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求道者  作者: 脱走中の患者
アカデミア編
39/41

指輪の変化

 夜中に起きた騒動から数日が経ち、アカデミアは多少の混乱を見せながらも、それをうまく収めていた。揺れが発生したのが夜中、人々が寝静まる時間だったため、気づかない者も多かったのが幸いだった。


「アタリカでは地震ってよく起きるの?」


 ノアを餌付けしながら、エミールは隣でトランプのシャッフル練習に熱中するレオを見た。


 カードの手を止め、レオが顔を上げて答える。


「あぁ、アタリカは地震の多い地域だぜ。でも、ここまでの大きな揺れってのは、そう頻繁にはないけど……」


 レオは苦笑いを浮かべながら、包帯だらけのノアに目をやった。


「……お前、タンスに敷かれるなんてどんな確率だよ。怪我、大丈夫か?」


 ノアは腕や肩、脇腹など、体のあちこちに包帯を巻かれており、左手にはギプスがはめられている。


 彼の怪我は夜中の揺れで倒れたタンスに巻き込まれたということになっている。実際、地震で怪我をした生徒が他にいなかったわけではないため、この説明は特に疑問を持たれることもなかった。


 もっとも、ノアほど酷く負傷した者は他にいなかったが。


「医務室の薬のおかげで痛みはだいぶ引いている。けど……体の痛みより、あの薬の苦さの方がつらい」


 ノアは静かに答えながらも、記憶の中であの薬の味を思い出し、眉をひそめた。ルーカスが調合した治癒薬は非常に効果が高かったが、その分味も凄まじかった。


 この世の全ての苦味を濃縮したとでも表現すべき代物で、それを飲む間にノアの顔は酷く歪んだ。


 どれくらい酷かったかというと、ルーカスが爆笑するほどだった。


 ノアは二度と飲みたくないと思った。

 

「……にしても、僕、地震の揺れなんて全然感じなかった。それどころか、夜の記憶すらほとんどない」


 新聞を広げていたカイが顔を上げて、ぽつりと疑問を漏らす。普段、レオのいびきに悩まされて寝不足になりがちなカイだが、その日に限ってぐっすり眠れたのだ。目の下のクマもすっかり消えている。


「うん、ぼくもだね」


「オレもそうだ。いつもなら揺れた時点で目を覚ますはずなんだけど、あの日は全然起きなかったんだよな……」


 三人の疑問が交錯する中、ノアはエミールから差し出されたルーンブロートを自分の手元に引き寄せた。


 彼らが知る由もないが、ノアは秘宝回収の日に三人の飲み物に睡眠薬を混ぜていた。それは、エレニアに渡そうとしたもので、クマすら三日間眠らせるほどの代物だ。


 その結果、揺れや騒ぎが起きていた間、ノアの部屋だけが静寂に包まれて、三人は死んだように寝ていた。


 疑問が解決されないまま、一同はしばらく思い思いに話してた。近づくテスト、教師の悪口、たわいのない話が続いた。


 ノアはしばらくそれを聞いて、ルーンブロートを平らげた後、静かに立ち上がる。


 ノアがどこかに出かけようとしているのを見て、エミールが呼び止める。


「ノア君、どこ行くの? ルーカス先生から絶対安静って」


「散歩、じっとするのは苦手」


「ぼくも一緒にいこうか?」


「大丈夫」


 心配するエミールの提案を断って、ドアを開けて出ようとした時、ノアは振り返った。

 

「ルーンブロート、ありがとう」


 そう言って、ポカンとする三人を置いて外を出た。


 ……。


 アカデミアをでたノアが目指すのはオルビス商会、秘宝を回収した後はオルビス商会に渡すことになっていた。


 しばらくはアカデミアが落ち着くのを待ったが、秘宝を追う追手が出ていなかったから、もう大丈夫だと判断した。


 後は秘宝を渡せば、任務は終わるはずだが……。


 ノアは自分の手を見た。


 結社から支給された空間の指輪、元々は銀に模様がある程度だったが、今では金色に変わり、表面に青い光が走るようになっている。


 彫刻はより細かになり、もはや芸術品と呼べた。


 収納の機能は問題なく使えるから、最初は我慢したが……。


「……」


 明らかに見た目が変わった指輪を見て、ノアは引き抜こうとした。


 ……抜けなかった、まるで指の一部かのようにぴくりとも動かなかった。


 『死んでも動かない』という強い意識を感じ取り、ノアは沈黙した。


 丸盾の秘宝はそのままでは目立ちすぎた。大きさゆえに隠し持つことは難しく、何より脳内に直接響く声が鬱陶しかった。


 秘宝を回収した夜、ノアは一筋の期待を込めてもう一度空間の指輪での収納を試みた。すると驚くべきことに、収納は成功した。


 だが、ほっとしたのも束の間、指輪が突然、眩い光を放った。


 その光が収まった時、指輪は以前の無骨な銀色のデザインではなく、金色に青い光が走る、まるで芸術品のような異様な姿に変わり果てていた。

 

「……」

 

『……』


 このまま誤魔化し切ろうとする指輪を見て、ノアは無言でナイフを抜いた。


『待って待て落ち着いて! 話し合おうよ、私たち、命を預けあった仲じゃない!』


「預けた覚えはないし、僕は得体の知れない物を身につけるつもりは無い」

 

『何よ! 使い終わったら捨てるつもり!? ひどい男!』


 脳内に響くその下手な泣き真似に、ノアは自分の血圧が上がるのを感じた。ナイフを握る手にさらに力がこもる。


 だが、指輪は焦りながら喋り続ける。


『お願いだからこのまま居させて!』


「盾に戻って」


『いや! だってまた閉じ込められて、毎日変な爺さんたちに体を弄られるでしょ!? こんな仕打ちを女の子にするなんて、良心が痛まないの!?』


 その奇妙な言葉に、ノアは一瞬だけナイフを止めた。呆れたように、奇妙な物を見る目で指輪を見下ろす。


「物に性別あるの?」


『……失礼ね、私は立派な女神よ!』


「女神?」


 その言葉に、ノアは思わず目を細める。疑念を込めたその視線に、指輪の声は急に得意げになる。


『そうよ! 平伏しなさい凡人! 我こそは大神の知恵より生まれ、戦争に勝利をもたらす者! その名は――!』


 堂々たる宣言。だが、その声は途中でぴたりと止まる。


『その名は……』


 不自然な間が生じる。困惑したように声のトーンが変わった。


『私の名前は、なんだっけ』


 しばらく沈黙が続いた後、ノアは無言で指輪を削る動作を再開した。


『ま、待って! なんでも言うこと聞くから! ほら、代わりにテスト受けてあげるとか!』


 数日間の観察から、ノアが勉強を嫌っていることを知っていた指輪は、必死の賭けに出た。


 果たして――。


 彼女(?)は賭けに勝った。ノアはナイフを止め、じっと考え込むような仕草を見せた。


 脈ありと確信した指輪は、勢いづいて次々と自分のメリットを売り込み始める。


『えっとね! 私の力が回復すれば指輪としての性能がさらに上がるし、防御用のシールドも貼れるわよ! あと、記憶と力が戻ったらあなたを私の眷属に加えてあげるから!』


 調子に乗った彼女が繰り出す提案の後半はほとんど耳に入らなかったが、ノアは今抱える問題について口を開いた。


「その見た目では目立つ。結社の人に怪しまれる」


 空間の指輪は結社が開発したものだ。そのため、今の金色に輝く派手な姿を見られたらすぐに疑念を抱かれるだろう。ノアには指輪の変化を説明する術がない。適当に『進化した』とでも答えるわけにはいかなかった。


 しかし、この事態を見越していたのか、指輪は得意げに反論する。


『問題ないわよ! ちゃんと幻術をかけておいたから。他の人にはただの銀の指輪に見えるはず』


 ――あなたには効かなかったみたいだけど。

 

 後半の部分をあえて口にしなかった指輪の中の存在は、ノアの考え込む姿をじっと興味深そうに見つめていた。


 金色だったノアの瞳は、今では落ち着いた青に戻っている。しかし、彼女はあの時の光景を鮮明に覚えている。秘境が崩壊しかけたあの瞬間、ノアが発した力こそが、消えかけていた彼女の意識を呼び戻したのだ。


 そして、ノアとの接触によって、自分の力が徐々に回復しつつある。それが何を意味するのか……。


『ほら、これで問題ないでしょ! それに、嫌だって言っても、もう離れないんだからね!』


 妙に自信満々な口調に、ノアは一度深く息を吐いた。そして、ナイフをしまって静かにオルビス商会の扉を押し開けた。


 


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