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1.奇妙な生き物との出会い

地上の全てのものが水底に沈んでしまうのではないかと思うような雨の中、少女はふらふらと森の木立を抜け、花々が身を寄せ合う小さな空き地にやってきた。


雨に霞む視界に、鮮やかに咲き誇りながらも物言わず耐えるその花を見て、少女はそこを死に場所に決めた。

寒くて、空腹で、心まで絶望に染まり、それ以上のことは考えられなかった。


濡れた草の上を進み、少女は崩れるように空き地の真ん中に座り込んだ。


ぬかるんだ地面の上で雨に打たれていると、冷たい水底にでもいるかのような気分になり、少女は溺れている者のように両手を高くつきだした。


その瞬間、雨に混じって何か黒いものが飛び込んできた。

咄嗟にそれを腕に抱きしめ、後ろにひっくりかえった少女は、その柔らかな感触に驚いて四つん這いになった。


ほのかに温かいそれを片腕に抱いて胸の下に庇い、覗き込む。

丸い影が動いた。


「ミー」


愛らしい声がして、瞬きしたように、黒い瞳がきらりと光った。

寒そうに背中を丸め、小さく震えている。

そっと黒い塊の中に指を入れ、つついてみると、猫のような愛らしい顔が上を向いた。


少女は膝立ちになり、背中を丸めてその生き物を雨から守りながら、両手でそっと抱き上げた。

猫のような顔だが、耳は木の葉型で尖っている。

背中でぱたぱたと翼がはためいた。


「は、羽のある猫?」


ふかふかの毛に包まれたとがった耳が、少女の声に反応したかのようにぴくぴく動いた。


「どこから来たの?」


少女の問いかけに、黒い生き物はまた「ミー」と鳴いて答えた。

生きる意欲もなく座り込んでいた少女は、力を振り絞って立ち上がると、それを大切に胸に抱いて、木陰に逃げた。

体が全部入りきらない小さな洞の中に無理やりお尻を突っ込み、膝をかかえる。


その膝と胸の間に黒い生き物を入れ、少女は大きく張り出した枝先から、ぼたぼた落ちてくる雨粒を見つめた。

多少の雨粒は頭や肩に当たっているが、少女の抱えている生き物の上には落ちて来ない。


黒雲はまだ空を覆い、雨は容赦なく降り続けている。


その黒い生き物はとても温かく、少女の体の震えはおさまり、次第に冷え切っていた心まで温まってくるかのようだった。


「あなた、すごいわ……」


眠そうな目をしたその生き物に微笑みかけた少女は、自分を温めてくれるこの生き物に、お礼をしようと思いついた。

雨の音から遠ざけようと、柔らかな尖った耳を腕の中に隠し、少女は顔を寄せて、その生き物のために歌を歌った。


猫のような不思議な生き物は、心地よさそうにその歌に耳を傾け、瞼を完全に閉じて眠り始めた。


歌っている少女さえ眠くなってきた時、腕の上に明るい日差しが落ちてきた。

気が付けば、葉を打ち鳴らす雨音は消え、枝葉に残る雨粒が地面に落ちる、ぽたんぽたんといった音ばかりになっている。


雨が完全に止んだかどうか確認しようと、少女が腰をあげようとしたその時、腕の中で眠っていた黒い生き物が目を覚ました。


「ミー」


一声鳴いたかと思うと、その生き物は、不思議な声で歌い出した。

それは先ほどまで少女が歌っていた旋律で、その澄んだ音色は、孤独な少女の心に優しく寄り添った。


晴れ渡る青空を見上げる少女の目には、失いかけていた命の輝きが戻っていた。


その日、少女は森で拾ったその珍しい生き物を、吟遊詩人がよく立ち寄るような酒場に連れて行った。

翼のある猫はその愛らしい容姿と美しい歌声で観客を魅了し、少女の広げたエプロンの中は投げ込まれた小銭でいっぱいになった。


黒い生き物は、少女にご褒美の豪華な食事をもらい、お腹がいっぱいになると、また少女の腕の中で眠ってしまった。


少女はその生き物にミーアと名前を付けた。

その日から、少女はミーアを様々な場所に連れて行き、歌わせては小銭を稼ぎ、食堂で美味しいものを食べ、温かな宿に泊まった。


次第にミーアは人気者になり、歌って欲しいと店から依頼が来るようにまでなった。

そしてついに、少女は稼いだお金で、ミーアを発見した空き地に家まで建てた。


ミーアが心地よく暮らせるように、庭には花を増やし、家の中にまで花を飾った。

気紛れなミーアは、時々ふらりと消えたが、ちゃんと戻って来て、夜は必ず少女の腕の中で丸くなった。


穏やかな日常が続き、少女の心にも平穏が戻ってきたかに思われた。



ところが、そんなある日、王城から少女のもとに手紙が届いた。

それは夜会の招待状で、ミーアをそこで歌わせて欲しいと書かれていた。


明るい気持ちは一気に消え失せ、死まで覚悟した絶望が蘇った。


招待状を封筒に戻すと、少女は憂鬱な溜息をついた。

王城はもっとも行きたくない場所であり、一方で行ってみたい場所でもあった。

そんな複雑な心境のまま、無為に時間は過ぎていき、ついに夜会の前日になった。



少女は窓辺に置いたテーブルにひじをつき、窓の外を眺めていた。

外は、少女の憂鬱な気分を盛り上げてくれるかのように雨が降っている。


その手元にはついに、明日に迫った王城からの招待状があった。

王の招待を断るなんて出来るはずもない。


明日、王様に歌を披露する予定のミーアは、緊張した様子もなく、テーブルの上でのんびりと丸くなっている。

少女は大きく息を吸い込み、窓に吹きかけた。


ガラス窓が白く曇り、外の景色が霞んで消えた。


その時、扉が鳴った。

雨音と重なっていたため、少女は最初、気づかなかった。

すると、すぐにまた扉を叩く音がした。


「ミー」


ミーアが小さく鳴いて、「誰か来たよ」と知らせるように扉の方に視線を向ける。

少女も音に気づき、椅子から立ち上がった。

それを見届け、ミーアはあとは任せたとばかりに、再び目を閉じて丸くなる。


扉に向かいながら、もし外にいる人物が、強盗や殺人犯ならばと少女は考えた。

殺されてしまえば、さすがに王城に行かなくても済むだろう。


まるでそれを願うかのように、少女は相手の名前も聞かず、さっさと扉を開けた。


そこには、酷く不気味に感じる、長身の若い男が立っていた。

外は大雨だというのに、その男は一滴も濡れていない。真っ黒な帽子のつばからも水は滴っていないし、足首まである黒いマントの裾には泥汚れさえついていない。

マントとおそろいの黒いブーツは、磨きたてのようにぴかぴかだった。


「俺のものを勝手に奪ったな」


開口一番に泥棒扱いされ、少女は男に負けず劣らぬ不機嫌な表情になった。


「なんのことよ」


男は無理矢理家に入ってくると、テーブルの上で丸くなっている黒い生き物を指さした。


「あれだ!あれは俺のものだ」


少女は驚いてテーブルの前に立ちふさがる。


「そんなの困るわ!あれを歌わせて稼いでいるのよ。持っていかれたら生きていけない」


「俺のものを使って金儲けをしているだと?!とんだ悪人だな。報いを受けてもらうぞ」


途端に、少女は顔を赤くした。

いそいそと男の後ろに回り、扉を閉めると鍵までかける。

その上、カーテンまで閉め始めた。


「待て、何をしている」


「何って、報いを受けないといけないのでしょう?若くて、未婚なのだから、これはもう体で支払うしかないじゃない。安心して、もう結婚できる年齢を二年も過ぎているし、結婚寸前に捨てられたから純潔よ」


服まで脱いで、少女は寝台に横たわった。

男は顔を引きつらせ、少女に近づき、寝台の上に膝を置いた。

マットが深く沈み込む。


「お前、俺が何者かわかって言っているのか?」


「悪魔でしょう?」


突拍子もない返答に、男が驚いた。


「なぜそう思う?」


「だって、外はあんなに大雨なのに、あなたはちっとも濡れていないし、服はあり得ないぐらい黒いし、それにすごい美形じゃない。顔が良い男って、だいたい悪党よね。しかも現実とは思えないほど美しい男の人ときたら、それはもう悪魔よ。悪魔は乙女の純潔が好きだと聞いたことがあるわ」


「ずいぶんな偏見じゃないか」


男は不満そうに言ったが、もう不機嫌な顔はしていなかった。

若い生娘が自ら服を脱いで寝台に横たわっているのだ。これで手を出さない男がいたら男ではないだろう。


「では、遠慮なく頂こうじゃないか」


迫ってきた男の前に、少女は指を一本立てた。


「そのかわり、お願いがあるの。私と一緒に、王城に来て欲しいの?」


悪魔に頼みごとをすればただではすまない。

対価は魂と命だ。それ以外の時もあるが、大抵は二度と取り戻せないものだ。


男はにやりと笑い、舌なめずりをした。


「いいだろう。しかし代償は必要だ。これだけでは足りないかもしれないぞ?」


少女は迷いなく、にっこりと頷いた。


どうせミーアを失えば、すぐに暮らしは立ち行かなくなる。

その前に、少女にはどうしてもやり遂げたいことがあった。

しかしそれには途方もない財力か、あるいは魔法のような強大な力が必要だ。


「私の願いをかなえてくれるなら、なんでもあげるわ。だから悪魔の力を使って私を王城に連れていって!」


取引の条件も決めぬまま、揺るがない覚悟を秘めた声音で、少女は男にそう言った。


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