表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人外魔境~魔物と人類の共存は可能ですか?  作者: ゆうき けい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/22

20 国境にて

インゲルハイム王国は、一夜にして崩壊した。

国土はランティス大陸から切り離され、新たに海峡となった魔の谷の魔素が溶け込んだ海には、魔物が産まれ、知らずに王国を目指していた貿易船は、海の藻屑と消えた。緩衝地帯となっていた平原は、同時期に起こった野火の影響もあり、命の枯れ果てた広大な荒野となった。その荒野には、毎夜、魔物化したかつての人間たちがアンデッドとなって徘徊する。


インゲルハイム王国と魔の谷に何が起こったのか。

それを、正確に知る者はいない。

平原を生活の場としていた遊牧民たちは、故郷を失い、散らばった各地であの夜の恐ろしさを語って聞かせた。

それは、近しい人々が、高濃度の魔素に侵され、一瞬にして人外と化し、砕け散る姿を目にした恐怖の報告でしかなく、何故、魔の谷の底に沈殿していた魔素が噴火のように噴き出て来たのか、その理由は語られないまま、恐怖だけが伝播していく。


早い段階で、ベイリン帝国の西の国境は封鎖された。

当然、一国を大陸から引き裂く程の、膨大なエネルギーが動いたのだ。国境でも、その地揺れは観測され、西の天に浮かんだ巨大魔法陣に、人智を超えた何かの影響を見た。国境警護を任されているバウダー伯爵は、帝都に報告を送ると共に国境封鎖を強行したのだった。

まさか、そこに皇女・皇子を無事に迎える事が出来るとは、思ってもいなかったのだが。


大慌てで検問所に隣接されている自らの館に招いた高貴な皇族たちだったが、インゲルハイム王国王太子妃となった新婚のマリー・クレール皇女は館につくと同時に心労がたったのか、気を失ってしまった。

残ったシャルルマーニュ皇子は10歳と幼く、満身創痍の騎士達に詳しい話を聞くのは後日か、と考えていたバウダー伯爵に、シャルルマーニュはインゲルハイム王国方面から逃れてきた者たちは、検問所に留め置き、魔素の汚染度を調べるよう指示をだす。

多量の魔素を浴びた者が変性を起こし、魔人化する事は、帝国貴族の間では良く知られている。

シャルルマーニュは、難民の中に、そうなった者がいる可能性を主張した。


「僕たちは、たまたま、狩りに出ていて、魔の谷の異変に気付いたけど、避難の途中、魔素の影響を受け変性した魔物に襲われ、散り散りになってしまった。姉上と僕はベイリン帝国側に逃げたが、ラインハルト王太子とその弟アレクサンドルは、インゲルハイム王都に危急を知らせるとそちらに向かった。僕たちが無事なのは、帝国騎士達が身に纏う魔素防御服のお陰で、それが無ければ、僅かな犠牲であの魔素嵐吹き荒れる平原から、無事に脱出する事は出来なかっただろう。」

そう冷静に語る皇子に、そう言えばこの方は、この年にして、魔の森の試練を越えたアルブだったのだ、とバウダー伯爵は改めて尊敬の目を向けたのだった。


翌日、朝日が昇ると、被害の詳細が次第に明らかになって来た。

遠く、西の空に黒い雲の様な塊がある。それは、形を変えながらこちらに近づいて来るようだった。

「あれは、魔素によって魔物化した飛行昆虫の群れ、だね。」

バウダー伯爵の横で、砦の屋上で目を眇めていたシャルルマーニュが言う。

「飛行昆虫の群れ?」

「トンボや蝶、イナゴ、蜂、その類のように、元々、羽を持っていた種のみならず、持たなかった種も、変性によって飛行能力を獲得した昆虫もいるようだよ。」

あれが、全て、魔物。

そう聞かされてバウダー伯爵は真っ青になる。

ただでさえ、魔鳥など、空を飛ぶ魔物の討伐は、地上で戦うしかない騎士達には困難だ。いくら昆虫とは言え、雲のように見える程の集団に、襲われれば、この砦とて、いつまで耐える事が出来るか。そう、撤退の二文字を頭に描く、バウダー伯爵を横目に見て、シャルルマーニュは、くすり、と笑った。

「心配ないよ、伯爵。見てごらん。」

指差す先の黒雲は、何かに切り裂かれるように時折、分裂し、そして、やがて、その数を大幅に減らした。

「魔物と言っても昆虫だからね、それを捕食していた生き物が魔物化したならば、やはり、餌でしかないのだろう。」

それはつまり、魔昆虫より、上位の魔物がいる、と言う事で、この砦にとっての脅威は全く去っていないのではないか?

慄くバウダー伯爵の視線の先で、魔昆虫を狩った魔鳥たちが、今度は更に大きな羽をもつ魔物に狩られていた。

「よく、統率されているね、彼らは、魔人、なのだろうか?」

シャルルマーニュの呟きに、バウダー伯爵は、これからこの世界はどうなってしまうのだろうか、と不安を表に表さないよう、必死に震える体を抑えるのだった。


特殊な魔素防御服を纏ったベイリン帝国の騎士達が、緩衝地帯の平原に調査にでて行くのをマリー・クレールは、自分に与えられた砦の一室から見ていた。

攻略すべき国を失ってしまった亡国の花嫁。

ベイリン帝国において、今の自分には何の価値もない事を、マリー・クレールは、よく理解していた。

近日中に、帝都から、彼女に対する沙汰が下されるだろう。

魅了の異能持ちのマリー・クレールが、死を賜る事は無い。けれど、再び、皇位争いの舞台に立つことは無いだろう。新たな皇帝が決まった後に、新皇帝の部下、としての役割が与えられるまで、大人しくどこかの僻地に押し込められるのだろう。

けれど、マリー・クレールはこのまま、大人しく皇位争いから降りる気は無い。


国境の検問所の前には、逃れてきた人々の列が出来ている。シャルルマーニュの命により、魔素の洗浄が行われているからだ。体や衣服、荷物に付着しているかもしれない高濃度の魔素を持ったまま国内にいれる訳にはいかない。いつ何時、臨界点を越え、変性が起こり、魔人化するかもしれないのだ。

自分が魔素に汚染され、暴走の危機があると伝えられると、全ての者が素直に従った。

余程、暴走して爆散した人外の衝撃が大きかったのだろう。


ベイリン帝国の魔境・魔の森に立ち入った者たちに課せられる魔素洗浄と同じ方法なので、帝国騎士達には特に抵抗なく受け入れられている、空になった魔石を検出器代わりに使う方法だ。高濃度の魔素があれば、魔石の色が変わるようになっている。衣服や荷物ならば、魔素が空魔石に移動して終了だが、本人が魔素を吸収し、変性しているのであれば、空魔石の色はどんどん濃くなる。そうやって見つけ出される今回の魔の谷の爆風による自然発生の変性者は、まだいない。けれど、日数が経つにつれ見つかる可能性は高い。彼らを野放しにし、他国に変性者の情報が流れるのは防ぎたい。それに、これまでになかったタイプの変性者が紛れているかもしれない。変性者は、力だ。



逃れて来るものの中にラインハルト王太子の消息を知る者がいるかもしれない。そんな一縷の望みをかけて、マリー・クレールは、毎日検問所で、一人一人に声をかける。命を懸けて彼女を逃した王太子との愛の物語は、彼女を悲劇の主人公に仕立て上げる。

そうしていれば、帝国皇女であるマリー・クレールが、難民たちに声をかけても、不自然とは思われない。

けれど実際は、誰よりも早く変性者を見つけ、確保するためだ。

ついでに魅了もかけて、彼女の”物語”を帝国各地にばらまくよう指示すれば、帝国民の人気は無視できず、僻地に追放されるようなことにはならないだろう。


何も言わず、彼女のしたい様にさせているシャルルマーニュには警戒しかない。

けれど、表向き、マリー・クレールは哀れなヒロインを演じる。

全てはベイリン帝国皇位の為に。


起死回生の思いを胸に、今日も1日検問所の門の前に立っていたマリー・クレールの前を、ボロボロの荷車にぎゅうぎゅうに羊たちが押し込められた馬車が停まる。後ろにも入国を待つ人々がまだ連なっている。一体、どこからこんなに人が湧いて出るのか。疲れた頭にメエメエと鳴く羊たちの声が苛立ちを増す。

「門を閉じなさい。」

マリー・クレールは、そう命じて踵を返した。

「お待ち下せぇ。んだば、おらたちは、このまま、ここにおれってんですか?」

薄汚れ絶望の表情を浮かべた羊飼いは、中に入れてくれと必死の形相で縋りついた。

「平原には、動物が変異した魔物が溢れてんだ。あいつらは、生き物なら、何でも襲う。命を食ってるんだ。魔物に食われた羊は、血なんか流さねぇ。あっと言う間に干からびちまって、毛皮すら残らねぇんだ。」

家族と死に別れ、平原に散っていた羊たちを必死の思いでかき集めここまで逃げてきた、こんな所で、後一晩すら過ごしたくない、と叫ぶ。


彼の後の数組も、一緒になって安全な門の中に入れてくれ、と声を上げ始めた。

これまでも、検問所は夕方には閉めていた。明日朝にはまた開くからそれまで待つように。

そう役人が諭しても、彼らは聞く耳を持たない。

「昨日まで大丈夫だったからと言って、今晩、魔物に襲われない保証は無いじゃないか!」

「明日の朝、門が開くかどうかだって、わからない。」

「もう、食べ物が無いんだ!」

難民たちは言葉だけでなく、じりじりと門に迫る。

「黙れ!お前たちを受け入れているのは、マリー・クレール皇女殿下のご慈悲だ。それをいかにも当たり前のように要求するなど、以ての外。我がベイリン帝国の法に従えない者達を国に入れる事など出来ん!」

検問所の警備にあたる騎士が抜剣して怒鳴ると、流石の難民たちも黙り込んだ。


背中でそのやり取りを聞いていたマリー・クレールは、ふう、と深いため息を一つついた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ