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3.悪魔の正体

温かな日差しの下、鮮やかな花弁の舞い上がる美しい庭先で、少女はミーアと共に芝生に寝そべっていた。

青空を横切る白い雲を眺めながら、ふわふわの毛皮を優しく撫でている。


ついに欠伸も三回目となり、睡魔がすぐそこまでやってきた。

心地良く瞼を落とそうとした少女の前に、悪魔の顔が現れた。


「わっ!」


大きな声を出し、脅かしてきた悪魔を、少女は無言で睨み返す。

困ったことに、それは怒鳴りつけることもできない絶対的な権力者であり、少女の夫だった。


夜会を終え、自宅に戻ってきた少女は命を奪われるのだと覚悟していたが、悪魔は少女を殺したりはしなかった。

怪訝な顔をして、その時を待っている少女に、悪魔はぬけぬけと言ったのだ。


「物を知らない小娘に教えてやろう。バレア国は神秘と魔法の国。この空き地を俺のペットが気に入り、こっそりここに遊びに来ていたのだ。

そこにたまたまお前が通りかかり、俺のペットを飼いだした。

おかげで、俺はお前がミーアと名付けたその生き物を探しにここまでやってくることになった。バレア国の王が直々に、そいつを探しにきたというのに、盗人のお前は俺を悪魔呼ばわりだ。しかしまぁ、そいつもお前に懐いたようだし、お前が支払った代償も悪くはなかった。

そのミーアは、精霊の使者と呼ばれ、国の未来を担うものに懐くと言い伝えがある。つまり、王にだけ許されたペットであり、王の俺に懐かなければ体裁が悪い。お前は俺に命と魂を捧げたはずだ。

それ故、その生き物が俺に懐くように世話をしてもらおう。お前の純潔は確認済みだ。

俺の妻となり、せいぜい心を込めて尽くせよ」


なんとこの悪魔は、怪しげな術を使う本物の王だった。

国境沿いにある森の花畑は、王の寝室に面した中庭とどういうわけが繋がっており、ミーアは時々遊びにやってきていたのだ。


ミーアが少女に懐いた理由もちゃんとあった。

食事を分け合って食べていた少女は、ミーアが砂糖菓子を好きなことに気づき、気まぐれなミーアに気持ち良く歌ってもらうため、歌の前後に砂糖菓子を与えていた。

飼い主の国王に、そんなものをもらったことのなかったミーアは、すっかり少女の傍が気に入ってしまったのだ。


「動物に砂糖菓子を与えるとは、考えられん」


初めてそれを知った悪魔は、とんでもないことだと少女を非難したが、少女は知らなかったのだからしょうがないと憮然とした表情だった。

砂糖菓子が好物だと知られたら、他の人間にも懐いてしまうかもしれないからと、悪魔は少女にミーアの好物を口外しないように約束させた。


それから、ようやく真実の名を少女に告げた。


「悪魔と呼ばれるのも悪くないが、これからは私の王、あるいは私の主、あるいは、愛するジークと呼んでくれ」


体のどこかが、ぞわぞわするような呼び名の数々だったが、少女は顔を引きつらせながらも、「愛するジーク」という呼び名を選んだ。

なにせ、命も魂も捧げると約束してしまったのだ。逃げ道など最初からあるわけもない。


それから、もう二度と体験できないと思っていた、美貌の王との甘い夜を味わい、翌日にはもうバレア国の王妃として立派な王宮に運ばれていた。


それ以来、夢のような生活が続いている。


夫の美しすぎる顔立ちを見上げ、少女は本当に悪魔じゃないのだろうかと、確かめるようにその形の良い頬を指で軽くつまんだ。


「何をしている」


真顔で咎めてくる「愛するジーク」に微笑みかけ、少女は両手を突き出した。

下りてきた首を抱きしめ、悪魔の花嫁に相応しく、意地悪く囁く。


「本物かどうか確かめたのよ」


にやりとして、ジークは少女の上で四つん這いになり、体重をかけないように顔を近づけるとその唇を優しく奪った。


「本物でないとしたら、これは……」


ジークの手が膨らんだ少女のお腹を優しく撫でる。


「ぜい肉か?」


「悪魔!」


少女の手が、夫の形の良い頬をパチンと打った。

音はしたが、本気とは思えないか弱い力だった。

あえてその可愛い攻撃を受けとめ、悪魔は心から愉快そうに笑いだした。


陽だまりで眠っていたミーアがうるさいぞと言わんばかりに起き出し、二人から少し離れた場所でまた丸くなった。


それを頭の上に見て、二人は目を合わせ、静かに笑みを交わす。

ジークが隣に横になった。

その手は妻の手に繋がれている。


空を横切る白い雲を眺めながら、少女は夫に会った瞬間に服を脱ぎたくなった理由は、一目惚れだったということにしておこうと考えた。


温かな日差しの中、少女は訪れた睡魔と共に眠りの世界に旅立った。




隣から小さな寝息が聞こえてくると、ジークは音を立てないようにそっと起き上がった。


妻のフィーネは、心地よさそうに眠っている。


容赦なく降り注ぐ日差しを、気にしている様子もない。

せっかくのドレスも草だらけだった。


女とは、もっと日焼けに気を遣ったり、ドレスに皺がよるのですら嫌な顔をするものではないだろうか。

ジークはそう思ったが、残念ながら、もうそうした女達と付き合う気はなかった。


手をかざし、妻に怪しげな術と評されている、呪文を唱える。

近くの木の枝が少し伸び、少女の顔に落ちる日差しを遮った。


やはり少し眩しかったようで、少女の表情に感謝を告げるようなやわらかな微笑みが浮かぶ。

ミーアが近づいてきて、少女の腕の中に勝手にもぐりこみ、丸くなった。


その平和な光景を見おろし、思わず笑みがこぼれてしまう。


この込み上がる愛しさは、どこからくるのだろうかとジークは考えた。

初めて少女に会った時は、とんでもない盗人だと思ったが、突然脱ぎだした時には面白い女だと遊んでみたくなっていた。


実際に抱いてみたら、なかなか好ましい女であることに気が付いた。

顔が良いと褒めておきながら、女は男の顔など見ていなかった。

純潔を捧げながらも、心は違う男のことを考えていた。

こんな美形の男に抱かれておきながら、事が終わった途端に、元婚約者に見せつけてやりたいから協力して欲しいと話しだし、他の男に未練たっぷりなことを隠そうともしなかった。


たった今愛し合った男に対し、失礼極まりない話だと思ったが、元婚約者はそんなに良い男だったのかと興味がわいた。


全力で協力してやろうと約束し、隣国の王城に連れていってみれば、案の定、愛した男ばかりを目で追いかけ、本物の王が隣にいるというのに誇らしげな顔一つしない。


庭園に連れ出し、二人きりになれるよう場を整えてやっても、恨み言を少し言っただけで、すぐに「幸せになってね」などと、甘いことを言い始める。


ふられて、見知らぬ土地に一文無しで放り出されたというのに、愛した男の心配ばかりだ。

愛に振り回され、哀れな女だと思うが、意外にもしぶとく前向きだ。

なにせ、ミーアを金儲けの道具に使い、家まで建てたのだから。


ちょっと遊んだら別れようと思っていたのに、隣国の王城を出た時には正式に王妃にすると決めていた。

他の男に、この女の愛はもったいない。


手放すことはもう考えられなかった。


フィーネのことを知れば知るほど愛しさは募るが、まだジークの片思い中だ。

しかし、既に魂と命は捧げられている。

結婚式はまだしていないが、既に妻だし、これからフィーネの中にジークへの愛が育てば、それがどれほど強固なものになるかもわかっている。

それは元婚約者に対する態度を見れば明白だ。


その日が楽しみだと、ジークはどこか意地悪な笑みを浮かべる。


フィーネの愛を手に入れたら、また燐国に行き、彼女を捨てた男の前で、その愛を見せつけてやるのだ。

この女は今度こそ、あの男には見向きもしないはずだ。

その日を思い描き、ジークはべろりと舌で唇を舐めた。


「フィーネ、お前の愛が永遠に報われるよう、俺が守ってやろう。感謝しろよ」


ついに観念し、ただ一人の妻を決めた高慢な王は、ひっそりと囁き、愛する妻の頬に甘く優しい口づけを落とした。





最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

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