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求道者  作者: 脱走中の患者
アカデミア編
23/41

迎春祭・一


 陽が昇り始めたばかりの静かな朝、寮の一室には低く響くイビキの音が突然ぴたりと止み、レオが目を覚ました。

 

「よっしゃ、迎春祭だ!」

 

 ベッドから勢いよく飛び起き、スタイリッシュな着地を決めるレオ。まだ熟睡している三人の顔を見て、何かを思いついてニヤリと笑い、大きく息を吸い込む。

 

「お前ら早く起きろ! もう日が登ったぜ!」

「うるせぇ!」

「え、何! 痛っ!?」

 

 その声量は朝の静けさを切り裂き、部屋全体に響き渡る。木に止まっていた鳥が一斉に逃げ、ベッドの上で跳ね起きたエミールは勢い余って頭を上段のベッドにぶつける。

 

「うるさい」

「アガ!?」


 上段のベッドから殺意がこもった硬貨が正確無比な軌道を描き、レオの額に直撃する。

 

 ノアは眠そうに目をこすりながら上体を起こす、彼の瞳孔がやや開いていた。

 

「どうしてこんな朝っぱらから大騒ぎするんだ……お前、普段はギリギリまで寝るだろう?」

 

 カイが不機嫌そうに問いかけると、レオは額をさすりながらニヤリと笑う。


「知らないのか? 祭りってのは朝から全力で楽しむもんだぜ。それに、今日はお前らに完璧なエスコートをするって決めたんだ。さっさと起きろ、回りきれなくなるぞ!」

「はぁ……それならもっとまともな起こし方を考えろ、頭が割れるかと思った」

 

 子どものような無邪気な笑顔に、カイは呆れたようにため息をつく。一方、エミールはまだ頭を押さえて「痛いよぉ」と小声で嘆いている。


 みんながようやく起き出すと、それぞれが身支度を始めた。そんな中、レオは鼻歌を歌いながら、普段は着ないような洒落た服をタンスから引っ張り出してきた。さらに髪のセットにまで手をかけ、ワックスを使って入念に仕上げる。

 

「……随分と気合いが入ってるな」

 

 カイが歯を磨きながら呆れ顔で言うと、レオは得意気に答える。


「店を手伝わずに客として遊べる迎春祭なんて初めてだぜ! もう楽しみすぎて昨日はよく眠れなかったんだ」

「ガキかお前は」

「それにだ!」

 

 カイのツッコミを無視して、レオがニヤリと笑いながら振り返る。白い歯がきらりと光り、妙に腹立たしい。


「迎春祭といえば、カップル誕生率ナンバーワンの祭りだろ!  ここで一丁前に決めれば、オレにも彼女ができるかもしれないだろ?」

「実にお前らしい理由だな……」

 

 カイが呆れたように返す。

 

「はー、でも眠いよ、祭りが始まる時間はまだ後でしょう?」


 エミールが欠伸をしながら服を着替える。

 

「そこにはオレなりの考えがある、絶対楽しませてやるから任せとけ……ってノア! 今日もその服か? 祭りだからおめかししようぜ」

「めんどくさい、こっちの方が着慣れてる」


 ノアは普段着で手早く支度を済ませようとしていた。


 ノアの服はオルビス商会が用意していたが、アカデミアでは制服しか着ないし、ノアは動きやすい服を好む。その結果、多くの服がタンスの奥で眠っていた。

 

「しゃーない、俺がやってやるから任せとけ!」

「いらない」

「いいか、ノア。服装とは男の武装だ。ただの見栄えの問題じゃない。服装ひとつで、相手に与える印象も、自分の立ち居振る舞いも変わるんだ。お前は森の中で獲物を狩る時に準備を怠るか? それと同じだ、祭りはすでに始まってる。装備を整えなきゃ、勝負以前に立つ舞台にも上がれないんだよ!」

「そうゆうものなのか?」

「あぁ、そうだとも!」


 レオが力強く言い切ると、ノアも納得したのか大人しく従った。


 数分後――

 

 鏡の前に立つノアの姿は、普段の彼とはまるで別人のようだった。ダークブルーのシャツに細身のパンツがすらりとした体を引き立て、上品なグレーのロングコートが全体を落ち着いた雰囲気にまとめている。随所にあしらわれた銀の装飾が控えめながらも印象的なアクセントとなり、彼の深青の瞳をいっそう鮮やかに映し出していた。

 

「どうだ、我ながらいい出来だと思う。やっぱ素材がいいとシンプルの方がいいな」

「見慣れない」

「まぁ、最初は慣れないが、すぐには受け入れるぜ!」

「……」


 レオは満面の笑みで言い切ると、ノアはこのやり取りに既視感を覚えた。

 

 カイとエミールはノアの姿を目にして感心したように頷く。


「レオ君って、こういうのも得意なんだね。なんだか町の美容師さんみたいだよ」

「おいおい、オレを誰だと思ってる? 母ちゃん仕込みで服も髪も、なんならメイクも全部バッチリなんだぜ!」

 

 レオは得意げに胸を張ると、急に二人を指差して言い放つ。

 

「よし、お前らもやるぞ! 祭りだ、全員気合い入れろ!」

「え、ぼくまで?」

「待て、僕は自分でできる……って、力強っ!?」


 レオはニヤリと笑いながら、エミールとカイの肩をがっしり掴み、そのまま引きずっていく。二人の抗議も虚しく、彼の手から逃れることは叶わない。


 数分後、アカデミアの寮から聞こえてきたのは、朝の静けさを切り裂くような二人の悲鳴だった。


 ……。

 

「いてて、髪が数本抜けた気がする……」

「そんな目で見るなって。二人が暴れたせいだろ?」


 支度を終えた四人が祭り会場へと向かって歩き始める。背後からは少しばかり恨みがましい視線が突き刺さり、レオは肩をすくめ、半笑いで言い訳を続けた。


「でもまぁ、出来は悪くないだろ?」

「……確かに。普段のぼくとは思えないくらい整ってる」


 エミールは苦笑を浮かべながらも、鏡に映った自分の姿を思い出し、レオの手腕を認めざるを得なかった。丁寧に整えられた髪型と、柔らかな色合いの衣装が彼の穏やかな雰囲気を引き立てている。


「だろ? エミールは猫背を治せばもっといいぞ」

「はは、努力してみるよ」

「……なぁ、お前はわざとか? 僕の目を見ろ」


 納得していない様子で腕を組んで睨むカイ。レオは視線を逸らす。

 

「悪いって、出来心だ。妹にするみたいについ、やっちまったんだよ……」


 カイはため息をつきながらも、眉間にしわを寄せ、厳しい視線をレオに送る。彼の整った顔立ちに、レオがほんの少しだけ施した化粧が加わり、カイの雰囲気はますます柔らかく、どこか女性的になっていた。


 現に通りすがりの生徒たちが、驚いたように彼らを振り返る。


「え、男子寮に女子がいるのか?」

「待て、あれってカイじゃないか?」


 周囲の反応にカイはさらに眉をひそめる。余計に不機嫌さを醸し出しているが、どう見てもただの『きれいな女の子』にしか見えない。


「……レオ」

「なんだ?」

「後で覚えとけ。マジで」


 カイの低い声と鋭い視線に、レオは申し訳なさそうに頭を下げながらも、心の中ではしてやったりと満足していた。


 さすがオレ、完璧だぜ。


 

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