つが、魔の海峡では未だ魔物化が起こり、変性した海獣が、航行する船舶を襲い隣のラムー大陸からの交易船は、大きく南回りでランティス大陸に帰港するルートを取っている。
今や、旧インゲルハイム王国は、魔物が住まう土地・人外魔境だ。
ここ対岸からでも、空を飛ぶ有翼人種や、魔の海峡を魔物化した海獣に乗って移動する魚人を見て取る事が出来る。
人外魔境と化した旧インゲルハイム王国を人の手に取り戻す。
それが、今のアレクサンドルの悲願だ。
「ごめん、ヒュー。ごめん。」
アレクサンドルの謝罪は当然、ヒューには届かない。
この場所に立つと否が応でも思い出す。
まだ炎が残る平原に、彼女を置いて自分たちは逃げた。
彼女を守るために戦う化け物を嫌悪して、彼女を傷つけ、ずっと謝ろうと考えていた筈なのに、何一つ、本当に言いたい事を、謝罪を、口にする事も無く。逃げた。
今、アレクサンドルの未来視には、美しく成長したヒューがいる。その表情は俯いていて見えない。けれど、来ている衣装は婚礼衣装だ。
相手は自分かも知れない。別の男かも知れない。その結婚が幸せなものなのか、不幸なものなのか、それも分からない。
けれど、ヒューが生きていて、又、会う事が叶うなら。
アレクサンドルが選ぶ未来は、この未来だ。
「行こう、魔の島へ、かつてのインゲルハイム王国へ。」
自分に従う兵に向かい、アレクサンドルは檄を飛ばす。
人間の居住地は、今や、魔物や人外、魔人によって狭められている。
アレクサンドルは、故郷を人外から取り戻す為に兵を進める。その先に待っているのは、かつて、自分を助けてくれた、創世神話の英雄エルダーエルフ。彼の愛するヒューの親代わりだ。
そして、この世界を魔の谷から溢れる魔素から、救ってくれた恩人でもある。
けれど、アレクサンドルは、最後のインゲルハイム王国の王族としての責務がある。自国を占領する人外を排除しなけれはならない。
『はっ、くだらねぇ。』
『愚かしいですね。』
そんな幻聴が聞こえる。けれど、そう罵られても、アレクサンドルには、こんな生き方しか、考え付かないのだ。
『どうして、僕たちみたく仲良く一緒に暮らせないの?』
ヒューの幻が悲し気に囁く。
目が見えない時には問題なく共に暮らせていた。けれど、目が見える今、アレクサンドルがリンクに話しかける事は無い。ゴブリンに対する嫌悪感が、恐怖が、アレクサンドルにリンクを憎ませる。
人間はそれ以外と対等に暮らすことは出来ない。
アレクサンドルはそう思う。
世界にどんなに人外が増えても、きっとその考えは変わらない。
自分が既に人外の存在であるからこそ。
未来視の異能を持つ魔人と知られるアレクサンドルを、対等に扱う人間はいない。
畏れ、崇め、そして、化け物と忌避する。
いつか、魔物と人間が共に暮らせる日が来るのだろうか?
答えは否だ。
ヒューに会う未来、アレクサンドルはヒューにそう答えを突きつけるだろう。
それによって、彼女に憎まれたとしても、既にアレクサンドルは、魔物たちの血にまみれ、人外たちの屍の上に玉座を目指す存在なのだ。今更、無垢なふりをして彼女の手を取る欺瞞は矜持が許さない。
それでも。
『大丈夫?』
不安に震えていた10歳のあの日、自分を見つけてくれた幼い声を期待している。
もし、あの頃に戻れたら、もう、伸ばされた手を拒んだりしない。与えられた親切には感謝を返したい。
ヒューに、自分を助けて良かった、とそう思ってもらいたい。
今、まさに、その反対の事をしようとしているのに。
「アレクサンドル殿下!」
側近の言葉に頷いて、アレクサンドルは、軍を進める。
魔の海峡を越えて、かつてのインゲルハイム王国へ。
エルダーエルフが守る人外の国へ。
終
ありがとうございました。




