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求道者  作者: 脱走中の患者
アカデミア編
26/41

迎春祭・四

 レオは意気揚々とノアたちを連れて祭りの屋台を回り始めた。


「男の勝負だ!」と意気込んで射的の屋台に挑んだレオ。しかし、ノアが次々と的を撃ち抜く様子に観客たちが驚きの声を上げる中、あっさりと敗北。負けたショックで落ち込むかと思いきや、横目でノアの弓のスキルに感心しているのは、さすがレオらしい。


 子供が集まる卵レースでは、レオがリリアをからかい「今年は参加しないのか?」と言ってみたものの、「もう子どもじゃない!」とリリアに怒られ、耳元に卵を振りかざされる始末。観客たちはそんな兄妹のやりとりにクスクス笑い、エミールは「仲が良いねぇ」とほのぼの顔で呟いていた。


 ノアはというと――

 

 屋台の食事をひたすら堪能中だった。両手に焼き魚に串焼き、蜜をかけたお菓子まで、食べるたびに目を輝かせるノア。その姿を見たレオが、後ろで「計画通り!」と小声でニヤリとしたのは言うまでもない。


 そんな中、アカデミアの知り合いと出くわす場面もあった。


 レオが広場の隅で見覚えのある青年を見つけ、すかさず威嚇するような視線を向ける。が、当のエリオスはにこやかに手を振り返してくるだけで、レオの威嚇は空振りに終わる。


 さらに、ノアが非番のイレーネを見つけた時には、瞬時に身体を構えて警戒する。しかし、イレーネに軽く笑われ、「そんなに緊張しなくても、今日は休みよ」と肩を叩かれてようやく脱力するノア。その一連のやり取りに、エミールとカイが顔を見合わせて微笑む。


 それでも一同は、祭りを満喫しながら次々と屋台を巡った。ノアが料理に感動するたび、リリアが店主と談笑するたび、カイが珍しい品をじっと見つめるたび、レオは自分の計画通りに祭りを進行していることに満足し、誇らしげな顔を浮かべていた。

 

 昼頃になると、広場中央に置かれた巨大な鍋に火が入れられた。街の人々が持ち寄った春の食材が次々と鍋に放り込まれ、具材がぐつぐつと煮込まれる。香りが広がるたび、集まった人々が「いい匂いだな!」と盛り上がりを見せていると、広場の端から突然どよめきが起こった。


「何事だ?」


 人垣をかき分け進んできたのは、巨大な魚を担いだ数人の青年たち。その中心には、そばかす顔の青年――トーマスがいた。


 魚は子ども一人分ほどの大きさで、光沢のある鱗が日差しを反射している。


「おぉっ! でけぇ!」

 

 観衆の中から歓声が上がる。


 トーマスは観衆を引き連れるように広場中央へ進むと、鍋に向かう途中でレオを見つけ、得意げに胸を張った。


 いかにこの魚を釣るのが大変だったのか、この重さはヌシに違いないとか、最後は殴り合いをしてこの魚を制したとか。

 

 どこまでが本当なのはわからないが、周囲の目線を集めて気をよくするトーマスに、レオは対抗心を燃やしていた。

 

 鍋の横にいた職人がその魚を素早く捌き、鍋に放り込むと、一気に香ばしい匂いが広場中に広がった。観客たちが「おおっ!」と歓声を上げる。


 鍋が完成すると香りにつられた人々が次々と列を作り、分けられた料理を手に取る。その一口ごとに笑顔が咲き、迎春祭はさらに活気づいていく。

 

「やっぱり迎春祭はこれじゃないと」

「おいしいね!」

 

 エミールがほっこり笑顔で答える。


 その横でノアが何杯目か分からない鍋料理を静かに平らげていた。その満足そうな顔を見て、レオはまたも「計画通り!」と心の中でガッツポーズを決めていた。

 

「おうおう、食べてるか? レオ!」


 鍋の熱気を割るような声が響き、ひょいっと現れたのはそばかす顔の青年、トーマスだった。肩に担いでいた大きな網袋をどさっと地面に置くと、彼は誇らしげに胸を張った。


「トーマス!」

 

 レオは嬉しそうにトーマスの肩をがっしり掴むと、勢いよく頭をわしわし掻き回した。

 

「やるじゃねぇか! こんなデカい魚を捕まえて!」

「やめろって! 髪が崩れるだろ!」

 

 嫌そうに抗議するトーマスだが、口元には満足げな笑みが浮かんでいる。


「そりゃ苦労したさ! こいつを釣り上げるのに五人がかりだったんだぜ! 俺が海に入ってコイツと殴り合いしなかったら全員海に落ちていたぜ!」

 

 トーマスが興奮気味に語ると、ノアたちが不思議そうに目を瞬かせる。


「……殴り合い?」

 

 エミールが小声で確認すると、リリアがため息混じりに呟く。


「半分以上は嘘だよ、それがトーマスだから」

「うるせぇな! 全部本当だっつーの!」

 

 トーマスがリリアを指差して怒るが、リリアは気にする様子もなく肩をすくめる。


 彼の腕が魚を引き上げた瞬間を語り始めるその途中で、トーマスの視線がノアやエミールたちに移った。


「ん? そっちは誰だ? 新しい友達か?」

「そうだな、紹介するぜ!」

 

 レオは片手をトーマスの肩に回したまま、ノアたちを指差す。


「こいつはトーマス。俺の隣に住んでて、俺たちはアタリカの街でも名の知れたコンビだぜ!」

「……毎回やらかしてパナおばあさんに棍棒で説教されることで有名なだけでしょ?」

「細かいことは気にするなって!」

 

 間髪入れずにリリアが冷静なツッコミを入れると、レオは笑い飛ばし、トーマスも「だよな!」と同調して大きく笑う。二人とも、リリアの鋭い指摘を完全に聞き流していた。


「迎春祭を思いっきり楽しもうぜ! 今年は俺たちの年だ!」

 

 トーマスが拳を突き上げて意気込むと、レオも負けじと声を張り上げる。


「そうだとも! 俺たちが主役だ!」


 その横で、カイが静かにスプーンを置いて言った。


「で、これが終わったら次は何するんだ?」

「そうだな、残った屋台を回って……それから春の行進を見るだけだな」

「春の行進?」

「ああ、若い少女たちが春らしい衣装を着て、街の入り口から大通りを歩くんだ。そして最後に舞台で踊って花束を投げる。それを受け取ると春の祝福を受けるってわけだ……これが祭りのクライマックスだ」

「その時、告白もされるんだぜ! 運が良ければ、お前にも彼女ができるかもしれないな?」


 レオが説明を始めると、トーマスがレオを肘で軽く突いて、ニヤニヤしながら補足した。


「おいおい、彼女が欲しいのはお前も一緒だろ? 何でそんな余裕ぶっこいてんだ? まさか……お前……!」

 

 レオが不審そうにトーマスを見つめる。


「フッ、俺の勇姿に惚れたのか、さっき告白されちまったんだよ!」

「……なんだと!?」

 

 トーマスは胸を張りながら、わざとらしく爽やかに言うと、レオの表情が一瞬で険しくなり、肩に回していた腕をそのまま首に絡めて締め上げる。


「抜け駆けしやがって……許さねぇ!」

「ギャーッ! 冗談だ! いや、ちょっとは本当だけど、マジで苦しい! やめろ!」


 二人はそのまま取っ組み合いに発展。リリアは呆れ顔でスープを飲みながらぼそりと言う。


「バカたちが揃うと祭りが賑やかになるよね……」

「でも楽しそうだよね……どうしたの、ノア君?」

 

 エミールは苦笑いしつつフォローを入れると、その場の喧騒をよそにノアが突如顔を上げた。


「知り合いの声が聞こえた。ちょっと行ってくる」

 

 短く答えると、立ち上がり、静かにその場を後にする。


「あ、おい! 春の行進には戻って来いよ!」

 

 レオが声をかけた時には、ノアの姿はもう見えなかった。


「相変わらず、あいつの行動は読めねぇな」

 

 レオが頭を掻きながら苦笑した。

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