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~プロローグ~

 

 ~プロローグ~



「明日から夏休みが始まる。高校二年の夏休みの過ごし方で今後の将来が決まると言っても過言では無いからな」


 高校二年の一学期最終日。

 ホームルームでの担任の先生の言葉を聞きながら、俺は隣の席の女の子に視線を送った。


 七瀬美琴(ななせみこと)

 クラスで一番綺麗と言われている女の子だ。

 手入れの行き届いた黒く艶やかな髪の毛を腰まで伸ばし、制服の上からでもわかる女性らしい膨らみもしっかりとある。

 顔立ちは凛とした美人顔。

 目や鼻もスっとしていて、可愛いと言うよりは綺麗と言った言葉が良く似合う。


 たまたま新学期の始まりの日のくじ引きで隣の席になった。

 そして、学級委員という立場に立候補した彼女に対して、下心にまみれた男たち(俺も含む)のもう一人の学級委員選抜戦(じゃんけん)に勝利し、彼女と共に学級委員の職につけた。


 俺の運はここで全て使い果たしたと言っても過言では無いな。


 そんな、埒外の僥倖に恵まれながらも俺が彼女と交した言葉は、朝の「おはようございます」と帰りの「さようなら」。

 そして学級委員の仕事での「ありがとうございます」と「了解しました」「どういたしまして」だけだった……


 真面目に仕事に取り組む彼女に対して、下心があったとは言え仕事に手を抜くことは出来ないし、下手にへらへらしながら話しかけるのも失礼だと思った。

 その結果。事務的な会話しか出来なかったのは悔やまれるよなぁ。


「南くん。先生に呼ばれてるわよ?」

「……え!?」


 隣の席からの七瀬さんの声に反応して、俺が教壇に立つ先生に視線を向ける。

 そこには眉を顰める先生の姿があった。


「南。私の話を聞いてたか?」

「……えと。高校二年の夏休みの過ごし方で将来が決まる。と言われましたね?」


 俺が『聞いていた部分までの話』をすると、先生は少しだけため息混じりに言葉を返した。


「そうだよ。そしてその後はあまり羽目を外さないようにしろ。と言ったんだ」

「あ、はい。すみません。了解しました」

「それじゃあ南。学級委員として最後の号令をかけなさい」


 あ、そうか。号令をかけろって言われてたのを聞き逃したのか。


 俺は少しだけ苦笑いを浮かべながらクラスに号令をかけた。


「起立!!礼!!ありがとうございました!!」


 俺の声に合わせてクラスメイトが礼をしたのを見届けて、先生は教室を後にした。


「はぁ……ようやく終わったか」


 一学期を無事?に終えて、俺は小さく息を吐いて椅子に腰を下ろした。


「お疲れ様、南くん。一学期は学級委員としてお世話になったわね」

「あはは。俺は特に何もしてないよ。七瀬さんの方がたくさん仕事をしてて申し訳ないくらいだったよ」


 俺が本心からそう言葉を返すと、七瀬さんは軽くため息混じりで言ってきた。


「そんな事ないわ。貴方が相方で良かったと思ってるわ。少なくとも『下心にまみれた男ども』と一緒にならなくて良かったと思ってるもの」

「いや、俺だってその『下心にまみれた男ども』の一人だと思ってるよ?」


 俺がそう答えると、七瀬さんはケラケラと笑いながら言葉を返した。


「あはは。南くんは冗談が得意なのね!!こんなことならもっと早くから話しておくべきだったわ」


 四月からの三ヶ月間で初めて見る彼女の笑顔に、俺は軽く心を奪われてしまった。

 そうだな。こんなことならもっと早くから彼女と会話を重ねるべきだった。

 こうして七瀬さんと『まともに』会話をするのはこれが初めてだったからな。


「ねぇ、南くん。良かったら連絡先を交換しない?」

「え?……良いの??」


 男なら誰もが喉から手が出るほど欲しいであろう七瀬さんの連絡先。それを向こうから差し出してくるなんて。


「いいもなにも同じ学級委員じゃない。今の今まで交換してなかったことが不思議だったくらいよ」

「そうか。そう言われればそうだね。じゃあ夏休みの期間になにか連絡することがあったら使うことにするよ」


 俺はそう言ってポケットからスマホを取りだして、LINEを起動させる。


「ふふふ。特に何も無くても連絡してくれてもいいわよ?」

「あはは。魅力的なお誘いだね。でもまぁあまり乱用はしないようにするよ」


 蠱惑的な笑みを浮かべながら言う七瀬さんの誘いに、俺も軽く笑顔を浮かべながら言葉を返した。


 うん。今のは彼女なりの『社交辞令』だよな。

 真に受けて迂闊に連絡なんかしたら『下心にまみれた男ども』と同じように思われてしまうからな。

 十分に注意しないと。


 こうして俺は七瀬さんと連絡先を交換して、スマホをポケットにしまった。

 このスマホの価値が今の数分の間に『国宝』レベルまで上がってしまった。

 取り扱いには十分気をつけなければならないな。


「それじゃあまたね、南くん」


 七瀬さんはそう言うと、カバンを手に取って俺の横を通り抜ける。

 すると、ふわりと良い香りが漂ってきたのを感じた。

 うん。めちゃくちゃ変態的な思考回路だな。


「うん。さようなら七瀬さん」


 俺が軽く手を振りながらそう言葉を返すと、七瀬さんも軽く笑顔を浮かべながら手を振って教室を後にした。


「……いや、この展開は予想出来ないだろ」


 いつの間にか誰も居なくなった教室で、俺はそう呟いて椅子に腰を下ろした。


 まともに話をしたのが初めてとも言える七瀬さん。

 その連絡先を手にするなんて、新学期早々の僥倖で終わりだと思ってたのに、まだ俺の運は残っていたのか。


「……運が良かったのはここまでだよな。ここから先は『自分の努力』で行かないと」


 部活には入っていないから、時間はたっぷりとある。

 ただ、だらしない身体にはなりたく無かったから筋トレは趣味として行っている。

 身嗜みには気を付けてはいるけど、決してオシャレという訳では無い。

 夏休みに遊びに誘ってくれるような友達なんか一人もいない。そんなレベルの陰キャでコミュ障を拗らせている。


 こんなレベルの俺があの『七瀬美琴』の隣に立つなんて、烏滸がましいにも程がある。


『高校二年の夏休みの過ごし方で今後の将来が決まると言っても過言では無いからな』


 先生はそう言っていた。

 そうだな。この夏休みは『自分磨き』に使うことにしよう。


「新学期。七瀬さんの隣に立つに相応しいとは言えないまでも『許されるレベル』にはなれるように努力しよう」


 そう心に決めた俺は、いつもより少しだけ重たいカバンを手にして、誰も居なくなった教室を後にした。

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