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under rain  作者: 亮太 ryota
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第二話 「祭囃子」 chapter 3

 真鍋の冗長でくだらない説明が再び場を支配する。乱戦を覚悟していた黒猫にとっては予想外過ぎた。世の中に溢れる未知の物が、教育係の存在によって次々と彼に流し込まれていく。


「ステゴロって言ったが武器を使いたいなら使ってもいいぞ、こっちも使わせてもらうだけだ。うちは実力主義でな、お前が最高のパフォーマンスを出来る最低限は保証してやる」

 正々堂々の勝負を衆人環視の中で強制的に行わせる事を山田組では祭と呼んでいるようだ。真鍋は僅か十数秒で纏まる説明をようやく終えた。


「……ラリってる奴に説明丸投げすんなや。何にせよ、俺はお前殺せたら何でもええねん」

 黒猫は虎徹を抜き放ち、切っ先をピエロに準じる真鍋へ向けた。相手の要求など知った事ではないが、この状況から最低限斉藤の安全を確保するには多少なりとも合わせる必要がある。

「おいおい、この祭は俺が仕切ってる。つまり、俺がトップだ。いきなり頭は取らせねぇよ、実力を示しな」

 真鍋は空気を読まない黒猫を手で制すと、取り巻きの一人を手招きして光のステージへと上がらせた。


 サテン生地に赤い花が乱れ咲くシャツを着た男が体を慣らして、軽やかなフットワークで黒猫を挑発する。趣味の悪い連中の傍迷惑な遊びに付き合う気怠さは消えないまま、売られた喧嘩にめそめそと抗弁するつもりもなかった黒猫が歩み出た。

 静観する白猫に黒猫はコルト・シングルを預けると虎徹を肩に担いで飾り気のないリングに上がった。

「武器ありのサシでいいな? ゴングはねぇ、いつでも始めな」

 真鍋はクラシックカーのボンネットに飛び乗ると、高みの見物を最前線で決め込む。


 一対一の真剣勝負は、殺しを生業として生きてきた黒猫にとって余り経験がない。日常的なエンカウント戦も相手の油断と不意を執拗に付け狙う戦法ばかりで、このような子供染みた決闘形式は初めてだった。

 対人戦闘において体格の違いはそのままアドバンテージになる。黒猫の頭三つ分も上回る赤い花の男は、一見すれば子供を虐める大人にしか映らない。

 しかし黒猫はそうした不利を覆してきたからこそ今がある。虎徹の黒く長い刃は体格差を容易に埋めて、これまで多くの不調法者を斬り殺してきた。

「俺はガキ相手に武器なんか必要ねぇ、ぶっ殺してやるから覚悟しな!」

 面白味のない噛ませ犬な発言で殴り掛かってくる赤い花の男。

 黒猫は脳まで筋肉に侵された哀れな男を逆袈裟斬りで圧倒する。大きく踏み込んで振り切った刃は骨まで両断した。離れ離れの胴体が時間差で荒れたアスファルトに崩れ落ちた。

 ブーイングが黒猫を包み込んだ。何の謂れのない彼が周りを睨むと、その視線はどうやら死体へ向いているようだ。どうでもいい事ではあるが、口先だけで実力の伴わない人間にはお似合いとさえ感じた。

「時間の無駄や、死にたい奴からかかってこい」

 刃にこびり付く血を払うと黒猫は真鍋を睨み付けてテンポアップを要求する。見せ物に興じる気は更々なかった。

 笑顔を崩さない真鍋は黒猫の背後を指差す。長ドスを振り上げた男が走り込んできていた。狂気的な雄叫びと共に斬り掛かる男の一撃を最小限の動きで回避すると、血走った眼差しが交差する瞬間に虎徹の横薙ぎが走る。

 首が転がり体からは血飛沫が噴水のように湧く。ヒートアップしていく観衆は仲間の死をも喜んでいるように見えた。

 ズボンのポケットから煙草を取り出して火を点けると、正面から鉄パイプを持った男が歓声に押されて出てきた。黒猫の虎徹よりもリーチのある武器を選んだ彼は前の二人よりは有能であるのかもしれない。

「ばっさばっさと、刀で敵を斬る。あれか、ガキの分際で侍気取ってんのか?」

 くるくると鉄パイプを回転させながら男は見栄を切った。曲芸のような動きで鈍い空気の音を奏でるとリーチを活かしたぶん回しが黒猫へ襲い掛かる。

 当たればさぞかし破壊力はあれど、長さに伴う重さを扱い切れていない男の一撃を掻い潜った黒猫は男の脳天に虎徹を突き刺した。力なく手から零れ落ちた鉄パイプは金切り声と共にオーディエンスの雄叫びに混ざった。

 男の体を蹴り飛ばして刃を抜いて、次々と動き出す山田組を斬り捨てていく。工夫が見えたのは序盤のみで、半狂乱で襲い来る敵を最速最短の一振りで殺していった。

 死体を数える事すら困難になる程に光のステージが鮮血に染まる頃、五月蝿かった山田組の頭数は随分と減っていた。体力を振り絞り立っている黒猫も、連戦が積み重なると息が上がりそうである。


「祭は楽しいなぁ、まだまだへばんじゃねぇぞ。おい下っ端共、お前らももっと頭使って気合見せてみろ」

 真鍋は相変わらずの不気味な笑顔を浮かべて周囲を煽っていた。


 熱気を放つ山田組との戦いを白猫はその白い無機質な表情を歪めて理解し合えない思想の違いを、吐き気にも似たそれを我慢しながら見届けていた。堪え切れなくなった空は小雨を彼女の頬に落として、酔狂な祭を傍観している。


 自爆覚悟の突貫で黒猫に飛び付いた男は虎徹に斬られながらも慣性のまま彼の動きを阻害して尻餅を付かせた。

 直後に背後からバールを振り下ろした男が黒猫にその日初めての有効打を与える。防御が間に合わなかった黒猫は苦悶の表情を浮かべつつも斬り落とした腕を背後に投げて第二撃を邪魔する。

 血と臓物に塗れても黒猫の刃は的確に男の喉元へと突き立て、絡み付く二つの死体を振り払う。


 何本目かの煙草に火を点けて大きく深呼吸をすると、筋肉の酷使で痙攣する腕をだらりと垂らす。普段から黒猫は長大で重い虎徹の扱いを体に記憶し続けてきたが、長期戦にはやはり不向きである。まともに振るえない武器では出来る事も限られて、それが足枷になるのであれば最早本末転倒と言える。

 依然挑み来る男は黒猫が虎徹を手放したのを見て、勝機を確信したように殴り掛かった。力尽きた相手に留めを刺す、ストレスの溜まった体が達成感に震えるような喜びが男を掻き立てているのかもしれない。

 攻略の兆しが見えなかった敵が不意に見せた隙に、遠慮なく拳を叩き込む男。黒猫は回避も防御も捨てて、男の拳を顔面で受け止める。咥えていた煙草を落とした黒猫は力の流れに逆らわず後ろへ倒れる体の運動で、渾身の一撃を放つ男の意識外から前蹴りを見舞った。

 幾重に重なる死体の山をクッション代わりに倒れ込み、思わぬ反撃にふらつく男の足元を蟹鋏で絡み取る。後頭部を強打した男はあっさりと事切れた。顔面に食らった一撃の返礼に落とした煙草を男の額に押し付けて消す。


 汚れた体を洗い流すには弱い小雨が、クラシックカーの照らす光に乱反射していた。

 限界に近い体力を殺意で焚き付けて、黒猫は立ち上がる。狂気は伝染していつの間にやら彼は目的すら忘れかけていた。ホテルで感じた薔薇の香りに少なからず影響を受けていたのかもしれない。

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