おじいさんの夢
「たっくん、おやすみなさい」
「おやすみーお母さんー」
たっくんはベットに入りました。
お部屋の明かりは月明かり。
ぼやっとしていてよく見えない。
今日も元気いっぱいに遊んだたっくんはへとへと。
目を閉じてすぐに寝てしまいました。
たっくんが目を覚ますと部屋の明かりがついていました。ベットから周りを見渡すと部屋の真ん中に白い髪と長い髭の紺の着物を着たおじいさんがいました。おじいさんは、腰が曲がっていて、杖をついています。
「おじいさん、だあれ?」
たっくんがそう尋ねるとおじいさんは
「わしはこの家の付喪神の旗頭じゃ」
「はたがしら?つくもかみ?」
「付喪神は、物に妖精がやどった妖怪のことじゃ。そして、わしはそのリーダーと思ってくれればいいぞよ。はて、君はなんという名前なんじゃ?」
「たくと。おかあさんは『たっくん』ってよんでる」
「たっくんか。そうかそうか」
おじいさんは大きく頷いてから、ベットのそばにきました。
「たっくん。君はわしが呼んだんだよ。わしと一緒に付喪神を見てみないかい?」
「うん!いいよ!」
たっくんは跳ねるようにベットから降りておじいさんと一緒に出ました。
たっくんの部屋は二階にあります。
おじいさんは「下に行こう」と言いました。
「お母さんにおこられちゃう」
「大丈夫じゃ、今はお母さんもお父さんもいないぞい」
「どうして?」
「どうしてか...それは君だけを呼んだからじゃよ」
「どうしてぼくをよんだの?」
「付喪神というのはな、君のような小さい子にしか見えないのじゃよ」
「そうなんだ」
安心したたっくんはおじいさんとともに階段を降りていきました。一回に降りると、無数の物音がしました。ガチャラガチャラとまるでものが動いているようです。その音はリビングに近づくたびに大きくなっていきます。
「さぁ、入ろうか」
おじいさんが促すと、たっくんはリビングの扉を開けました。
中ではなんと、物が手や足、目を生やして、動いているではありませんか。テレビに、時計、おもちゃ、箸までもが自由に動いています。
「あれが、付喪神じゃよ」
おじいさんは、指を指して誇らしげにそう言いました。付喪神たちはたっくんを見て驚いたような表情を浮かべ、物陰に隠れる者もいました。
「大丈夫じゃ、たっくんじゃよ」
おじいさんは付喪神たちを落ち着かせました。付喪神たちの怯えた様子は消え、隠れていたところから出て、たっくんのそばに寄ってきました。その顔は笑っているようです。
「こんにちは!」
たっくんが元気よく挨拶をすると、付喪神たちは一斉にお辞儀をしました。たっくんの目はキラキラしていて付喪神たちに興味津々です。
「ほれ、たっくんと遊んであげるんじゃ」
たっくんは、時計の付喪神に手を引かれて、付喪神たちのもとへ。
「とけいさん、どうしてつくもかみなの?」
たっくんが、あれこれ聞いても付喪神が答えることはありません。彼らには口がなく会話ができないのです。ですが、その分態度で感情の表現をするのです。カタカタカタと時計の針が早く進んでいて、時計の付喪神は、とても嬉しそうでした。付喪神にとって興味を持ってもらえたことがとても嬉しいのです。なかなか答えが得られないたっくんはおじいさんに聞きました。
「どうして、とけいさんはつくもかみなの?」
「それは大切なことじゃな。付喪神は大切に使われて、思われることで生まれるんじゃ。だから、たっくんも、物を大切にしておくれよ」
「うん!わかった!」
疑問が解けたたっくんは楽しそうに付喪神たちと遊びだしました。おもちゃの付喪神に囲まれ、普段とは一味違った遊びを楽しんでいます。次第に他の付喪神もたっくんの周りに集まってどんちゃん騒ぎに。たっくんの顔は終始笑顔でした。
「んーねむい」
たっくんは目を擦って大きなあくびをしました。
「もう眠いかの?そろそろおふとんに戻ろうかの?」
おじいさんはそう言いますが、
「いやだ、もっとあそびたい!」
とたっくんは言いました。
「また呼んでやるから、もう寝ねるんじゃ」
「んー……わかった」
「よし、そしたら、付喪神たちにお別れするんじゃ」
「ばいばい、つくもかみさん。またくるね」
付喪神たちは少し寂しそうな表情ですが、手を振ってたっくんを見送りました。
たっくんのお部屋に戻る途中。廊下にあった物置から泣き声がしました。
「おじいさん、だれかがないてる」
「あぁ……」
おじいさんは何かを言おうとしますが、ためらっています。
「この声は付喪神の泣き声じゃよ。忘れられてしまったり、使われなくなってしまうと付喪神は消えてしまうんじゃ」
「そうなんだ……」
たっくんは悲しそうな顔を浮かべ、俯いています。少しすると、何か思いついたようで顔が一気に明るくなりました。
「じゃあ!ぼくがおぼえていてあげる!つかってあげる!」
「っ……そうか。ありがとうのぉ」
おじいさんはたっくんの頭を撫でます。その目はまるで孫を見ているようで、うるんでいました。
部屋に戻り、たっくんはベットに入りました。
「おやすみ、たっくん」
「おやすみ、おじいさん。またあえる?」
「それはわからないのぉ。でも、会えるかもしれん」
「そっかぁ」
おじいさんはたっくんの髪がくしゃくしゃになるほど撫でます。
「おじいちゃん?」
「なんでもない。なんでもないんじゃよ」
そういいながら撫で続けます。やがて、満足そうな顔を浮かべ、おじいさんの手が離れます。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
たっくんは目を閉じてすぐ寝てしまいます。おじいさんの目はたっくんの寝顔を見つめて、涙を流しました。着物の袖で涙を拭い、杖をコンコンと鳴らしながら、部屋から出ていきました。
「夢に化けて出て、よかったの」
ちゅんちゅん。雀の声が朝日の中に聞こえる。
「たっくーん。朝よー」
お母さんが部屋に入って、たっくんを起こす。
「あれ、おじいさんは?」
眠そうに目をこすりながら、あたりを見渡すたっくんにお母さんは
「おじいさん?そんな人はいないわよ」
「えー夢で見たもん!」
と否定しました。
お母さんに連れられて、一階におりて、廊下を歩くと、あの物置の前に来ました。
たっくんは立ち止まって、じっと物置を見つめます。
「どうしたの?」
「お母さんー。ここあけてー」
「ここを?なんで?」
「ぼくがつかうものがはいってるから!」
「ここのはたっくんのものはしまってないよ」
「いいから!あけて!」
「うーん。わかった。じゃあ、ご飯を食べて、お着換えしたら開けてあげる」
「ほんと?」
「うん。ほんとうだよ」
ご飯を食べ終え、着替えを済ませた、たっくんは再びお母さんと物置の前に。
「ほんとに開けるの?」
「あけるの!」
「わかったから。そんなに怒らないで」
お母さんが物置を開けるとごちゃごちゃと物が詰まっていた。
「うわーこんなことになってたんだ。あれ、これ」
お母さんが見つけたのは、ほこりをかぶった茶色い木箱でした。
「これって……」
「なぁにこれ?」
「これはね。お母さんのお父さん、たっくんのおじいちゃんのものが入ってるの」
「おじいちゃん?」
「会ったことがないもんね」
木箱を床に置いて中のものを取り出していくと、
「あ!」
たっくんが意気揚々と指をさした先にあったのは、紺色の着物。昨夜のおじいさんがきていたものと同じものでした。
「おじいさんのだ!」
「え!?」
「おじいさんがきていたのだよ!これ!」
「嘘……たっくん、詳しく聞かせて?」
「うん!えっとね、」
たっくんは昨日の夢のことをお母さんに話しました。話が進むにつれて、お母さんの頬を涙が伝います。
「だいじょうぶ?どこかいたいの?」
「ううん。そうじゃないの。大丈夫。ちょっとリビングに戻ろうね」
「うん」
リビングに戻り、お母さんはたっくんにソファに座って待ってるように言って二階に行きました。たっくんは、リビングに戻るときに一緒に持ってきた木箱の中身を物色していました。中から白黒の写真が出てきました。袴と白無垢を着た夫婦が写っています。
「だれだろう」
不思議に眺めているとお母さんがアルバムを持って戻ってきました。
アルバムをぴらぴらとめくって、あるページをたっくんに見せます。
「これがおじいちゃんで、抱っこされてるのが、たっくん」
その写真には、白いひげを生やした白髪のおじいさんが赤子を抱っこしている姿がありました。愛おしそうに赤子の顔を覗き込むおじいさんの顔は、昨日のおじいさんと全く同じでした。
「おじいちゃんは、物を大切にする人でね。壊れても直して使ったりするような人だったんだよ。たっくんが生まれてすぐにいなくなっちゃったから、たっくんは覚えてないよね。でも、たっくんが夢で見たおじいさんは、たっくんのおじいちゃんだよ」
「そうなんだ」
「でも、おじいちゃんがそんなことをね~。最近忙しかったから、家の整理が出来てなかったから、たっくんに掃除するように言いに来たのかな」
「ぼく、おそうじてつだう!」
「それじゃぁ、今からお掃除しよっか!」
「うん!」
掃除を進めるとお母さんのひな人形や、昔の雑誌、杖、服といった昔の物が出てきました。ひとつ、またひとつと新しく何かが見つかるたびに、お母さんはたっくんにその物にまつわるお話を聞かせてあげました。朝から始まった掃除は、夕方までかかりました。おかげで、物置の中は綺麗になりました。
「きれーだね!」
「そうだね。綺麗になった。おじいちゃんの物がいっぱい出てきたけど、たっくんはこういうのも使うの?」
「うん!」
そう言うたっくんですが、すでに腕の中に、いろいろなおもちゃや置物があります。
「うーん。そうだ。おじいちゃんの着物はたっくんの甚平にしようかな」
「じんべい?」
「夏に着る洋服のことだよ。今年はこれを来て夏祭りに行こっか」
「なつまつり!?やったー」
「まだまだ先の話だけどね。……たっくん。ありがとうね。おじいちゃんの話をしてくれて」
「いーよー」
そう言って、腕いっぱいに荷物を持って、駆け足で自分の部屋に上がって行ったたっくん。
その荷物はどこか幸せそうです。
最後までご覧いただきありがとうございます。初めての公式企画への参加に心を躍らせながら書かせていただきました。童話ということで、物の怪要素を入れつつ、記憶にない祖父の幽霊と夢の中で会うというストーリにしました。楽しんで頂けたら幸いです。他の作品も読んでいただけますと嬉しいです。
改めて、読んでいただきありがとうございます。