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人外魔境~魔物と人類の共存は可能ですか?  作者: ゆうき けい


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11/12

11 襲撃

「ヒュー、起きて。」

小さく揺さぶられ、ヒューは薄っすらと目を開ける。リンクの顔が驚く程近くにあった。

今日は宴だ、と大人たちが騒いでいたので、ヒューが眠ったのもいつもに比べてずっと遅い。テントに入っても外が楽しそうで、でもそれが別れを意味するから、寂しくて、横になってもなかなか寝付けなかったから、今、とても眠い。

「リンク?まだ、眠いよ。もう、出発なの?」

「違う。でも、危険。逃げる。」

そう言うと、リンクは情け容赦なく、ヒューがくるまっていた布団代わりの厚地の布を剥ぎ取ると、服を着せていく。靴を履いた所で漸くヒューも目が覚めてきた。


「アリアは?」

「アリアが、気付いた。騎馬が、来る。」

「騎馬?なら、ケーン兄ちゃんたちじゃ無いの?」

タウ族の長ケーンを含む数騎は、数日遅れでヒューたちの後を追いかけてきている。追手の確認や行く先のかく乱など、殿を務めながら、安全を確保してくれている。その彼らが、戻って来る予定だった。

「音、違う、もっと、重たい。多分、騎士。」

流石にヒューの顔から血の気が引く。


そんな会話をしながら、ヒューとリンクはアリアたちと合流した。

車には既に馬が繋がれ、何時でも出発できるようになっていた。

「エルエル!」

「ヒュー、リンク、直ぐに出ますよ。」

エルエルがヒューを抱えて幌の中に入れると、ヒューは直ぐにアリアに抱き着いた。

「エルダー様!奥方様!」

身重にも拘わらず、駆け寄って来るセイに、エルエルが素早く指示を出す。

「セイ、帝国騎士です。狙いは私達。あなた達は何を聞かれても、無関係と言いなさい。庇い立ては無用です。良いですね。」

「でも、」

「明日にはケーン達と合流できる筈です。あなたは、無事に元気な子供を産む事だけ、考えていればよい。」

ぐっと言葉を飲み込んで、セイは深々と頭を下げた。


「セイ姉ちゃん、またね。」

ヒューは馬車の後から大きく身を乗り出して手を振る。

「ああ、ヒュー、この子に会いに来てくれ。」「うん!」

はっ、手綱を鳴らし、エルエルが馬車を走らせようとしたその時、セイの後で大きな爆発音が上がった。


「敵襲ー!」

タウ族のキャラバンテントが燃えていた。


その少し前。

「さて、これで最後、っと。」

そう言って、派手に揚水ポンプを魔の谷に蹴落とすと、ヴァンは大きく欠伸をした。魔の谷に隣接し、新しく作られた魔素を汲み上げる揚水ポンプを破壊し、貯蔵タンクの中の魔素は魔の谷に戻した。建設途中の二か所の魔素工房を破壊し、残すは最北端の工房のみ。

さあ、次に行こうかとひょいとライムを持ち上げたヴァンの耳が、工房内に響いた声を捕らえた。


「ああン、誰かまだ眠って無い奴がいるのか?」

前回の襲撃時と同様、ヴァンは一帯のヒトたちを”催眠”で眠らせてから、行動を起こしている。

ヴァンの”催眠”は、一定範囲の対象を物理障壁無視して効果を及ぼす。

しかし、魔力障壁に対しては効果が減弱するデメリットがあった。

「ちいっ、まさか、魔力障壁を張ってる奴がいたのか?」

それにしては、全員眠らせたと思い、遠慮も無く破壊してきた現状に、何の反応も無いのはおかしい。


するするとライムが工房内に侵入する。

しばらくして、静かに扉が開いた。

中から、声が響く。

『・・・・発見。最低限の警備を残し、全員出動。魔動二輪の使用を許可する。各自、魔素瓶を携帯し、大至急合流せよ。繰り返す、第一級捕獲対象アリアドネ発見。さ』

ぐしゃり。

声を届けていた魔道具が、ライムによって破壊された。


「畜生がー!」

ヴァンが天にむかって叫んだ。その背から、巨大な翼が広がる。ライムが、伸びあがってその足に飛びついた。「振り落とされるなよ。」

次の瞬間、その場にヴァンの姿はなく、彼が飛び上がった衝撃で半壊した工房の壁が、崩れ落ちた。



一方、兄王子夫婦の説得に成功し、借り受けた騎士達と共に、魔の谷の南側を回り込み、緩衝地帯の平原を、未来視(シャルルマーニュ曰く)で見た風景に近い場所を探す、と言う、無謀な一日を過ごしたその日の夜。

どうにも、右目がうずいて起き出したアレクサンドルは、ある程度の規模の集団が野営しているらしい火を遠くに見つけた。

それはひょっとして、右目の異能の一種だったのかもしれない。

少なくとも、野営の警備をしている騎士達は気が付かなかったのだから。


「あれじゃないかな。」

アレクサンドルが指差す先に、斥候を送ってみれば、それは、遊牧をしてこの平原を移動する騎馬民族タウ族のキャンプだった。

「勘違いか。」

「いいや、あれだね。」

夜遅くにも拘わらず、斥候の報告を待っていたアレクサンドルは意気消沈したが、逆に、シャルルマーニュは、自信満々に肯定した。

「間違いない。」


その言葉に従って、騎士達を先行させ、アレクサンドルとシャルルマーニュも続いた。

そして、見覚えのある風景に出会う。

「良かった、燃えていない。」

大きく安堵の息をつくアレクサンドルに、シャルルマーニュは眉をひそめた。

「何言ってるの?燃えてないと困るじゃない。」「え?」

「君の能力は”未来視”なんだからさ。」

そう言うと、シャルルマーニュは大きく手を振り下ろした。「やれ。」


その声を合図に、二人の後で騎士達が魔法杖を取り出す。そこから、次々と火矢が飛んだ。

ぼっ、ぼっ、とそこかしこでテントや荷車に火が燃え広がる。

「シャルルマーニュ皇子、何を!」

「何をって、ほら、これでしょ、君が見た光景。」

炎を背景にしたシャルルマーニュの顔は、至って真面目だ。それが更に気味悪さを加速させる。

「どうしてこんなことをするんだ。僕たちはヒューが危険な目に会わない為に、ここに来たんじゃないのか!」

「君はそうだったのかもしれないね。でも、僕は違う。」

胸元を掴むアレクサンドルの手を乱暴に払いのけて、シャルルマーニュは言う。

「僕は、ここに、アリアドネシルクの製作者を突き止めに、来ている。その製作者が、あそこに」

そう言って燃えるテントの方を指差す。

「アリアドネシルクの製作者が、あそこに、いる。そう、僕の能力が言っている。ならば、そいつを捕らえに行くまで。僕に必要なのはそいつだけだ。他はいらない。」

「シャルルマーニュ!」

「行け、アリアドネシルクの製作者と思しき奴は、あの逃げ出そうとしている馬車にいる。その他の連中は、邪魔するようなら、叩き潰せ。」

「「「「はっ!」」」」

「やめろー!」

アレクサンドルの叫びは、ベイリン帝国騎士には届かない。彼らは剣や槍、魔法杖を片手に馬を走らせた。



目の前に、自分が予知した光景が、繰り広げられている。

アレクサンドルは、なす術もなく立ち尽くしていた。目に、耳に、燃える人々が、お前のせいだと叫んで死んでいく。

「リンクー!」

周囲の轟音を切り裂いて、悲痛な叫び声が、聞こえた時、アレクサンドルは飛び上がった。

「ヒュー?」

その声だけは、何があっても間違えない。根拠もなくそう信じていた。それが、例え絶望の声であったとしても。

「アリア!」

大切に思っていた子が、大切な者を呼ぶ声が絶望に染まっていた。

アレクサンドルは、声に向かって駆けだした。


炎の向こうに、ヒューがいた。

小さな子供の肩を支えながら、必死に進む先には、巨大な蜘蛛。

アレクサンドルはひっ、と息を呑んだ。ヒューには見えていないに違いない。大体、どうしてこんな所に魔物がいるんだ。


「ヒュー、ヒュー、こっちだ。」

アレクサンドルの声が聞こえたのか、ヒューが自分を振り返る。その瞳が驚愕に見開かれた。

そして、アレクサンドルは見た。

ヒューと子供(恐らくリンク)の行く手に立ちふさがっていた巨大な蜘蛛の、その上に乗っている人影から腕がぐぐぐ、と伸び、ヒューに迫るのを。


「ヒュー!」

アレクサンドルは無我夢中で、腰の剣を抜いて、蜘蛛に向かって思い切り投げた。

戦場で、武器を投げつけるなど、愚か者のする事なのはわかっている。けれど、アレクサンドルは、ヒューを護りたかった。少しでも、魔物の意識をヒューから逸らしたかった。そんな思いで投げつけた剣は、持ち主から、そう離れていない所に、ぽすり、と落ちた。

魔物はこちらを見もしなかった。そのまま、伸ばされた手がヒューの腕の中からリンクをさらうように奪う。


絶望するアレクサンドルの横を氷の矢が走った。

トストストス。

それは蜘蛛の魔物に突き刺さり、そこを起点として氷の幕が魔物を覆い始める。

「ヒュー!何をする、やめろ。ヒューに当たる。」

今、ヒューは魔物の目の前で呆然と立ち竦んでいる。アレクサンドルは両手を広げ、ヒューを守るように立った。そんな第二王子に一切構う事無く、氷の矢は降り注ぐ。


「攻撃をやめなさい。捕獲して。」

頬をかすめ、髪を凍らせて飛ぶ矢に顔色を失ったアレクサンドルを無視して、近づいて来たのは、マリー・クレールとラインハルトだった。

「魔物を庇うなど、私をがっかりさせないでくれないか?アレク。」

「兄、上?」

どうしてここに?そう問いかける暇もなく、アレクサンドルを突き飛ばして、マリー・クレールが氷の矢で針山の様になった魔物の前に飛び出した。

「ああ、これよ、これ。これがアリアドネシルクを作る魔物ね。美しい女性の上半身に蜘蛛の体。正しく、アリアドネ。初めまして、化け物。

ちょっと!随分ボロボロになっているけど、糸を作る器官、糸腺は、傷つけていないわよね。用があるのはそこだけなのよ。」

振り返って、騎士達を糾弾する顔は、いつも見せる柔らかな笑みでは無く、それはそれは恐ろしいものだった。





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