答え
「……なるほど、新しい観点だ」
場所は準備室、ヴィクターは顎に手を当てて考え込む。机の上には数冊の本と資料が散らばり、彼の指先が迷うようにページを辿っている。
「……いや、待てよ」
ヴィクターが突然何かに気づいたように顔を上げ、本のページを急いで開き始めた。その様子に、ノアが首を傾げる。
「何か見つかった?」
「ああ、ノア。ひとつ聞くが――時計塔がいつできたのか、知っているか?」
ヴィクターは本に視線を落としたまま問いかける。ノアは少し考え込んだ後、これまで調べた内容を思い出すように答えた。
「アカデミアが設立されてから二百年後に、建築の見直しが行われたと聞いた。その際、最初の校舎が取り壊され、時計塔が建てられた……」
「そう、それだ」
ヴィクターがページをめくる手を止め、顔を上げた。その目には、確信の色が宿っている。
「ノア、アカデミアの最初の校舎がどんな意味を持っていたか、考えたことはあるか?」
「……ただの校舎じゃないの?」
ノアの返答に、ヴィクターは軽く鼻を鳴らして笑った。
「いや、そう簡単にはいかない。最初の校舎は、アカデミアにとって象徴的な存在だった。賢人たちの弟子たちが自らの手で建てたものであり、彼らが理想とする『学びの場』そのものだったのだ」
言葉を一瞬切り、ヴィクターはノアの目をじっと見据えた。
「そんな校舎が、果たして簡単に取り壊されると思うか?」
「……でも、当時のアカデミアは拡張を繰り返して迷宮みたいになってた。それを解消するためには、取り壊すしかなかったんじゃないか?」
ノアの疑問は的を射ていた。実際、アカデミアの急激な拡張は混乱を招き、合理的な判断で最初の校舎を取り壊すことが決定されたのだ。
「確かに、合理性で考えれば間違いはない。だがな、ノア――人の心というのはそう単純に割り切れるものではない」
ヴィクターはゆっくりと言葉を続ける。
「アカデミアの二百年を支えた最初の校舎は、賢人たちの誇りだった。そこには彼らの理想が刻まれていたんだ」
そう言うと、ヴィクターはページを止め、一部の文章に指を当てた。
「ここを見てくれ」
ノアが近づいて目を凝らすと、古びた文字で書かれた記録が目に入った。それは写しの本で、原本の古めかしさこそないものの、明らかに当時の強い感情が滲み出ていた。
『……術の構想はできた。もし成功すれば、魔法史に新たなページを刻むことになる。ただし、どれほどのエーテルが必要かは未だ分からない』
『……初めての実験でタルコフがエーテル枯渇症を発症した。後遺症で魔法が使えなくなるかもしれない。しかし、研究を止めることはできない。我々だけでは目標値に届かないため、秘数学派の協力を得ることにした』
『……秘数学派の案は画期的だった。理論上、エーテルの問題は解決され、我々の考えは成功するだろう』
『……後遺症を残した者は四人、しかし我々は成し遂げた。対価は大きかったが、我々の理想は永遠に残った』
「これは?」
「賢人たちが残した記録だ。まあ、言ってしまえば研究に疲れた彼らの愚痴だな」
ヴィクターは軽く冗談めかして笑ったが、その表情はすぐに真剣さを帯びた。
「もしアカデミアが本気で何かを隠そうとしたのなら、直接研究所を突き止めるのはほぼ不可能だ。だから私は視点を変えた。愚痴や記録……一見無関係に見えるこれらの中に、手がかりを求めたんだ」
ノアはヴィクターの指が示す記録を読みながら、彼の意図を理解し始めた。
「この記録を書いたのは、イデア学の賢人だ。彼らは最初の校舎を『理想の姿』と考え、取り壊しに強く反対していた。特にこの人物は、当時のアカデミアの経営陣への不満を延々と書き連ねている」
ヴィクターは苦笑しながら本を閉じた。
「だが、愚痴の記録がある時期を境に突然途絶え、アカデミアの改築が行われた」
ヴィクターがノアを真っ直ぐ見つめた。
「私は大胆な仮想を立てた、当時のイデア学派はアカデミア全体を巻き込むほど巨大な術を発明して、最初の校舎を残したのではないかと」
モヤがかかっていた答えの全容が見え始める。
「アカデミア全体が巨大な黄金律に従って設計されて、その中心に時計塔がある。ならば、その時計塔に最初の校舎、もとい研究所が隠されている可能性が高い」
どこかで鍵が空いた音を聞いたような気がした。
「……今のは」
「君も聞こえたのか」
目を見開くノアを見て、ヴィクターが大きく息を吸った。
「もう間違いはないだろう、我々が時計塔にアカデミアの最初の校舎があると認識したことで、なんらかの条件を達成した。今、時計塔に行けば、新しい発見があるはずだ」
設定が分かりづらいと思うので、後日わかりやすく書き直す予定です。




