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仕事を終えると、わたしは執務室においてある2つ目の椅子、ハカセの使っていた椅子に腰を下ろす。
そして、耳の後ろに手をやり、ハカセの最後の言葉に背いてスイッチを切る。
激しい痛みが襲ってくる。頭が割れそうになりながら、歯を噛みしめて痛みに耐える。
そして再び三期生の出発の動画を再生し、今日犯した罪を反芻する。
涙を流す恋人たち、悲嘆にくれたまま呆然と旅立つ若者たちの姿を見て、わたしの頬を涙が伝う。
彼らに恋をさせ、それを奪ったのはわたしだ。
ハカセが死んでから気づいたのは、人工知能に支配されている時とそうではない時のわたしには差があることだった。
もちろん、分析力や解析度は人工知能に支配されている時の処理能力が格段に高い。
しかし、片隅で常に何かを想い続けているわたしには種類の違うクリアさが宿るのだ。
アイデアはむしろ人工知能スイッチをオフにしている時のほうが勝っていた。
はじきだした数値に違う要素を加味して再計算をする発想自体は、オフのほうがより冴えていたのだ。
わたしの中にハカセがいて、そのハカセがわたしに語りかけてくる。
わたしはわたしの中にいる彼を感じ、語り合い、彼の意見を聞き、彼ならこうするだろうという選択肢を踏まえ、思考を客観視することで、より作業をブラッシュアップさせることができた。
そして、この彼の椅子で、犯した罪に慄き、苦しみ、ハカセが自分亡き後は、二度とスイッチをオフにするなと言った言葉を噛みしめる。
あの言葉はわたしへの愛だったと思う。