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under rain  作者: 亮太 ryota
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第一話 「地下に降る血の雨」 chapter 7

 静かな商店街に破裂音が鳴り響く。反動に耐え切れずユイは大きく重心をぶれさせた。錆びたシャッターを抉り貫く弾丸。松川は突如向けられた殺意に崩れ落ちそうになるのを堪えて、横目にシャッターを確認すると湧き起こる怒りに震えて掴み掛かる。


「おいおい、何する気や?」

 黒猫はユイへ襲い掛かる松川を回し蹴りで跳ね除けて、彼女からコルト・シングルを奪い取るといつでも射殺出来る体勢を整える。

 立場を弁えない松川は盛大にシャッターへと激突し、抗議の表情を浮かべてすぐに引っ込めた。この場の状況を理解してしまったのだ。


 中西の金の所有権は現在ユイにある。そうなるように計画したのは松川であっても、黒猫達にとっては何の関係もない。

 松川は一仕事終えて、欲望に駆られるまま大事なタスクを忘れていたのだ。ユイから中西の金の所有権を移す、たった一つの事を今この瞬間に思い出しても既に遅かった。

 後悔が体を這い回る。松川は最後の一手を抜かった。言いなりでされるがままの奴隷が相手だと、完全に見くびっていたのだ。

 何度も繰り返す似たような失敗が脳裏を駆け巡る。それでも首の皮一枚で生き残ってきた彼も、この状況で死は免れない。


「ーーそいつの奴隷として生き続けるつもり?」

 白猫は改めてユイに問い掛ける。弱肉強食の世界で生きるか死ぬか、その選択を迫った。

「好きにすればいい。弱さを言い訳にやられたい放題を受け入れても、怖くても戦って結果その手を汚しても。あなたの人生よ、ちゃんと自分で決めなさい」

 戦わない限り奪われる事を知っている白猫。ユイの弱さを理解出来る反面怒りにも似たもどかしさも感じていた。


 数分前まで自身がそうだったように、項垂れる松川にユイは堂々たる決意で歩み寄る。

「もう一度貸してください」

 弱々しく言葉を発して、黒猫に拳銃をせがんだユイ。それとは裏腹に目に宿る闘志は暑苦しい程に燃えている。

「……ミリ単位で近付いたら、さすがに当たるやろ」

 黒猫は捨て台詞のように最後のアドバイスを送り、奴隷の少女の決意を傍観する。


 ユイの放つ二発目の弾丸が、松川の心臓を貫く。断末魔と共に広がる血溜まりに、獣の亡骸が少しだけ踠いて完全に静止する。

 荒廃した世界にまた一人、冷たい目をしたやくざ者が誕生した。少女は平然と肉塊を足で突いて、雑な死亡確認を取る。


「満足したか? ほな、さっさと金渡してもらおか」

 余韻に浸っているユイに空気を読まず割り込んだ。何処まで行っても黒猫の人間性は変わらない。

「貴方の武器持ってるのは私ですよ。そんな余裕そうにしてめ、大丈夫なんですか?」

 ユイは黒猫に借りたコルト・シングルの銃口を!あろう事か教わった通りの動作で本人に突き付けた。覚悟を決めた瞬間、豹変するユイの表情に黒猫は殺意を滾らせる。

「上等やないか、さっきまで撃ち方すら知らんかったお前に何を出来んねん」

 特に驚きはなかった。松川のように詰めを綻ばせる程、黒猫は甘くない。手助けしたのは気紛れで、敵意に対しては敵意で持って迎え撃つ。


 引き金が絞られるより早く、黒猫はユイの持つコルト・シングルを弾いて銃口を逸らす。明後日の方向に射出された弾丸が商店街の建物のガラスを割る。ユイの手首を掴み、黒猫は腕の関節を極めて即座に武器を奪い返す。

 元々力も弱く骨張った彼女に、最初から勝てる見込みはなかった。

 呆気ない戦闘の決着が着いてもユイは諦めず抵抗を続ける。黒猫はその姿に少しばかり関心して、望み通りに続行する。

「バカ、やり過ぎ。さっさと負けを認めなさい」

 白熱し掛けた黒猫の頭を叩いて、白猫が仲裁に入った。


「ーー何度でも言わせてもらうけど、貴方が私達を恨むのは筋違い。松川が滞納した報酬を回収するのが本命で、何より今奴隷から解放されたのは誰のお陰かよく考えなさい」

 白猫は獰猛な小動物のように威嚇するユイを手錠で縛り上げると、言葉を尽くして彼女に語り掛ける。


「……それでもやっぱり許せません。あれを殺しても、おじいちゃんは帰ってこないんだから」

 怒りに任せて獣のように唸ったかと思えば、今度はめそめそと涙声に濡れる。

 焚き付けたものの白猫は少しばかり選択を誤ったかと考える。感傷に流されて無駄な手間を増やしては元も子もない。


「まどろっこしいねん。お前、奴隷に逆戻りするかどうか、今決めろや」

 昨日の冴えを欠く白猫を押し退けてユイの顔面を掴み、黒猫は堪らず最後通告を下した。


「分かりました……お金は払います」

 ユイは涙を引き摺りながら、強情を引っ込める。悲しみに区切りが付く訳もなく、顔面を掴んだままの黒猫の手に鼻水を撒き散らした。

 気勢を削がれた黒猫は後退り、粘着く手を振り払う。泣きじゃくるユイを殴り付けたくなる気持ちを抑えて、白猫へバトンを託した。


 不気味な空間に手錠を嵌められた女の鳴き声が木霊する。錯綜した末漸く片が付いた仕事に、黒猫はしゃがみ込んでポケットから煙草を取り出す。その寸前に汚れたままの手を思い出して、舌打ちと共に縛られたユイの薄汚れた衣服で残った粘着きを拭い取った。

 五十歩百歩ではあるが、濡れているよりは余程いいのかもしれない。


 電子マネーの授受を尻目に、黒猫は煙草に火を点ける。澱んだ空気は更に煙で汚染されて、この世界の空気汚染が少し悪化した。

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