第77話:指輪を求めて宝飾店へ
次の休日、人でにぎわう大通りを私はフレディと手をつないで歩き、宝石店へと向かっていた。
「ねえ、どこの店に行くのか決めているんでしょ。どんな高級店に連れていかれても驚かない心づもりはできているわよ」
「意気込んでいるところ、悪いけど。今回は近場で探すつもりなんだよ」
「それって、どういうことかしら」
「良さそうな店、例えば、ここら辺で一番賑わっている店にふらっと行こうと思っている」
予想外の答えが返ってきて、気構えていた私は脱力する。
「ええ~。朝からこっそり夢想して、心の準備をしていたのに無駄になるの~」
「ごめんよ。
たまには、ふらっと入った店で気に入った品を選ぶのもいいかなと思ったんだ。本来の俺は、ただの下級文官の平民なんだからさ」
「表向きはでしょ」
「サプライズで贈って驚かすこともできるけど、インスピレーションで選ぶのも楽しいよね」
「じゃあ、今日は、私の好きな品を選んでいいの?」
「もちろん。店に並んでいる品なら、値段を気にしないで、好みで選んでよ。
たまには、こういう衝動買いも楽しいだろう。
指輪と思っていたけど、ネックレスでも、腕輪でも、髪飾りでも、好きなのを選んでくれてかまわないよ」
「なんでもいいの」
「うん。
正式な、婚約指輪や結婚指輪は後日、伯爵家に人を呼ぶか、パールの店の一室を借りて選ぼうよ。それにはちょっと準備が欲しい」
こうして、私たちは目についた店に入ることにした。
一般客の出入りが激しい、通りにでんとかまえる大型宝飾品店だ。宝石だけでなく、身につけるアクセサリー全般を扱っている。
入ってすぐは、安価な商品が並ぶ。どんな客層でも、購入しやすいネックレスや髪飾り、耳飾りなどの既製品が整然と陳列され、客は各々眺めたり、手に取ったりしている。
少し奥に行くと、ガラスケースに入った金や白金、銀など、高価な素材を使った宝飾品が並ぶ。あしらわれている宝石も、ダイヤモンドからルビー、サファイア、エメラルドなど種類も豊富。
精密な時計も並んでいる。
ここまでくると、人は少なくなる。にこやかに笑みを浮かべる身なりを整えた店員が入り口側の倍は立っており、彼らは一様に白い手袋をしていた。
私はケースを一つひとつ眺めながら歩く。
どれもきれいにカットされて、つつましやかに飾られていた。
こういうところに出入りする機会も意外と少なく、並べられている品を見ていると心がうきうきしてきた。キラキラ輝く品は見ているだけなら、これほど楽しいものはない。
フレディも、私の後ろから各商品を眺めている。
(値段は気にしなくてもいい、と、言われてもねえ)
やっぱり気になる。
品の手前に小さく添えられたカードを見れば、私の給料に匹敵する値段や、倍、または数倍の品もあった。
それ相応の値段ばかりだ。ははっと、乾いた笑いがこみあげてくる。
振り向くと、フレディは別のガラスケースを覗いていた。近づき、一緒に覗くと、時計が並んでいた。
「時計、好きなの?」
「そうだね。指輪よりは興味あるかな」
「買うの?」
「迷ってる」
私の指輪に時計もとなれば、どれだけの金額になるのだろう。うーん、一般客にはつらい金額じゃないかしら。
「ルーシーはなにか気になる品はあった?」
値段の方が気になって、決断できていませんとも言えず、視線を泳がせてしまう。
その時、横から「失礼ですが」と声をかけられた。
振り向くと、初老の男性が立っている。
「人違いかもしれませんが……。もしや、フォーテスキュー家の方では、ございませんか」
フレディを見ると、一瞬天井に視線を投げて、おどけた表情を作っていた。ばれちゃった、という顔に見えた。
すぐに真顔に戻り、声をかけてきた男性と向き合う。
「はい。フォーテスキュー家三男のフレデリックと申します」
「ああ、やはり。先日の夜会で階段を降りられて来た姿を拝見しており、もしやと思いました。私はここの会長をしております。あの時、ご挨拶できず、残念に思っておりました。
隣の方は、夜会の時に一緒にいらした方でしょうか?」
「はい、私の婚約者です」
それからしばらくフレディと男性は和やかに言葉を交わす。
店の創業期にはフレディの実家にお世話になったなどの話から、なにをお探しでという話題にうつり、指輪を求めていることを伝えると、とっておきの宝石があると誘われた。
見るだけかもしれませんよと断りを入れて、私とフレディは上階への案内を受ける。
上階は、オーダーの品など、特注品を受ける個室が用意されており、路面に面した踊り場には、さっきより厳重に保管される宝飾品がガラスケースに入れられ飾られていた。
そこには、店員だけでなく腰に剣を佩く警備の人までいた。
私たちは個室に通された。二人きりになって、ひそっとフレディに話しかける。
「どうするの、フレディ」
「好みの石があったら言ってよ」
「こんなフロアの個室に通されたのよ。下の比じゃない品が出てくるはずじゃない。いいの、ねえ、いいの、フレディ」
「いいのって……。いいよ」
「私が欲しいと言ったら、なんでも買うつもりなの」
「もちろん」
「値段だって、下でさえ私の給料、または給料の数倍はしているのよ。ここなら、年収分、最悪、数年分の年収になるかもしれないじゃない」
「それなら、婚約指輪にすればいいんじゃない」
「軽く言わないでよ。心積もりができてないわ」
「あれ、今日最初に、心構えはできているって言ってなかった?」
「今日は大丈夫だと思っていたら、全部忘れちゃったわよ。
こんな個室にいきなり通されて、どれだけすごい品を見せられるか、今から、怖くて、足が震えているわよ」
「困ったね、ルーシー。やっぱり、いつもの感じになってしまったね」
不安を訴える私に、フレディは苦笑するばかりだった。
個室にて私たちは数種類の宝石を見せてもらった。
どれも高価な品だと分かるけど、それがどれくらいの値段の品かは分からなかった。
宝石と一緒に、台座のカタログも持ってきてくれた。それを参考に、好みのデザインに仕上げることができるという。
数種類の宝石をぱっと見て、一番印象に残ったのは、楕円にカットされた深緑に輝く石だった。角度によって少し色味が変わるようだ。
じっと見ていると、フレディに気づかれ、迷いながらもそれに決めた。
その宝石をセンターストーンにするならといくつかのデザインをすすめられて、フレディと一緒に決めていった。
選んだ宝石は、多色性柘榴石。
自然光やランプ、蝋燭などの光源によって、深い緑から鮮やかな赤まで色味が変わる希少石だった。
フレディと一緒にいて、ただの買い物で済むわけがないと身に沁みたけど、好きな宝石に好みの台座を選べたのは、嬉しかった。
大型宝飾店を出る間際、既製品が並ぶ棚を眺めながら歩いていた私は足を止めた。
なんの変哲もない、ただのバレッタとネックレスが目に留まった。
金メッキに小さなダイヤモンドがあしらわれているバレッタ。さっき上階で見せてもらったダイヤよりカットも荒いし、砂粒のように小さく、輝きもない。
黒みがかった銀色のネックレスは、銀や白金よりも安物の素材だ。先端に月形のモチーフがあり、小ぶりな真珠が一つ埋め込まれている。
どこにでもあるような、何の変哲もない既製品なのに、私は引き寄せられるように、それらを手に取った。
まじまじと見つめる私の横にフレディが立つ。
「どうしたの、ルーシー」
「これ、買っていい?」
「これを?」
「そう、これが欲しい」
私はフレディをじっと見て、お願いした。
「この二つ買ってくれる?」




