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under rain  作者: 亮太 ryota
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第一話 「地下に降る血の雨」 chapter 1

 無音の空間を断ち斬った黒い刃は、大きな軌道を描き血飛沫を纏いながら宙に静止した。斬撃を前に為す術なしに斬り裂かれた命は、その人生に余韻を残しつつも無様に散って消える。

 戦慄の恐怖と忘我の空白を宿したまま停止した男の表情は、少しずつ血の気を引いていき完全に終わる。


 血の海には斬り裂かれた肢体の数々と、弾丸に撃ち抜かれた額から零れ落ちる脳漿が折り重なり、月の光だけが多くの死を前に佇む少年をまざまざと浮かび上がらせる。

 鉄臭さと硝煙が混ざり合い、ペナントビルの一室は異様な空間となる。それはほんの少し前まで予想さえされていなかった人間の襲撃によって生み出された。喧騒が忘れ去られた後に残る寂寥感に少年は表情一つ変えず、ズボンのポケットから煙草を取り出して一服する。


 人間が二人居れば争いは起きて、それは弱肉強食がより鮮烈に見せ付けられる今も昔も大した違いはない。幾度と無く続く戦争も、所構わず勃発する諍いと要因は同じである。


 社会の闇を跋扈してきたやくざ者達が高々十五歳の幼気な雰囲気すら残す少年に、酷く一方的な敗北を喫する。

 特別少年が強い訳でもなく逆もまた然り。彼がより優れていたのは、目標への最短距離を躊躇無く選び取る判断力にある。

 突然の襲撃者が子供であった事、それが油断を呼び複数人が屠られて初めて警戒心を強めた所で既に出遅れている。その間に相手へ準備する時間を与えず障害を一つずつ淡々と消していったに過ぎない。


 少年はその見掛けに反して、無残な死を迎えたやくざ者達と同じく裏社会を生きる人間であった。金さえ払えば何でもこなす組織の一員として血生臭い生き方をしてきた彼にとって、人殺しなど機械的な流れ作業でしかなかった。


 約一時間前、少年は難航する依頼を片付けるべく強硬手段に出る。夜の街に紛れるやくざ者を見境無く嬲り、情報を探った。

 行方不明となった女を捜索する依頼を受けてその足取りを辿る。人間が行方を暗ます理由の半分は何かしらの問題に巻き込まれる事が多い。大方の予想通り、女は人身売買の贄となる所であった。

 餅は餅屋、やくざ者はやくざ者。すぐに目当ての情報は見つかった。

 この街のやくざ組織はたった二つ、少年が属する側と後一つのみ。深く根を張り巡らせたその組織は数だけで言えば圧倒的に多く、絞り込みには苦労させられた。

 煩わしさに癇癪を起こすように彼は段取りを無理矢理にぶち壊す。


 街頭の少ない路地裏を一人歩き目的のペナントビルを見上げた少年は黒い刃の虎徹を抜き放つ。

 かつて繁栄した刀の技術を現代科学で再興し再現した刀匠によるそれはまだ成長の余地を残した彼には見合わない程長く重い。しかしそれでも尚、体の一部のように扱う事が出来てしまった。


 事務所へ続く錆びた鉄製の階段を登り、裏口に当たる扉を前に少年は短く息を吐いた。恐れはない、戸惑いも尻込みもない。必要な事は冷徹さを己の芯に落とし込むルーティーンである。

 無機質なアルミニウムのドアは前時代的な暗証番号で解錠する甘いセキュリティーで、錆の浮いた外階段と相まって防犯意識もとい危険意識の欠片も感じ取れない。

 それがやくざ者の集う事務所であるならば尚更自衛の術を尽くすべき案件。指紋認証に虹彩認証と、最低限度すら施されていないドアは開け放っていると言って差し支えなかった。

 やろうと思えば少年にもドアのシステムを穏便に乗っ取る事が出来た。しかし彼はその手間さえ煩わしいと吐き捨てるような行動に出た。


 抜き身で肩に担いだ虎徹を振り抜く。一度、二度、三度、セキュリティーの甘さを力尽くで圧倒する斬撃が走る。ドアとしての役目を失ったそれに後ろ回し蹴りが炸裂し、残骸が事務所へ雪崩れる。

 豪快な金属音と共に呆気に取られたやくざ者が何事かとがら空きの裏口へ集まる。戦闘の火蓋は疾うに切られている。黙ったままで事の次第を見ているだけの彼らは、やくざ者としての覚悟や気概が足りていないにも程があった。

 暖簾でも潜るように足を踏み入れて、呆気に取られる人間を少年は振るい手近な所から虎徹で斬り刻み、やくざ者の事務所へ堂々と乗り込んだ。

 血飛沫を物ともせぬ突然の襲撃者へ向けられる敵意。防衛本能のまま身構えた所で既に複数人が虎徹の射程圏内に入っていれば、少年にとって敵にもなり得ない。

 遊びの無い攻撃が次々とやくざ者達を撫でていく。断末魔が鳴り響く中でようやく重い腰を上げた人物が懐からトカレフを取り出す。

 刀と拳銃で正面切って戦えば確実に拳銃に軍配が上がる。訓練の練度に多少なり左右されても威力と射程距離の優位性は太古の昔から実証されてきた不変の事実である。

 弾丸を眼で見て回避する事はフィクションでも無い限りは現実的ではないが、銃口から軌道を予測し動き回れば余程の達人でなければ当てる事もままならない。


 少年はターゲットを定め即座に動く。無謀にも素手で踏み込んでくる男を斬り捨て、狂気的に暴れる集団に紛れた。統率が乱れた集団は多対一のメリットを塗り潰している事にも気付かず、怒号ばかりが荒れ狂う。

 単調な作業をこなすように棚に飾られた骨董品や額縁に収まる絵画が血に塗れていく。人波が切れた隙間を縫いつつ少年はターゲットから目を離さない。

 トカレフに手を掛けて一向に撃たないままの男は、興奮と焦燥で少年に狙いを定め切れずにあくせくしていた。数撃てば当たる可能性はなきにしも非ず。躊躇う暇があれば撃てばよいものを、仲間が死にゆくのを見守るだけでは拳銃を持つ意味がない。

 少年は敢えて動きを停止する。ターゲットが落ち着いて発砲するよりも早く、空いた左手で懐から取り出したコルト・シングルがその脳天を撃ち砕いた。


 そこからは阿鼻叫喚の地獄絵図。首を、腕を、腹を。斬り裂かれ、落とされ、破かれる。銃弾で殺された方が幾らか綺麗な程に一方的な蹂躙が終わる。


 たった数分で世界は少年によって書き換えられた。

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