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人外魔境~魔物と人類の共存は可能ですか?  作者: ゆうき けい


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19/22

19 創世魔法

魔の谷の上空で魔法陣を展開する。

「アリア、あなたの眷属(こども)たちと繋がる事は出来ますか?」

エルエルは、冷静に力を行使する範囲を計算しながら、そう尋ねた。

「出来るわ、でも、皆もう、魔核に還っているけど。」

「それで、十分。これだけ、広範囲となると、楔が必要ですからね。あなたの子供たちが谷に広く拡がっていて助かります。」

「そりゃあ、自慢の子供たちですもの。」

クスクスと笑いながら、アリアが腕を振ると、その指からキラキラと細い蜘蛛の糸が谷のあちこちに伸びた。

「出来たわ。」

「では、子供たちの魔核にあなたの魔力を送って下さい。」

魔素を大量に含んだ熱風に煽られる事なく、空中に留まるエルエルとアリア。


彼らの向こう側で、インゲルハイム王国のあちこちでも火の手が上がっていた。

魔の谷から、飛び火したのか、パニックになった民衆が暴走したのか、それは、一つの国の終焉の始まり。


エルエルは傍らのアリアドネを見つめる。

子蜘蛛の頃にこの大陸に移住させた力の弱い最古の魔物の一族の生き残り。長い長いエルエルの生で、アリアは一番長く彼の傍にいた。

「アリア。」

そう呼びかける。

もう魔力が尽きようとしてるアリアドネは、最期に子供のような瞳で彼を見上げた。8つある瞳の半数は濁り当の昔に視力を失っている。残った瞳の光も今にも消えそうだ。


「アリア。付き合って欲しい実験がある、と言ったでしょう?」

もう一度呼びかけて、エルエルはアリアの胸に左腕を突き立てた。

「ありがとう、もう十分だよ、ゆっくりお休み。いつかまた、会える。その日を楽しみにしているよ。」

アリアドネの唇が笑みを刻み、次の瞬間、蜘蛛の魔物の体はサラサラと崩れて消えた。

エルエルの手の中に残ったのは、ゼリー状の物質に包まれた真っ赤な魔核。

「ライム。アリアを頼みます。」

プルン、と震えたゼリー状の物質は、スライムのライム。多核スライムの最大の特徴である、他者の魔核を取り込み、己のものとする事が出来る能力。

それをエルエルはライムの協力の元、アリアの魔核の保護に使った。

アリアは元の体は魔素に還ったけれど、その本体である魔核が無事なら、そして、十分に魔素が溜まったなら、再び、体を作り出すことも可能な筈だ。

ライムは、いくつかに分裂していても、ライムと言う個体の意志共有が出来る。ヴァン達と共にいる体と核の大部分をもつライムが本体と思われがちだが、実は、この他の核を取り込む能力をもつ透明な核をもつライムが本体だ。


「インゲルハイム側は荒れるでしょう。大陸側で暫く隠れていてくださいね。」

そう言うと、エルエルは彼にしては非常に乱暴な手段に出た。

アリアの核ごと、ライムを大陸側に思い切り放り投げたのだ。

丁寧に送り届けるには、彼の限界ももう近かった。

「さあ、では、創世神話に言う天地創造をご覧に入れましょう。」


上空に展開した複数の魔法陣が周辺の魔素をぐいぐい吸いあげる。その魔法陣と連結した中央に描かれた一際大きな別の魔法陣が魔素を変換し、そこから魔力が稲光のように、アリアの子供たちの魔核に降り注ぐ。

大地が揺れ、ひび割れ、北の回廊が崩れ落ちる。途端に海水が流れ込み、燃え盛っていた炎と出会い、激しく水蒸気が上がる。その間も大地は揺れ続け、ずりずり、とインゲルハイム王国が海側に移動していく。


地上や空気中に溢れていた全ての魔素が消費尽くされた時、魔の谷があった所には、新たに海峡が生まれ、インゲルハイム王国は、大陸から切り離された島、となった。

その島の周辺は、魔素が溶け込んだ海水によって変異した海の魔物で溢れ、切り離されたことにより、インゲルハイム王国に流れた魔素は、その地に留まった。


今や、対岸から見る王国は、魔素にけぶった人外魔境となっている。



インゲルハイム王国を大陸から切り離した後、力尽きたエルエルは真っすぐ、魔の海峡となった海に落下していく。

周囲に利用できる魔素は無く、自身の体内にも殆ど魔力は残っていない。後の事を考えずに行動するなど、随分と無謀なヴァンパイアの影響を受けたものだと自嘲の笑みが浮かぶ。

けれど、その体を掴んだ手があった。

まさか、ヴァンか、とこじ開けた目の前にはセイの顔。

「エルダー様!」

それがうれし泣きに歪む。

「全く、何て無茶するんですか?」

そう言いながらもセイの脚はエルエルの肩を掴む。


「セイ、なのかい?」

「はいはい、色々、言いたい事はありますが、先ずは、どこかに降りましょう。あちら側の方が良いですか?」

セイが視線で促したのは魔素の漂うインゲルハイム王国側。

それに頷いてエルエルは、自分を助けたセイを観察する。

「変性、してしまったのだね。」

「その様ですね、でも、お陰様で無事、卵も産まれました。」

「卵?」

「はい、まあ、色々言いたい事の一つではありますね。」

どこか遠い目をしたセイだが、その口調に恨みは全くない。


「姐御、変わりますよ。」

横から現れた腕に横抱きに抱き上げられて、エルエルは目を白黒させる。

「イロン?」

「へい。こんな顔になっても、わかってくれるんだ、エルダー様。うれしいねぇ。」

鷹の嘴にも拘わらず、イロンは流暢に言葉を話す。その背中の羽は、確かにセイの羽より逞しく、先程より安定して、飛ぶ事が出来た。


「エルダー様!」

かけられた声に下を向くと、魔の海峡を魔物や急激な地殻変動で壊れて流れこむ漂流物を足場に駆けてくる三体の人外の姿。上半身は人間、下半身は馬のケンタウロスたちだ。

その中の一体、腕に卵を抱きかかえているそれに向かってセイが舞い降りる。

「あれは、ケーン達かい?」

「そうっス。間に合わなくてすいやせん。」

悔しそうにイロンが言うが、エルエルは、彼らの深い愛情に言葉を失う。

「死ぬかもしれない、と思いながら、あの戦場に来たのかい?」

「当然じゃないっスか!俺らタウ族っス。多分ですけど、あの場所で死んでいった奴らも魔素が十分だったら、皆、人外になっても、エルダーたちを守ってるっス。」


実際、あの平原は、その後何年と、夜になるとアンデッドが徘徊する魔境となるのだった。そして、その大半は、馬に乗る狩人の姿だと言う。

それは何とも言えない深すぎる親愛だな、とエルエルは思ったのだが、彼の意識が保たれていたのもここが限界だった。

「暫く、眠ります。魔力を急激に使い過ぎました。後の事は、ケーンに任せます。ヴァンと相談して、」

そこまで言うと、エルエルは意識を失った。

抱きかかえていたイロンが焦ったのは言うまでもない。


魔力回復の為の深い眠りについたエルエルはインゲルハイム王城の祈りの間に、設置された天蓋付きベッドに寝かされた。彼がいつ目覚めるのか、誰も知らされていない。



インゲルハイム王国南の国境砦が、ガラガラと崩れていくのを、ラインハルトは呆然と見つめるしかなかった。

崩れる理由が地面に走る亀裂であり、それは、人間の力ではどうにもならない事が明らかだった。

「どうして!何故!?我が国がこのような目に会わねばならないのだ。」

膝をついて慟哭するラインハルトの横で、アレクサンドルは空を見上げている。

最初は轟く雷鳴の様だった空から降り注いだ魔力は、今や、光の帯のように厚く、谷を分断し天から落とされた巨大なギロチンの刃の様だ。

それを引き起こしているのは、空を覆う程巨大な魔法陣。


『エルエル・・・。』

姿が見えている訳では無い。けれど、アレクサンドルには、これがエルエルによって引き起こされた事象だと確信があった。

そして、それが、兄が言うようにインゲルハイム王国への罰では無いのだろう、と思った。

あれ程、吹き荒れていた炎を飲み込んで、魔の谷が海水で満ちていく。湧き上がり大気を満たしていた魔素が、魔法陣に吸い上げられ、魔力となって放出されたおかげで、今、この平原に魔素はほとんど残っていない。


魔素の濃さなど、本来、感じられるものでは無いが、右目に変性を受けて未来視の異能を得、それが奪われたためか、今のアレクサンドルは、魔素を感じる事が出来た。

最初は、ぞわぞわとする感覚が何かわからなかったが、兄の後で馬に揺られてここまでくる間に、それが、魔素では無いか、と思い至った。


魔の谷から吹き上げる炎に含まれていた魔素は、一瞬で人を灰燼と化すほどの、濃度だった。その魔素炎が流れて行く先が、自分の母国で。ボッボッと、街の中に火が灯る。深夜の街が強引に覚醒させられる。

人々の声がアレクサンドルの耳にも届いた。

ラインハルトが顔を上げる。

「そうだ、父上、母上。こうしてはいられない。お二人を助けに行かなければ。」

ラインハルトは、その場にアレクサンドルを残し、崩れ行く砦に向かって駆けだした。

「え?兄上?」

既に、アレクサンドルの目の前には、かなりの広さに拡がった亀裂に海水が流れ込んで来ている。今からインゲルハイム王国側に行こうとしたところで、その距離を越えるのは難しい、と言わざるを得ない。

「兄上、無茶です。」

王族は自分の命を優先するのでは無かったのか。何故、自ら死にに行くような行動をしているのだろう?

そんなアレクサンドルの目の前で、それは起こった。


ラインハルトの体が少しずつ崩れていった。頭の位置がどんどん下がり、足が短くなり、それにつれて尾が生えてきた。青灰色の鱗を持つ尾が、うねうねと左右に揺れながら、前へ前へと進む。

腰から上は、人間のままだったが、腰から下が蛇の、半人半蛇の魔物になっている。

けれど、変性はそれだけでは終わらなかった。

ラインハルトの進んだ後ろを、きらりと光るものが落ちている。その光の舞う頻度が増えていた。

それは、ラインハルトの新たな半身・蛇の部分を覆っていた鱗、だった。

鱗が落ち、柔らかい肉の部分が晒された。そこも、やがて腐るように崩れていく。

高濃度の魔素を大量に浴びた事による変性からの暴走、だった。


かつてインゲルハイム王国王太子だった兄ラインハルトの体は、愛した故国の土を踏むことなく、魔の谷を満たした海水の中に没した。





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