16 自爆
異能を得てからのシャルルマーニュは、別人だった。
以前は、我儘で癇癪持ちの典型的な世間知らずの大国の皇子だった。だから、10歳の誕生日に魔の森に行く、などと我儘を言ったのだ。そんな息子だから、どうせ失敗すると思っていたのだろう。それならば、さっさと失敗して、皇子の数を減らした方が良い、と判断した皇帝は、シャルルマーニュを送り出した。
けれど、彼は成功してしまった。
魔の森の奥まで引き連れて行った有能な帝国騎士は誰一人帰って来なかったが、第五皇子は生還し、あまつさえ、異能を得ていた。
それが、舌で味わった物質の追跡が出来る異能と言う、使い道のよく分からない能力であれ、異能は異能。周囲の予想に反して、齢10歳にして、シャルルマーニュのベイリン帝国皇子としての地位は確立したのだった。
マリー・クレールの思いは複雑だ。同腹の弟としての愛情はある。だが、皇帝位を争うライバルと考えると、幼くして魔の森に挑む胆力と見事に目的を果たした実績は脅威となる。
実際、成人の儀後のシャルルマーニュの周りには、彼に取り入ろうとする貴族達で溢れていた。密かに焦るマリー・クレールはシャルルマーニュに自分の異能を使った。使ってしまった。
一度、そんな事をしてしまえば、もう、続けるしかない。
何故なら、魅了が解けた時が、マリー・クレールの最後だから。
異能を獲得した皇族はその異能を、血族に使う事を許されない。それは絶対のルールだった。皇帝を唯一無二の存在とし、それ以外は皇族と言えど、皇帝の所有物。その生殺与奪権は皇帝のみが持つ。故に、皇位争いが他国のように、謀殺アリ、とはならないのだ。皇子皇女は正々堂々とクリーンな方法のみで皇帝位を勝ち取らなくてはならない。
『一人の皇族を育て、異能を得るまでに投入された人的・物的資源は膨大な金額になる。皇位争いで人死にを出すなど、以ての外。皇帝に対する裏切り行為である。』
そうベイリン帝国の皇室典範に明記されている。
よって、マリー・クレールはシャルルマーニュに異能を使った事が、知られる訳にはいかないのだ。
「魅了が、掛かっていなかった、だなんて。」
マリー・クレールは唇を噛み締める。
結果だけ見れば、魅了されていなかったシャルルマーニュが、自主的にマリー・クレールに協力した形になっている。それは、形としてはマリー・クレールの計画通りだが、その実はマリー・クレールを追い落とすための切り札をシャルルマーニュが握っている、と言う事だ。
異能を得たとは言え、シャルルマーニュはまだ、成人年齢に達していない。インゲルハイム王国に輿入れした時、同腹の弟の立場を利用して、結婚式に招待し、その後も王国の攻略の手伝いをさせる為に滞在させれば、暫くは、継続的にシャルルマーニュに魅了をかけ続ける事が出来る筈だった。そして、折を見て・・・。
それが、見事に覆された。
大陸統一の道を踏み出したベイリン帝国は、マリー・クレールを含め、異能を持つ皇帝の子供たちを、大陸各地に派遣した。派遣された地で、如何に帝国に貢献するか。その功績を持って、次期皇帝の地位を争う。彼女が西のインゲルハイム王国を手中にすれば、それは女帝への第一歩になる。帝国南のパッカルド王国や東のアンドネフュー国の攻略を任された第一皇女や、第三皇子は当然、ライバルだ。
無事、インゲルハイム王国の王太子と結婚し、次期王妃の地位を手に入れた。魔の谷の魔素の大量採取方法も確立した。この功績を持って、マリー・クレールは凱旋する。
アリアドネシルクには興味が尽きないが、所詮あれは、彼女の趣味の延長。おまけみたいなものだ。
なのにそれに手を伸ばして国盗りに失敗する。そんな事があってはならない。
その上、シャルルマーニュに異能を使った事が皇帝陛下に知られたら・・・。
そんな事になるくらいならば・・・。
「どうして誰も応答しないの!」
通信の魔道具を握りしめ叫べども、マリー・クレールに答える声は何も無い。大丈夫、きっと、今頃はこちらに向かっている筈。そう、信じようとして、魔の谷方面を見るが、魔動二輪の使用を許可したにも拘わらず、それらが近づいて来る灯りはない。
シャルルマーニュに裏切られたマリー・クレールが、その原因を弟に求めてもおかしくはない。むしろ、周到に用意された裏切りの一つ、と考えた。
「この国はわたくしに任されたわたくしの国。お前に渡すぐらいなら!
memento mori!」
それは、自爆のキーワード。
通話の魔道具を介して与えたれた命令に反応し、魔の谷の工房でカチリとスイッチが入る。ヴァンによって眠らされたベイリン帝国の騎士達の間を、装置が発する退避の警告音が虚しく鳴り響く。
そして、
工房は炎に包まれた。
逃げ遅れた帝国騎士が火だるまになり、床を転げ回る。火を消そうと水魔法や氷魔法を放つが、制御が乱れてまともに鎮火出来ない。
炎と水と氷が乱れ飛ぶ。
奇しくも、平原で同じ帝国騎士達が、タウ族を襲撃したのとよく似た光景が繰り広げられていた。
因果応報。
魔の谷の工房周囲も地獄と化す。
魔素塊の保管庫が枯れ木のように燃え上がる。揚水ポンプが勢いよく吹き飛び、ガランゴロンと音を立てて、魔の谷の底に向かって崩れ落ちていく。風車は炎をまき散らしながらそれに続いた。
「魔の谷が燃えてる・・・。」
最初に気が付いたのは、ヒューだった。
エルエルとヴァンは、不気味な存在感を放つシャルルマーニュから目が放せ無い。アリアは戦闘から外れ、瀕死のリンクの治療に集中していた。ヒューの護衛のライムは、気付いていたとしても、声を出せない。
膨大な熱によって巻き起こる風が、谷底から、火の粉と共に大量の魔素を舞い上がらせる。
「どうした?」
ヒューの呟きを聞き取ったヴァンがその視線の先を追う。
「あ”?」
その口から漏れたのは、信じがたい事実を目にした驚きの声。
「ヴァン、あなた、一体何をしてきたのですか?」
そこに冷ややかなエルエルの声が加われば、ヴァンの頭からはすっかり、シャルルマーニュの事は消え失せた。
「何もしてねーよ。って事はないか。普通に魔素を汲み上げる機械の破壊。大量の魔素は、流石の俺様もどうしようもなかったから、タンクの底に穴をあけて少しずつ逃がすようにしてきただけだ。あんな風に、魔素を暴走させるような真似するかよ!」
一瞬疑うような視線を向けたものの、エルエルはヴァンの返事を受け入れた。
「不味いですね、このままでは、一帯が魔素汚染されてしまいます。」
アリアとその眷属たちで魔の谷の途中に蓋をするように蜘蛛の巣を張り、地上に湧き上がる魔素を制限していた。それが、これ程の火柱が目撃されると言う事は、その蓋は火災によって既に失われたと考えて良いだろう。
「子供たちは、大丈夫かしら。」
アリアが不安げに呟く。
アレクサンドルを助けた事で、周囲が騒がしくなり、転居をきめたものの、長年馴染んだ環境を捨てるに忍びなかった。
どうせ、短いヒトの一生。100年も我慢すれば、自分たちの事を知る者はいなくなる。そうなった頃にまた、戻ってこよう。
そう考えて、子供たちに谷の家の管理を任せたのだ。
それが、この火の様子では、蓋とした蜘蛛の巣ごと、燃え落ちてしまったのだろう。
「さっさとずらかろうぜ。」
ヴァンが大きく翼を広げた。その漆黒の蝙蝠の羽が、炎を受けて大きな影を作る。
影は何十羽もの蝙蝠となり、一斉に飛び立った。
「ヒューとライムはそいつらに運んでもらえ。アリアは俺様が運ぶ。エルエルは自分で飛べるな。」
「私は置いて行って。」
そう言うと同時にアリアは崩れ落ちた。




