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under rain  作者: 亮太 ryota
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第二話 「祭囃子」 chapter 5

 ベッド横の椅子に腰掛けた斉藤はどう言葉を掛けるべきか悩ましげに俯いたまま、二人の間に沈黙が流れる。黒猫は時間の流れが止まったように感じられた。


「白猫さんから全て聞きました。重ね重ねありがとうございます。このご恩は一生忘れません」

 厳選された一言一句を持って、斉藤は黒猫に頭を下げた。空白の時間が物語る彼女の悲壮を、黒猫には分かち合う事は出来ない。


「金さえ払えば何でもするだけや、気にすんな」

 黒猫は事もなげに返事して、窓の外の景色に視線を移す。ただ感謝を伝えるだけの彼女がわざわざ病室に足を運ぶ理由は思い当たらなかった。


「……真琴を殺さなかった理由、聞いてもいいですか?」

 戸惑うように顔を優しく掻いて、斉藤は黒猫に質問した。彼女は自身が相川とどう向き合うべきかを、誰かに縋りたい気持ちに駆られたのである。

 白猫から話を聞かされた時は頭がこんがらがって何も考えられなくなっていた彼女が、その相手に黒猫を選んだのは気紛れのような物かもしれない。

 言葉を吐き出してすぐに、彼女は自身の発言を後悔する。友達だと思っていた相手に裏切られた、そんな悩みを相談するような間柄ではないとどう考えても分かりきっている。

「殺して欲しかったんか? 金払うんやったら契約成立や」

 黒猫は斉藤の伏せがちな目を見据えて言葉を投げた。他人の気持ちを考慮しない彼の言葉はある意味で核心を突いている。誰かを助けようとするお為ごかしではなく、鋭利で残酷な事実確認である。

「……いえ。お金では解決しないので、私が自分で悩み抜きます」

 強がりには変わりないが斉藤は強い決意で持って、相川と向き合う覚悟に燃える。変わってしまった友達を殺すのではなく、共に生きていけるように。

 何処となく満足した斉藤の顔を訝しむ黒猫の顔がおかしくて、彼女はこれまでの一連の悲劇を忘れてしまう程の笑顔が溢れた。涙目になりながら笑った彼女はその後、憑き物が落ちた表情で病室を出ていった。


 廃工場での戦いの後、黒猫は当然のように白猫と斉藤も薬物の影響を考えて検査入院していた。この病院では薬物乱用の治療までは請け負っていないものの、顔の広い青柳は多くの専門家と闇医者になった今もコミュニティーを繋ぎ止めている。

 本人の意思とは別に無理矢理接種させられた点と一時的な影響こそ受けてもすぐに通常の状態に回復した点から、二人に関しては治療の必要性はないと判断される。

 日常的に乱用していた相川はおそらくどうにもならない。薬物依存の治療は様々あれど、使用者本人の精神性に大幅な改革が必要である。差し伸べようと手を伸ばしても、彼女は尚も破滅を望んでいる。

 相川真琴を救う可能性が万に一つでもあるとすれば、彼女自身の口から親友と呼ばれた斉藤愛美しかいないのかもしれない。


 黒猫は変わり映えのない曇り空を眺めながら、血と臓物に塗れた先日の光景を思い出す。今になって思えば、狂喜乱舞する山田組に乗せられて殺戮を楽しむ感覚にすら陥っていた。

 殺し屋である以上人間の命を奪う事に罪悪感はなく、需要と供給がそれを望む限り彼は彼として変わらない。しかしその精神を薬物や狂信的な意思に左右されてしまうのはとても危険である。

 真鍋や相川を見ていれば分かるように、命を省みない行動原理が行き着く結末は凄惨で残酷な虚無でしかない。何者にも変えられない、揺るぎない確固たる自分自身が必要になる。

 弱肉強食の荒廃した世の中で生きる為の糧として人間を殺す。殺されない為に殺す事はあっても、山田組のように祭だ何だと囃し立てて踊り狂う人間と同類にはならない。

 やけに鼻腔を支配していた薔薇の香りは、過ぎてみればどんな香りであったのか忘れてしまった。世の中の大抵の出来事がそうであるように、熱中している間の事はいざ解放されて振り返ると案外どうでもよくなっている。


「おぉ、思ったより元気そうだな。健康的な生活ってのは人生を豊かにする。たまの入院も悪くないだろ?」

 無遠慮な足音と共に開け放たれた扉から銀猫が入ってくる。黒猫の顔を見て、どのような判断を下せば元気そうに見えるのかは彼にしか分からない。


「ボスが言えた義理ちゃうやろ。まともな生活してへんのはお互い様や」

 黒猫はうんざりした表情で言葉を返した。一歩仕事を離れただけで破滅衝動とさえ形容出来る自堕落な生活を送る銀猫を知る黒猫には、何の含蓄もない世迷言にしか聞こえない。

 珍しく他人に気遣いでもしにきたかと思った黒猫は、銀猫の顔がいつもより綻んでいる事に気付いて何となく察する。

「社長として社員の健康管理には責任を持つのは当然。抜く時は抜いて、入れる時は入れるんだ。子供には早いかもしれんが」

 銀猫は相手が望んでいない格言を繰り返すが、その真意は黒猫に見透かされていた。仕事を抜け出す口実を部下の心配をする上司という建前で脚色しているだけである。


「ーー山田組とボスの間に何があったか知らんけど、これからもあいつらがちょっかい出してくる限り、俺は止まらんぞ」

 黒猫はどうでもいい茶番を遮り、銀猫に決意表明する。今後必ず言われるであろう彼の言葉に先制攻撃で無駄な問答を省く為の言葉である。


「黒猫、随分でかくなったな。まぁいいさ。好きにしろ、てめぇの人生だ。腹決めてやるなら文句はねぇよ」

 銀猫の顔がふと真剣味を帯びて、目の前の黒猫を見ているようでずっと遠くを見据えて言った。

 黒猫は温度差の激しい感情をぶつけられて、何とも肩透かしを食らった気分になる。毎度の如く小言でも返されると思っていた彼には、銀猫の心情を読み取る事は出来なかった。

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