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令嬢騎士と平民文官のささやかななれそめ  作者: 礼(ゆき)
『令嬢騎士と平民文官のささやかななれそめ』長編版
85/90

第75話:同居はじめ

「ルーシー、荷物はこれですべてなのか。割と少ないね」

「うん、そう。一時的な住まいだと思っているし、寮住まいの時に運んだ分をそのまま持ってきただけなの」


 最後の荷物を持って、フレディの家に入った私は、どっこいしょと床に鞄を置いて、背筋を伸ばした。


 夜会が終わり一週間後。今日から私はフレディの家で暮らす。


 なんだか、結婚したみたいで面映ゆい。

 ざっと部屋を見回した。


(ちょっと狭い? あっ……)


 部屋の角を仕切るパーテーションがある。そのせいで、この前、遊びに来た時より少し狭く感じたのだ。

 仕切りで区切られている一角にフレディが向かう。

 扉の鍵を閉めて、靴を脱ぎ、荷物を抱えて、私は追いかけた。


「ここがルーシーの空間。自由に使って」

「こんな部屋を用意してくれたの」

「うん、棚も自由に使ってね。仕切りがあった方が、落ち着くだろう」


 その四角い内側にはシングルのベッドが一つあり、パーテーションがない部屋側に、腰高の家具が置かれていた。家具の内側半分が棚になっており、自由に物が置けるようになっている。もう半分にはポールが渡されており、ハンガーがかかっていた。


「いいの、家具まで用意してもらって……」

「女の子なんだし、着替えも含めて、見られたくないこともあると思って、こうしておいた。不便だったら、出来る限り応じるから言ってね」

「ううん。ありがとう」


 こんな準備をしておいてもらえるとは思わず、ちょっとびっくりした。

 フレディが、棚に荷物が入った鞄を置いた。それに私も習う。


「次に、水回りの使い方とか案内するよ。ゴミの扱いとかさ。基本的な暮らし方だね」

「はい、よろしくお願いします」

「一緒に暮らすんだから、くつろいでよ。家では訓練なんてしないよ」


 フレディは苦笑し、私は緊張も相成って、頬が急に熱くなった。





 一週間もすると、フレディとの暮らしも慣れてきた。

 朝食を食べてから、家を出るまでは一緒で、登庁してからは別々に行動する。昼時に、たまに彼が働く殿下の執務室に顔を出す。この辺の習慣は変わらない。

 

 一緒に暮らして分かったのは、フレディの寝起きは良く、私の方が寝坊助だったこと。

 朝ご飯できたよ、と起こされることしばしば。


「もうちょっと早く起きないとね……」

 

 なんて、言いながら、作ってもらった朝食をもそもそと食べる。

 これがまた美味しい。憎いわ。失敬にも、寝坊助万歳と思えちゃう。

 気にしない様子で新聞を読むフレディが、二割増しで美化して見える。 顔周りなんてキラキラと光の粒子が飛んでいるようだわ。

 餌付けの効果は絶大だ。五割増しで相手が素敵に見える。

 このままだと、いつか、フレディを見ているだけでお腹がいっぱいになりそう。

 錯覚に見惚れている私の視線にフレディが気づく。


「どうしたの、ルーシー」

「なんでもないです!」


 かっと熱くなった顔を隠すように、お椀をもたげ、かき込んだ。一気にやりすぎてむせてしまう。フレディに心配され、ちょっと困った。



 夜は私の方が早く帰る。

 フレディの家から使用人が数日おきに来てくれて、部屋はいつもきれい。来てくれた日は、夕食まで作り置きしてくれている。とてもありがたい。


 夕食はそんな作りおきの料理を食べたり、自分で簡単に作って済ませる。その後、片づけて、寝る用意をする。

 フレディは、その最中に帰ってくる時もあれば、真夜中に帰宅することもある。遅くなる時は、私は先に寝てしまう。


 すれ違う平日が重なり、なかなか互いの時間がとれないように見えて、休日は誰かが調整してくれているのか、二人いつも重なっていた。


 一緒に街中を歩いたり、必要な買い物をして過ごす。他愛無い会話を通して、互いの理解が深まってゆく。

 なんだかずっと一緒にいるような気がしているけど、実際はまだ出会って数か月なのだ。


 連休のうち一日は、海や山へ遊びに行った。

 一人暮らしを始めてからフレディは遠出をしなくなったそうだ。

 マシューと一緒によく出かけていた経験から色々提案すると、フレディはすぐに行ってみようと同意してくれる。


 マシューと一緒に出掛けた場所を訪ねても、来たことがあるなあと思う程度の感想しか浮かばなかった。過去はすでに過去であり、訪ねた場所は、新たにフレディとの思い出に塗り替えられた。


 別れを切り出される半年前から疎遠になったマシューとも、それ以前は楽しい付き合いができていたのだ。


 そう思えるのも、フレディと一緒に暮らす今の生活が楽しいからかもしれない。すべての過去が得難い思い出になった。



 

 ある平日最後の日、明日はどうしようかなと思って、風呂場から出ると、フレディが帰宅していた。


「あら、早いのね」

「うん、今日は早くすんだんだ」


 上着を片づけ、台所に立ち、火をかけた鍋のスープを混ぜている。

 私は彼の横に立ち、やかんに水を入れ、火にかけた。


「私はお茶を用意するわ」


 茶葉は、母が持たせてくれた祖母が手掛ける一級品だ。ティーポットにざっと二匙入れて、湯が沸くのを待つ。

 台所で隣合い、それぞれの手仕事をこなしつつ、話す。


「今度の休み、宝石店に行こうか。そろそろ指輪を用意しよう」

「そうね。入籍の日も決めないと。試験の申込前には、必要なんでしょ」

「うん。書類一枚出せばいいのだから、さっさと済ませればいいのは分かっているんだけどね。それだと、誠意がなさそうで嫌だなと思ってさ。

 せめて、指輪の一つでも贈った後にしたい」

「気にしないのに……」

「一生に、何度もあることじゃないんだから、いいじゃないか。

 宝石店も、一人で行って用意してこようかと思ったけど、前にレッド・ベリルを贈ってルーシーに泣かれたことを考えるとね。

 一緒に店に行って、好きな指輪を選ぶ方がいいかなと思ったんだ。もう少し広ければ、店に直接来てもらうこともできるけど、ここは狭いしね。

 実家でとも考えたけど、子どもたちがいるからさ。難しいよね」


 話しながら夕食の準備を終えたフレディと、お茶を淹れ終えた私は、テーブル席に向かう。

 フレディは黙って食べ、私はお茶をゆっくりと楽しむ。

 

 この静かな一時が好きだ。

 

 屋敷にいれば、何もかもしてもらえるけど、こんな寛いだ時間を共有できるのは、適度に狭く、誰もいない空間のせいかもしれない。


 食べ終えたフレディが、お皿とお椀を横に避けて、私が淹れたお茶が入ったカップを手にする。


「ねえ、ルーシー」

「なあに」

「そろそろ、一緒に寝ないか」


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