第79話:新しい命
程なく、オーガスタスがポーリーンを迎えに来た。
「ポーリーン」
「あっ、パパね」
「いきなりどこに飛んでいくんだ」
慌てているオーガスタスに、ポーリーンは抱き着き、無邪気に甘える。オーガスタスが眉を潜めて、困り顔になる。
「一人でぱっと走ってはいけないよ」
「はーい」
返事だけは真っ直ぐで愛らしい。
二人は手を振って、先に会場に戻っていった。
(あんな風だから、怒るに怒れない子なのよね)
フレディが私をむかえに来てくれる。
「疲れているの」
「少しね」
式と披露宴の気疲れか、妊娠による倦怠感かは区別がつかない。
どちらにしろ、招待して来てくれた人に、元気のない顔は見せられない。
私は頑張って立ち上がった。
「大丈夫」
「もちろん」
手を取って、会場へ戻る。薄暗くした会場に再入場すると、柔らかな音楽と、静かな拍手が迎え入れてくれた。
キャンドルを持ち、各テーブル席を回る。祝いの言葉を受け取り、来てくれた招待客へ安寧を伝え、テーブルの中央にあるローソクに火を灯していく。
「おめでとう。新しい家族の誕生ね」
「おめでとう、今日のよき日に幸あれ」
「これからも、新しい家族と幸せにね」
お祝いの言葉になにか深い情感が込められている気がした。
(なんだろう、気のせいかしら……)
訝しく思いながらも、祝われているのは変わりないので、気のせいだろうと違和感を押しやった。
会場をざっと見回す。
子どもたちと兄夫婦が座るフレディの家族席に、ポーリーンもちゃんと座っていた。無事戻っていてほっとする。
私たちが近づくのを今か今かと待つ彼女。徐々に近づくと、そわそわし始める。
そんなポーリーンが可愛くて、声をかけようと彼女の後ろに立つ。手がぱっと伸びて、私のお腹に触れた。
見上げた彼女は、くったくなく笑う。
(ポーリーンには伝えているものね。仕方ないわ)
そう思っていたら、隣のオーガスタスが言った。
「ごめんね、ルーシー。小さい子に秘密というのは、とても難しいものなんだ」
えっと顔を上げると、ポーリーンの隣に座るオーガスタスが苦笑している。フレディの家族席に座る顔ぶれの笑顔も生ぬるい。
(まさか……)
私はさっと青ざめ、続いて、一気に赤くなった。
「おめでとう、ルーシー。フレディ。そして、新しい命にも」
オーガスタスの言葉に、フレディの兄夫婦が座る席から拍手が沸き起こり、それは会場中に広がっていった。
ああ、各テーブルを回った、あの生温かなおめでとうの正体は、ポーリーンがしゃべってしまった結果なのね!
引きつりながら、私はフレディを見た。
「初耳……」
ぽつりと呟いたフレディもまた、困った顔をしていた。
秘密にできない幼いポーリーンに明かしてしまったのは、私の落ち度です。
その夜は、宿泊施設に泊らせてもらった。
着替えて、すっきりとした私とフレディは、どっと押し寄せてきた気疲れに長椅子に体を寄せ合って座った。
今日の部屋は、王の間。
王妃の間よりグレードが上の特別室だ。
トリスタンの配慮によって、この部屋を用意してくれたという。
「驚いたよ。いつ、分かったの」
「十日前。その日に伝えようと思ったら、帰ってこなかったでしょ。生活しているうちに忘れて、結婚式が終わってからでもいいかなって思ったの。
黙っていたのは、悪気があったわけじゃないのよ」
「怒ってはいないからね、ルーシー。俺も一緒にいて気づかなかったわけだしさ」
フレディが寄り添う私の頭を撫でてくれた。
「ポーリーンにポロっと零したら、まさか会場中に広がるとは思わなかったわ」
「小さい子だからね。秘密の意味も分かっていないよね」
「そうよね。迂闊だったわ」
ポーリーンは手を繋いで会場に戻る間にオーガスタスに伝え、戻れば、母に言い。それは自然に兄夫婦に伝わり、後は流れるように、私の家族、招待客まで一気に広がったらしい。
子どもの伝達力は恐ろしいわ。
「無事に元気な子が産まれたらいいね」
「そうね」
お腹を両手でさすりながら、実感のわかない妊娠に、私は戸惑っている。
「困ったら、義姉たちに相談するといいよ。経験者だからね」
「うん、そうする」
折角、王の間に泊っても、初夜という雰囲気もなく、私たちは、寄り添って、私の不思議なお腹に触れながら、ゆっくりと眠った。
婚前交渉に祖母はちょっと眉を潜めたが、結果として、それはいい方向に転ぶ。
私の妊娠が分かった半年後に妃殿下の妊娠も判明したのだ。
待望の第一子であり、無事に生まれれば、世継ぎになる。待ち望んだ懐妊に、周囲はほっと息を吐いた。安定するまでは非公表として扱われ、無事に産まれると見込まれる時期をむかえてから、世に流布された。
人々も、王家の慶事に歓喜した。
私も子どもたちの乳母となる道が定まった。ジュリエット様の希望通りだ。半年差で生まれるとなると、二人は乳兄弟となるだろう。
「私の夢が叶ったわ」
美しいかんばせで、ジュリエット様は華やかに微笑んだ。
産み月の二か月前に私は産前産後の休暇をもらった。
復帰は、ジュリエット様が出産した後になる。私の休み期間は約七か月の予定だ。
その休暇期間、伯爵家に戻った方が良いと、フレディから言われた。
二人の義姉による六人の出産、その後の経過も見ている彼の助言に私は素直に従った。
出産も大変だが、産後もまた、大変らしい。気持ちも不安定になるそうで、周囲に助けてくれる人がたくさんいる方がいいのだと言う。
適度な運動はいいけど、とにかく、無理はしないようにとくぎを刺される。
意外とフレディが細かくて、驚いた。
多分、心配し過ぎているだけよね。
その七か月の間、時々、フレディも伯爵家に来てくれて、泊った。
家族も夫を歓迎し、特に父は母と私に押されっぱなしであったため、フレディが来てくれてうれしそうだ。
家族仲が良いことは、生まれてくる子どもにとって何よりも代えがたい財産のように思えた。
出産に合わせて、赤ちゃんの衣類や、お世話で使う道具、ベビーベッドなどを取りそろえていく。何を用意したらいいかは、義姉二人に教えてもらった。経験者が傍にいることがとてもありがたい。
第一子は男の子だった。
伯爵家では久しぶりの男児誕生に、びっくりした。
妊娠の経過も良いし、私も楽そうにしていたので、てっきりみんなまた女の子が産まれると思っていたのだ。
男児が産まれ、父は、同志を得たような本気の喜びを見せ、私は父の意外な一面を半ば呆れつつ見守ることになった。
フレディは姪っ子や甥っ子の誕生を見ているためか、我が家のなかで一番落ち着いていた。
これからが大変だ、と一人ぽつりと呟いていた。
私は伯爵家で、ぬくぬくと赤ちゃんと一緒に暮らして約半年が経過した。
フレディから、ジュリエット様が産気づいたという知らせを受け、私は動き出す準備を始めた。
妃殿下は一日がかりで男児を出産した。
世継ぎ誕生と、城内が浮足立ったよとフレディから聞く。
ジュリエット様が出産され、私は一時的に城に移り住むことになる。
妃殿下の部屋のとなりに、部屋を用意していただく。
食事もジュリエット様と一緒に食べ、子どもの世話と寝るだけの生活を三か月続けたある日、私は、ジュリエット様と、赤ん坊二人を抱き、城の奥へと向かった。
限られた人しか入れない部屋に案内されると、そこにいたのは寝たきりの現王、アルフレッド殿下の父君がいらっしゃった。
ポーリーン、一生言われ続けるんだよね、この手の失態って……。と、思って書いていました。
いつもお読みいただきありがとうございます。