15 帝国の魔人
「ヴァンパイア。」
戦場の真っただ中から脱出を図っていたアレクサンドルだったが、突然、空から降って来た大声に、その足を止める。
小さく呟かれたラインハルトの言葉に、アレクサンドルは新たな登場人物を改めて確認した。
「ヴァンパイアだから、ヴァン、なんだ。」
ははっ、何と言うか安直だな。
アレクサンドルは理解した。「なら、ヒューマン、人間、だから、ヒュー、なのか?」
壊れかけた心がほんの少し息を吹き返す。
「なら、助けなきゃ。」
ヒューが人間なら、助けても良い筈。
「兄上、僕に出来る事はありませんか?僕はヒューを助けたい。」
「私達に出来る事はあまりないと思うよ。せいぜいが無事に生きて帰る事だ。」
それでも、最後までこの場に留まって、この決着を見届けたい。
そんな我儘が許されるはずも無く、アレクサンドルは引きずられるように戦場を後にした。
「エルエル、この馬鹿野郎、なに、ヒューを取られてるんだ。」
そう言いながらヴァンは、エルエルの胸の血を舐めとった。「くそったれ、これ、アリアの麻痺毒混じってるじゃねえか。そのせいで止血に手間取ってんのか。これでどうだ?」
ぺっと赤黒い液体を吐き出し、ヴァンは強引にエルエルを立たせた。
「ほら、しっかりしろ。俺様が来たんだ、もう無敵だぜ。」
「遅いですよ。ライムの核を一つ壊されてしましました。リンクも手遅れになる所でした。」
「ちっ、ギリギリか。おい、ライム、合流だ。」
空から降ってきてヒューとシャルルマーニュを取り込んだもの、それはライムの核の一つアシッドスライムだった。
わかった、と言うようにアシッドスライムはシャルルマーニュを吐き出すと、その体内にヒューを取り込んだまま、ズリズリと本体に這い寄った。
吐き出されたシャルルマーニュは、全身のあちこちが酸で溶かされ、酷いやけどを負った状態だ。シャルルマーニュから飛び散った酸がマリー・クレールにもかかり、猿轡をはめられたままの彼女の口から、声にならない悲鳴が上がる。
「はは、スライムの酸は初体験ですが、凄いですね。しかも、ヒューさんの方は無傷とは。一体、どうやってるんでしょうね。」
シャルルマーニュは大怪我にも拘わらず笑っている。
「なんだあいつ、気持ち悪ぃな。」
「ベイリン帝国のシャルルマーニュ皇子です。異能の持ち主ですし、アレクサンドル王子の異能にも何かしたようでした。このまま放置するのは危険な人物です。」
「ふーん。なら、やるか。」
「仕方ありませんね。」
ヴァンパイアとエルダーエルフは、お互いに頷くと敵をシャルルマーニュと定めた。
子供と言えど、容赦はしない。
殺気を纏う彼らに対し、シャルルマーニュは、ただニコニコと笑っている。
!?
シャルルマーニュの体がキラキラした光を放つ。それは、あっという間に皇子を包み込んで、繭となった。
「「アリア!?お前か?」」
それは、蜘蛛の糸だった。
「いえ、私は何もしていないわ。」
アリアの否定を受けて、二人は周囲への警戒度をさらに上げた。
「ふふ、ふふふっ。」
繭の中から、堪え切れない歓喜の笑い声がする。
「素晴らしい。素晴らしいです。これがアリアドネの糸。あっという間に、あの酷いやけどが治って行く。」
それは紛れもなくシャルルマーニュの声。
ならば、この繭を作ったのは?
「誰か、誰か、答えなさい。何故、招集に応じないの?誰か!」
通信魔道具に向かって大声を上げるマリー・クレール。
いつの間にか、彼女の拘束、アリアドネの糸は、一糸も残ってはいなかった。
「アリアの糸を再構築した?」
「その通りですよ、エルダーエルフ殿。」
繭を割って出てきたシャルルマーニュは、全くの無傷。そして、アリアドネシルクの布をトーガのように巻き付けていた。
「僕はあなたがアレクサンドルに渡した包帯を事前に解析済みでしたからね。
僕と姉を捕らえた蜘蛛の糸と比較をすれば、治癒効果を付与したアリアドネシルクの再構築は、それ程苦労はしませんよ。」
材料の糸と再構築のエネルギーとなる魔素は十分でしたし、とシャルルマーニュは優雅にその右手を左肩に添え、すすす、と手首まで動かした。その手の下から新しい生地が紡がれていく。
「こいつ。」
「くっ。」
「さあ、僕にもっとこの世界の可能性を見せて下さい!」
両手を広げ、満面の笑みを浮かべる少年は、自分より遥かに強者の筈の人外を相手にむしろ楽し気だった。
「どうして誰も返事をしないの!」
マリー・クレールは焦っていた。本来なら、魔の谷に新設した工房から応援が来ている筈だ。それが、全く気配が無いどころか、先程から、通話の魔道具で呼びかけているにも拘わらず、返事が無い。
最初に連れて来た騎士達はその殆どが無力化されていた。生きている者は何名いるだろう。
これは、不味い。このままでは敗北必須だ。
こんな所で、兄姉たちに後れを取るわけにはいかない。何より、手駒だと思っていたシャルルマーニュが牙を剥いたのだ。あれだけは、早々に、このおかしな連中共々、排除しなければならない。
何故、ぐるぐる巻きにされた蜘蛛の糸から解放されたのかは、わからない。
けれど、例え罠であったとしても、それを生かさない選択肢はない。
この屈辱は、必ず、倍にして返す。
自分にはまだ、手駒があるのだ。
本来なら、既にこの場に来ている筈だが、今回に限って、その到着の遅れが、全滅を防いでいた。
それを幸運とせず、逆転のチャンスに出来なければ。マリー・クレールは、このインゲルハイム王国をベイリン帝国の領土とする為に、ここにいるのだから。
ベイリン帝国の第二皇女。それがマリー・クレールだ。
けれど、生まれた順から言うと六番目の皇女に当たる。
つまり、一人を残して、四人の姉はこの世にはいない、と言う意味だ。
現皇帝には、今現在、12人の子供がいる。マリー・クレールは第二皇女。同腹の弟のシャルルマーニュは第五皇子だ。
統治者の子供が多いのは、ある意味、当たり前だ。けれど、流石に多すぎだろう。だが、ベイリン帝国においては、後継者候補の分母は大きい方が良い。
何故なら、死をかけた篩にかけられるから。
後継者候補が2,3人では、そんな事は不可能だ。どうしても、安全な選定方法が選ばれる。けれど、そんな生ぬるい方法では、このランティス大陸統一を目論む帝国で、各国をその手中に収める役割を勝ち取る先兵とはなりえない。
マリー・クレールの曽祖父の時代、ベイリン帝国は、密かにランティス大陸の覇者となる事を夢見て、魔人の改造に手を染めた。
魔人。
それは、膨大な魔素を取り込み、魔物化した人間を意味する。元は人間だから、その姿形は人型を残している事が多いため、魔人と呼ばれるが、全身から溢れる魔力を制御できずに暴れ狂う魔物と何の違いも無い。ただ、動物と違い、肉体構造が軟弱なため、その形態を保っていられる期間は短く、限界が来ると、魔人は爆散し、周囲に魔素をまき散らす。非常に迷惑な存在だ。
魔物化した動物ではそのような事は起こらない。取り込まれた魔素は心臓に集まり、心臓を強力な魔力供給器官に変える。魔物の死体から回収され、魔玉と呼ばれる物がそれだ。
魔人の心臓が魔玉化しない理由は不明だ。
人間の心臓に由来するのか、はたまた他の要因が関与しているのか。
ここに、ベイリン帝国で行われた魔人の研究で、一つの仮説がある。
爆散する前の魔人を解剖した結果、心臓以外の体の一部で魔素密度が上昇していた、と言うのだ。魔玉生成の一歩手前である。
研究者たちは考えた。
人間は、魔素を心臓だけでなく、他の器官にも取り込むのではないのか、と。
確かめるべく、多くの実験が行われた。
それは、かなり非人道的なものであったが、ベイリン帝国の上層部のみが知る極秘の実験であり、その結果、帝国は人間を理性を残したまま魔人化する事に成功した。
魔道具を使わずに魔力を行使する人間の誕生である。
帝国では彼らを創世神話に語られる世界の管理者:アールブになぞらえ、アルブと呼んだ。
とは言え、その成功率は低い。
そして、アルブの持つ人間にはあり得ない力・異能は権力者にとって脅威となる。敵対されては元も子もない。
故に、理性を持った魔人を作る手法は王家の秘術とされ、王族のみに伝えられる事となった。
成人を迎えるベイリン帝国の皇子・皇女は、魔の森の中心、巨大な魔樹ユグドラシルを目指し、その幹に名を刻み、枝を持ち帰る。その持ち帰った枝を、自らの魔法杖とする。
それが、成人の儀だ。
マリー・クレールがかつて、アレクサンドルに話したシャルルマーニュの魔の森の冒険、である。
魔の森の奥への往復への過程で、体に変性が起こり、異能を得、魔人化することなく、魔力を行使するアルブとなれたなら、彼、彼女は勝者だ。成れなければ、死を意味する。故に、皇帝の子供たちは、多いに越した事は無い。
体のどこが変性し、どんな異能を得るのかは、全く規則性が無く、ランダム。
王族として有用な異能もあれば、一体、何の役に立つのか、と、人一人を魔の森に送り出すためにかかった費用を考えて、頭を抱えたくもなる異能もあった。
マリー・クレールは喉が変性し、声に魔力を乗せる事が出来る異能 ”魅了” を得た。もしこれがより強力な ”支配” であったならば、彼女は間違いなく、帝国初の女帝となる事が出来ただろう。しかし、魅了。しかも、残念な事に同性には効果が弱かった。魔の森に入り、生き延びた。それは、確かに勝ち、だったが、勝者の中にも明らかに格付けは存在する。マリー・クレールの異能は、他の兄姉に比べ、群を抜いて優れた物では無かった。
数年後、10歳と言う幼さで同腹の弟シャルルマーニュが魔の森の試練をクリアした。




