第71話:寝て、起きて、食べさせてもらう
あーんと口をあけると、小さめに切られたお肉が口に入る。
今だけの特別なんだからと誘惑に負けた私はフレディに食べさせてもらっている。
傷つき回復に努める身体には、それなりの癒しがあっていいのだと、甘えることを私は私に許してしまった。
(美味しいものを食べさせてもらうって、楽しいかも……)
もぐもぐしていると、兎にでもなった気分になる。
食べ終えて、あーんと開けると、また一口大のお肉が入ってくる。
ぼんやりしていても、食事ができることが楽過ぎて、たまらない。
両手をぐーにして机の端に添えて、もぐもぐしていると、まるでポーリーンぐらいの子どもになった気がしてくる。
フレディを見てると、自分の食事をしながらも、適時、私の食べる速さに合わせて、肉を切って、口に運んでくれる。
「美味しい」
と、あやされるように聞かれて、うんうんと頷くのもなんか気分が良い。
ポーリーンの扱いは、ウェンディとパトリシアで慣れていると言っていた気がする。
食事の席でも、ポーリーンに優しかった。
(小さい子の扱いになれているというか……。こんな風に接してくれたら、ポーリーンが王子様とフレディのことを言うのも、分かる気がするわ)
フレディは、至れり尽くせりしてあげるのは嫌いじゃないのかも。ただ、やってやってと過剰にねだられるのが嫌、……ということは、調子に乗られるのが好ましくないということよね。
そっか。
今はいいとしても、戻ったら、気を引き締めないとね。
もう一度、あーんと口をあけて、一口大のお肉を頬張った。
「ねえ、ルーシー。今日、俺もここで寝ていいかな」
飲み込もうとした肉が喉につかえた。
ごほごほとむせると、フレディが水をグラスに注いでくれた。
「……ごめんなさい、今なんて」
「俺も、ここで寝ていいかな」
「あっ、あの、真向かいがフレディの部屋でしょ。べつにここに寝なくてもいいはず……」
きゅーんと寂しそうな顔になる。
やめて! 優しそうな顔からその顔への変化は見ていられない。
「ルーシーが心配なんだ。俺はここの長椅子で寝るから、ルーシーの睡眠は邪魔しないと誓うよ」
「だめよ、だめ。フレディだって、椅子に寝たら疲れてしまうわ。私も一人でゆっくり寝たいもの!!」
過保護、いらない!
長椅子に寝るからと言われても、一緒だと落ち着かないわ。そばにいると思うだけで、ドキドキする。ここにいると思うだけで、緊張して寝にくいわ!
「ごめんなさい。こればかりは勘弁してください。
まだ婚約もしてないし、両親に同居の許しも得てないし……」
「ルーシー……、俺の家に今すぐにでも転がり込みたいと言っていたのに……」
言い訳をしてたら、とんでもないブーメランが跳ね返ってきた。
確かに私はフレディに言っている。今すぐ転がり込みたいと……。
ああ、もう。こんなところで、引き合いにださなくてもいいじゃない。
それはそれ、これはこれと、下手に言い訳をしても……、言い負かされそう。
「……、長椅子に寝るの」
「そのつもり。回復が一番だから、ルーシーの安眠は妨害しない」
「長椅子は寝ずらいわよ」
「殿下の執務室で遅くなった時の仮眠は、いつも長椅子なんだよ」
ああ、慣れているから、大丈夫と言いたいのね。
流されてゆく私が憎い。
フレディから目をそらし、ギュッと目をつむり、拳を握った。
「自室のベッドが良かったら、戻っていいんだからね」
これが精一杯の拒否。情けないわ。
夕食を終えた頃、給仕が片づけに来た。
王太子夫妻も顔を出してくれた。
痛みも和らいできており、食事もとれている。夜ゆっくり寝たら、明日にはよくなっていると思うと伝えると、二人とも破顔し、喜んでくれた。
給仕と王太子夫妻が退室し、フレディも寝る用意をしてくると出ていった。
(本当に、ここで寝るつもりなの?)
ベッドの上でもぞもぞしてしまう。そわそわして、落ち着かない。
はやまったかしら。
それとなく、断れる?
無理だわ。
あの、フレディを言い負かして、出ていかせるなんてできる気がしない。
平生は優しそうな顔をして、断ろうとしたら途端に寂しそうにするのよ。
無理よ、無理。
負けるわ。負けちゃうのよ。
そもそも……。
そもそも……。
一緒にいたいのは、私も変わらないから……。
だから、断れないのよ。
私も一緒にいたいんだもの。
……、情けない。
ずーんと落ち込んで、膝を折りまげて抱えたいけど、傷が痛むと思うから、曲げれない。脇腹にある刺し傷に、行動が慎重になってしまう。
寝る時だって、傷を上にした横向きか上向きで寝ているのよ。
(どうしよう……)
一緒に暮らしたいと言っていながら、同じ部屋で寝ようと言われるだけで、こんな風に恥ずかしくて、落ち着かなくなるなんて、情けないわよね。
悶々としていると侍女がやってきて、長椅子に掛布と枕を置いていった。
(ああ、引き返せないわ……)
一人で青くなったり赤くなったりしていると、再び扉が開いた。
着替え終えたフレディが部屋に入ってきた。
ぶあっと体が強張った。訝られないよう、深呼吸して、緊張を逃す。
フレディは男性用の寝衣を着て、長めの薄いカーディガンを羽織っていた。
この人、本気なんだ……。
優しそうで、清々しい表情のフレディを私はどう受け止めたらいいか分からない。
「お待たせ、ルーシー」
「……」
「昨日の今日だから、早めに寝た方が良いよ。寝られるかい? 横になるの手伝おうか」
「大丈夫、慎重に動けば、一人でも横になれるわ」
気にしても仕方ない。今日は早めに寝よう。
明日、太陽が上れば、朝日を浴びて、清々しいはず……。
横になって、フレディを見上げた。
いつもの優しそうな表情で、掛布を私の肩までかけてくれた。
「ゆっくり、お休み。ルーシー」
そう言うと、私の前髪を持ち上げて、額にお休みのキスをしてくれた。
ポーリーン並みの子ども扱い!
長椅子に向かおうとするフレディの袖を、手を伸ばして掴んだ。
急に引っ張られて、フレディの動きが止まる。
「ルーシー?」
「……」
フレディがちょっとだけ、憎い。
「寝るまで、そばにいて……」
遠くにいたらいたで、気になって、眠れないのよ!
口が裂けても言えないけど、これが本音。
二度瞬きをしたフレディはすぽんとベッドに腰をかけた。
「うん。じゃあ、寝るまで、ここにいるよ」
そう言って、フレディは私の頭を、その大きな手でくしゃくしゃと撫でてくれた。




