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under rain  作者: 亮太 ryota
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幕間 「生業の果てに」 chapter 1

 黒猫達が中学校に潜入するその少し前。夏の暑さの余韻を残して粘着くような夜更けに、繁華街の絢爛豪華なナイトクラブに一際人相の悪い集団が飲めや騒げやな宴に興じていた。体格の大きさはセットアップの派手なスーツに収まり切らず、開けたワイシャツの胸元からは刺青がほんのりと顔を覗かせる。


 ツーブロックで刈り上げた黒髪を更にパンチパーマで誂えた男は、その眉間に深い縦皺を刻み込んでまるで楽しげな雰囲気に即していない。彼が不機嫌に酒を煽るのには大きな理由があった。

「組長、今月の上がりでございます。どうぞ、お納め下さい」

 両隣をドレスで着飾る艶やかな女達に飾らせて、組長と呼ばれた男は地べたに這い蹲る男から差し出された収支報告のホログラムに目を通す。

「お前んとこは、相変わらず調子がいいな。花屋は儲かると言うが、ここまで上玉を揃えてるとなりゃ別格なのも頷けるってもんだ」

 両手を美女に絡めてその体を弄り、組長は俄に顔を上気させて優秀な手下を誉めた。女達は体をくねらせて嬌声を上げて、賞賛された男は組長を見上げて和やかに笑った。

「ーーなぁおい。山田組の精髄を忘れた訳じゃねぇよな? お前よりも幾つも若ぇこいつが、てめぇの何倍もシノギを上げてる。実力主義とは言うが、弛んでねぇか?」

 組長は穏やかな空気を一変させる目付きで、一人の男を睨んだ。体中に青痣と生傷を刻まれ下着姿の男は周囲から嘲笑の目を向けられている。公開処刑の只中で男は一人棒立ちするしかなかった。

「組長。こいつは確かに愚図の鈍間ですが、シノギだけは小狡い所があってそれなりに稼いでた筈なんですよ。この収支報告、幾ら何でもおかしいですよ」

 片膝を地に付けたまま、男は追い打ちを掛けるように組長へ告げ口をする。弱肉強食の世界は町の中のあらゆる所で、人間の価値を測定する絶対的な摂理である。

「何だ、ピンハネだと? 信頼関係ってのは壊すのは簡単でも、作るのは難しいんだ。俺も組長になるまでは、何度も目先の金に目が眩んだ事はあったが、その一線を超えちゃ義理人情は通せない。そうだろ?」

 組長は徐に立ち上がると、席に座らず立ったままでいた手下の一人が姿勢を屈めたまま彼にドスを渡す。

 棒立ちの男の頭部を掴み酒で溢れたガラス製のテーブルに組み敷くと、煌めくドスの刃が傷だらけの顔すれすれに突き刺さる。ひび割れたガラスと数ミリの距離の刃が男を焦らせた。

「組長! 俺の話を聞いて頂けないでしょうか? 実は、息子が何やらトラブったようで、どうしても金が必要になったんです。この命に代えても、必ずこの金以上を上納したいと思っています!」

 上納金の多寡のみが彼らにとっての唯一のアイデンティティーである。その習わしは人間が世界を牛耳るようになって以来、太古から続く一般常識でさえあった。

 限定的な血縁や古い慣習に囚われず今、尚栄華を極めるやくざ者の集団に課せられた実力主義の根本。それすら守れなかった男の言葉に、一体この場の誰が耳を貸すのか。

「ガキがどうとかはこの際、どうだっていいんだ。俺達山田組にとって大事な事は、謝罪でも言い訳でもねぇ。命に代えてもだぁ? じゃあ今すぐ死ねよ、出来てねぇからてめぇは今此処で情けねぇ面下げてんだろ?」

 筋の通らない言い訳に組長の箍が外れる。絶対的な掟を破った人間に対して、取るべき行動は限られている。

 信頼を裏切る行為をなあなあで済ませてはやくざ者としてだけでなく、組織全体が崩壊してしまうのだ。事の経緯はどうあれ、今この瞬間に金がない事だけが純然たる事実である。


「……おやおや、組長さん。相変わらず苛烈で恐ろしいお方だ。こんな芳しく楽しい場で、そんな血生臭い事は控えましょうよ」

 黒いスーツを身綺麗に着こなした公安所属の武田は、組長が振り上げたドスを握る手を優しく包み込むように掴んで貼り付けた笑顔がその場を鎮めた。

「息子さんが大変だった訳でしょう? 私であれば、力になれるかもしれません。何があったのか、是非お話し頂けないでしょうか?」

 闖入した武田は場の空気を自身の色に染め上げる。仮面のような表情を憐憫の機微に湿らせると、下着姿の男の肩に優しく手を添えた。

「ーー息子は中学生なんですが、俺の背中を見て育った所為もあり、よくトラブルを起こすんです。俺も人にとやかく言える立場でもないし、大概の事は許してたんです」

 頭を押さえつけられたまま男は情けなくも語り始める。それは中学生でありながらやくざ者の真似でもするような息子の生い立ちと、どうにも看過する事が出来ない大きなトラブルに巻き込まれた話である。

 親の名誉によってその立場を高めた彼の息子は、日増しに内に秘めた凶暴性を人知れず研ぎ澄ましていた。社会勉強と思えば実に微笑ましい限りでも、往々にして彼は親に似て行き過ぎる事が多くなる。

 同級生の女を集団で暴行した上、その被害者が自殺したと知らされた時は肝を冷やした。弱肉強食の世界において、やった事自体は咎めようもない。過去だけは抗いようがない。自身も含めて、似た経験はやくざ者にとってはありふれている。

 しかしそれでも問題は次々と押し寄せてきた。事件その物の揉み消しと被害者の親が真実に辿り着けないように調査機関を丸め込む為、男は何とか集めた上納金を使う他に選択肢はなかった。

 自身の尻拭いを親に任せる息子のだらしなさに嘆くと共に、今度は上納金を補填する為の資金繰りに追われる日々が立ちはだかる。

「ーー弱みを見せたが最後、息子の関わった人間の多くがどんどん自分に集るようになりました。その全てにケリは付けました。後は! 本当に、時間さえ貰えれば!」

 やくざ者が嵌められた過去を晒して、慈悲を乞う姿は酷く滑稽である。そんな恥も外聞も捨てて、男は全てを打ち明けた。


「おいおい、さっきも言ったが、そんな言葉に意味はねぇ。猶予はやる、来月分の上がりで今月分を取り返せ。倍額はどうせ無理だ。三ヶ月できっちり落とし前付けろ。分かったな? 吉澤」

 組長は握り締めた拳の行く末を失い、腹いせのままに彼はグラスに注がれたウイスキーを飲み干して席に戻った。

 何事もなかったように酒宴は再開して、下着姿の吉澤を気に掛ける存在は武田だけとなる。


 痛みで熱の籠った体は冷房の効いた室内の、ガラステーブルの感触で季節外れに凍えそうになった。何があっても栄光を取り戻す。黙って静かに決意を秘めて、吉澤は屈辱に耐え抜く。それしか彼には出来なかった。

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