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求道者  作者: 脱走中の患者
アカデミア編
38/41

再構築

 光が収まった瞬間、ノアが真っ先に感じたのは浮遊感――そして疑問を抱く暇もなく、体が急激に落下を始めた。


「……落ちてる!」


 視界に広がるのはアカデミアの全景、ノアは上空から投げ出されていた。風が猛烈に顔を叩き、全身が重力に引き寄せられていく。


「なんで上空なんだ!」


 珍しく焦りを滲ませるノアの声に、盾が脳内で叫び返す。


『仕方ないでしょ!  空間が崩壊寸前だったから座標のコントロールができなかったのよ!』


 声には焦りと逆ギレが混じり、余計にノアを苛立たせる。


『ひゃあああああ! 落ちる!  落ちちゃうううう!!』


「うるさい、黙ってろポンコツ盾!」


 ノアは風を切り裂きながら即座に状況を把握する。アカデミアの上空、一番近い建物は――時計塔、あの先端を利用するしかない。


 ワイヤーを取り出し、鋭い視線で時計塔の頂上を捉える。強風の中、盾はなおも絶叫している。


 ノアはワイヤーを投げ、時計塔の先端に正確に引っ掛けた。腕に伝わる激しい衝撃にも耐えながら、体勢を整え、衝撃を吸収するために盾を構える。


『無理!  割れる!  絶対割れる!』


「なんとかしろ!」


 時計塔に衝突する直前、ノアの前には一瞬だけ半透明のバリアが現れた。しかし、それも壁との激突であっけなく砕け散る。


 ガラスが割れるような音。そして、衝撃。


 バリアが多少の衝撃を吸収したものの、それでもノアの全身には鈍い痛みが駆け巡った。


『痛い! 絶対にヒビが入った!』


 脳内に響く盾の悲鳴を無視し、ノアは衝撃を殺しながら、時計塔の傾斜を転がり落ちる。そして、最後は植え込みの茂みに落下した。


「……かはっ!」


 肺から空気が一気に押し出され、ノアは軽く血を吐いた。


 無様な着地で、戦闘よりも多大なダメージを受けたが、なんとか生き延びた。


『い、生きてるって素晴らしい……!』


「……うるさい」


 ノアは痛む体を起こそうとしたが、肋骨に響く鈍い痛みが顔を歪めた。経験から察するに、肋骨が何本か折れている。


「……移動しないと」


 アカデミア全体で起きた大きな揺れの影響で、混乱が広がっている。上空から見た限り、混乱を収めるため警備が大勢出動していた。だが、ノアの不時着による音や振動も決して小さくはない。この場に駆けつけようとする人々の足音が、彼の耳に届いていた。


 口元の血をぬぐい、ノアは盾を背負い直して、傷だらけの体を引きずってこの場から脱出した。


 ……。


 ノアたちが脱出した後、秘境の崩壊はさらに激しさを増していた。


 神殿ごと飲み込まれるように崩れゆく世界。瓦礫と炎、裂け目が空間そのものを引き裂く音が轟き、世界の終末が近づいていた――その瞬間。


 突如、すべての動きが静止する。


 まるで時間そのものが止まったかのように、世界が静まり返る。崩れ落ちようとしていた瓦礫は宙に浮き、燃え盛る炎さえ動きを止めた。


 そして――。


 秘境の上空に裂け目が現れると、その隙間から一人の老人が降り立った。銀色の髪を背中に流し、身の丈ほどもある杖を持つ老人、クセノフォンだ。その冷静な目が、崩壊寸前の秘境をじっと見つめ、わずかに眉をひそめた。


「……とんでもないことをしてくれたな」


 短くため息をつき、彼は手に持っていた杖を軽々と放り投げた。杖は宙を舞い、崩壊寸前の神殿――秘境の中心に浮かび上がる。


「先輩方、死んでる暇はありませんよ。起きて手伝ってください」


 彼がそう声を上げると、彼の周囲に淡い光が集まり始めた。それは徐々に形を成し、一人の少年の姿へと変わっていく。


 その少年は古代アタリカの賢人たちと同じ衣装をまとい、体に淡い光を帯びていた。ただ、歴史の影として出現した幻影とは違い、その目には知識の光が宿り、生きた存在としての気配があった。


 少年の姿となった存在はクセノフォンをじっと見つめると、間髪入れずに口を開いた。


「全くひどいじゃないか、クセノ君。僕たちは必死でこの場を抑え込んでたんだよ?」


 その声は少年のものとは思えないほど多重的で、何人もの声が重なり合うように響いた。しかしクセノフォンはその文句を軽く聞き流し、黙々と準備を始める。袖口から四つの結晶を取り出し、それを宙に浮かべた。


「君がもう少し遅れていたら、僕たちは消えていたところだよ……で、僕たちは何をすればいい?」


 少年の声に混じる不満。それでもその言葉の裏には使命感が見え隠れしている。クセノフォンはわずかに口角を上げながら、短く指示を出した。


「秘境を再構築します。反動を抑えてください」


 その言葉を聞いた少年は目を見開いた。その目には驚きと、知識への純粋な興味が輝いている。


「……まさか、もう完成しているのか?」


 少年の声は年老いた賢人のそれに変わり、好奇心と期待が滲み出ていた。


 クセノフォンは答えず、ただ静かに結晶を操作し始めた。その手の動きは、崩壊寸前の世界に新たな秩序を刻み込むための儀式そのものだった。彼の目には迷いも焦りもなく、ただ目的に向かう確固たる意志が宿っている。


「世界は四元素で構築されている」


 クセノフォンの低い声が秘境全体に響き渡る。


 空に浮かぶ杖がゆっくりとひび割れ、その真の姿を露わにした。それは古びた槍。神秘的な光を放ち、見る者に神々しさと威圧感を与える未知の金属でできた槍だった。


 槍を中心に、秘境全体を包み込むように巨大な魔法陣が描かれていく。光の線が空間を裂くように浮かび上がり、秘境の崩壊を一瞬だけ静止させる。


「流動する風は時を構成し、世界に動きをもたらす」


 彼の詠唱に応じるように、風の属性を宿した結晶が砕けた。その瞬間、崩壊しつつあった秘境の時間が巻き戻るように遡り始める。倒壊していた柱が再び立ち上がり、燃え尽きた空間に動きが戻っていく。


「安定する土は空間を構築し、世界に基盤を与える」


 次に、土の属性を宿す結晶が砕けた。灰と瓦礫に覆われていた世界に色彩が戻り、裂けた大地がつながり始める。大地は再びその姿を取り戻し、秘境全体が新たな形へと変貌を遂げていく。


「潤う水は生命を育み、世界に息吹を与える」


 水の結晶が砕けると、燃え尽きていたオリーブの森が再び芽吹き始めた。その緑が広がる様子は、まるで秘境が息を吹き返していくようだった。そして倒れていた研究員たちの体が徐々に修復され、失われていた肌や骨が再生していく。


「燃え盛る火は魂の燃焼。意志を持つ者に鼓動を与える」


 火の結晶が砕けると、再生した研究員たちの目に光が戻った。彼らは困惑した表情を浮かべながらも、自らの輝く体を見つめていた。その目には、命を取り戻した者たちの驚きと恐れが宿っていた。


「火、風、水、土……四つの要素が調和を成すとき、世界は再び形を成す、『四象結合――」


 クセノフォンの声が秘境全体に響き渡り、術式を完成させようとした瞬間、安定しつつあった秘境全体が突如激しく震え始める。


 術式の補助をしていた少年が顔をしかめ、焦りを滲ませる。


「クセノフォン、まずい! 秘境から凄まじい抵抗を感じる」


 安定しつつあった術式が、暴走を始めていた。


 まるで、何者かが術式の完成を妨げようとしているかのように。


「……素材の質? いや、理論が不足している?」


 クセノフォンは動じることなく、髭を撫でながら静かに呟く。その態度に少年は苛立ち、思わず声を荒げようとする。


「クセノフォン、そんな悠長なことを――!」


 しかしその言葉が終わるより早く、クセノフォンが軽く手を振った。


「――だが、秘境の再構築には十分だ」


 クセノフォンの声と共に、震えはまるで予兆もなく収まり、秘境は静寂を取り戻した。まばゆい光が消え去り、日の光が差し込む。青空が広がり、雲ひとつない晴天が現れる。


 呆然とする少年の肩に、クセノフォンが手を置く。そして微笑みながら問いかけた。


「……で、先輩方、秘境で一体何があったんだ?」


 その柔らかな笑顔とは裏腹に、どこか圧力を感じさせるクセノフォンの声に、少年は慌てて術式を展開した。空間に映像が浮かび上がり、崩壊する秘境の中で戦うノアの姿が映し出される。


「……ヘレナの教え子か。今度、抗議の手紙でも出すとしよう」


 クセノフォンは映像を見ながら目を細め、独り言のように呟く。その言葉に、少年が何かを思い出したかのようにハッとした。


「そうだ、クセノ君! 気になることがあるんだ」


 クセノフォンが続きを促すように視線を送ると、少年は焦りながら続ける。


「秘境が崩壊する直前……僕たちと似た存在の気配を感じたんだ」


 その言葉に、クセノフォンの表情が険しくなる。


「……詳しく」


これで一章は大体終わりですね、ここから締めの話に入っていきます。

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