表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
令嬢騎士と平民文官のささやかななれそめ  作者: 礼(ゆき)
『令嬢騎士と平民文官のささやかななれそめ』長編版
74/90

第64話:希望を噛みしめた直後

 言葉は誰かに気持ちを伝えるためにとても大切だけど、ちっとも役に立たないことがある。


 安心して、と言っても、相手の心が整っていなければ、通じない。

 私がどんなに、フレディに不安にならないで、と言ったって、彼が選ぶ心のあり様まで指示できない。


 事情を知るためには言葉は必要だ。

 状況を知るためには、説明してもらわないと分からない。


 それをどう受け止めるか。

 どんな気持ちを引き受けるかは、本人次第。

 言葉だけではしめせない。


 愛していると、言っても。

 信じてくれなくては、空回りになってしまう。


 私ができることは、私が無条件にフレディを信じることだけだ。

 広い心を持って、彼の不安も全部のみ込んで。引き受けて、受け止める。


 フレディを愛したいから愛するのであり、信じたいから信じるのだ。


 そこに、嫉妬とか、やきもちとか、疑いとか、なんにもない。

 

 愛は静かだ。




 

 唇を離して、もう一度笑んであげると、フレディが追いかけるように迫ってきた。

 びっくりした。

 目を見開いてしまう。


 のしかかるようにキスを返される。

 頬に添えていた手を彼の頭部に回し、目を閉じた。


 彼のするに任せる。

 呼吸するために、二度唇を離しながら、長いキスをした。


(バカだなあ。可愛いなあ)


 なんて、思っていた。

 年上の彼になにを思うのかって感想だけど、いたいけな少年を抱きしめて、撫でてあげているような気になっていた。


 少しだけ、贅沢を願う。

 フレディも同じ気持ちでありますように。



 


 フレディにも急ぎの用があり、ポケットから出した時計を確認し、「ごめん、時間がない。また、夕食の時にでも」と慌ただしく出ていった。


 残された私は、仕事の一環として来ているので、妃殿下の護衛としての侍女の衣装に着替え始める。


 服を変えながら、フレディとの出会いから反芻する。

 第一印象は良好で、デートしたら彼の持ち物に驚くあまり怖気づいた。プレゼントには仰天させられ、遅れて参加した夜会では家族のぬくもりに安堵した。滅多に泊れない部屋に寄り添う正装が飾られ、夕食を食べることも忘れるくらい緊張した夜を過ごした。次の日は、新しいワンピースとアクセサリーをプレゼントされ、我慢できなくて泣いてしまったのよね。フレディはどれほど驚いたことだろう。


 朝食を食べて、フレディの実家に行き、あたたかな家族愛に触れた。あの家庭の一員になれると思うと、嬉しくなる。

 二人の義姉あねをこれから、なんとお呼びしたらいいのかしら。

 またポーリーンに会えるのも楽しみだわ。

 男の子二人には、ちゃんと稽古をつけてあげよう。きっとすぐに私なんか足元にも及ばないぐらい強くなるわ。


 ほんの一か月前のことだけど遠い過去のようで、笑ってしまう。


 後日、伯爵家うちに運ばれた紫陽花のドレスに、祖母と母は昇天しそうになるほど驚いていた。披露宴で着るという理由がないと受け取れなかったのというと、それはそうでしょうと二人声を合わせて叫んだ。


 楽しいことがたくさんある。幸せなこともたくさん。


 そう言えば、熟れた桃の茶葉も最近、妃殿下はほとんど飲んでいない。どれくらい影響が残るかはわからないけど、避妊茶の効果は切れていくだろう。

 そうすれば、一年か二年で懐妊もありうる。


(そっか、私も急がないといけないのね)


 乳母になるためには、先んじて子どもを授かるか、同時に授かる必要がある。

 戻ったら、妃殿下の希望を祖母と母に説明し、フレディの一人暮らしの家に転がり込みたい。きっと一緒に暮らした方が、結婚式や披露宴の準備もしやすいもの。婚約も急がないとね。


 なにせ、フレディは忙しい。昼時に会えるといっても食事を挟めば、話せる時間は少ない。相談事があるなら、一緒に暮らすのが最適よ。

 家族を説得するための理由は十分あるわ。


 私はにやけながら、服を着替え終えた。

 このままの顔では、妃殿下の前には出られない。気を引き締めるために、頬を二度叩いた。


 妃殿下を迎えに行く。

 部屋では、殿下と妃殿下が寛いでいた。

 談笑を切り上げた妃殿下に案内され、移動する。さすが住んでいただけはある。彼女は城の内部はだいたい把握しているそうだ。


 向かうのは、アナスタシア様お気に入りの庭を眺められるテラス席。


 廊下の角が見えた。その角を曲がろうとした時だ。


 奥から人の影が差した。

 

 妃殿下の足が止まりかける。 

 現れる人にぶつからないよう、私も妃殿下の横で止まった。


 交差する廊下に私と妃殿下の影が落ちた。

 

 角から飛び出す人影が急に走り出す。


 私は異様な動きを見せた影に反応し、妃殿下を守るように身構えた。


 飛び出してきた人が、私たちの目の前で足を止める。

 

 小柄な人物は、フードを目深にかぶっていた。顔は見えない。濃紺のローブが閃く。覗いた衣類は女性ものだ。手には、小刀が握られている。

 フードから光る鋭い眼光は、私を通り越し、妃殿下を捕らえた。


 とっさに、私は一歩前に出た。

 彼女と妃殿下の間に割り込む。同時に、穴の開いたポケットに手を突っ込み、太ももに隠す小ぶりのナイフの柄を掴んだ。

 

 フード付きのローブを纏う小柄な不届き者は跳ねて、直進する。


 廊下から飛び出して、すぐさま前方の妃殿下に向かって跳躍する。そう動くと何度も考え、決めていたように、流れる動きだ。


 しかし、相手の動きは緩慢。夢想はしても、訓練はしていない。


 私の目には、ゆっくりと映り、無駄も多い。


 私は、ポケットから小型のナイフを抜き出した。


 訓練していない女性なら、十分だ。


 走り込んでくる相手のフードが捲れ上がる。


 露になった顔に私は目を剥いた。


 彼女は夜会で見た女性ひとだ。

 公爵が殿下に紹介したご令嬢。宰相である公爵家のお嬢様、上位貴族の公爵令嬢だ。


(なんで彼女がここに! しかも、妃殿下を狙うの!!)


 憎々し気な彼女の眼光に私はたじろぐ。それは一瞬の隙をつくる。

 

 体当たりで迫る彼女と真正面からぶつかった。 

 

 ぐっと腹に鈍い痛みが走る。密着したおかげで、捉えやすくなった。


 彼女の片腕を掴み、ひねりあげる。背に体重をかけて、床に押し倒した。頭をぐいっともたげ上げた彼女の首元に、ナイフの刃を添える。

 それでも暴れようとする彼女を、歯を食いしばって床に縛り付ける。

 痛みがじわっと腹にくる。

 

 刃が喉を傷つけることもいとわず、令嬢は叫ぶ。


「あなたのせいよ! あなたが私の未来を奪ったのよ!」


 なにを言っているの。

 令嬢が叫ぶ意味は不明でも、妃殿下を襲う者は誰であっても許さない。それが護衛騎士というものだ。


 妃殿下は口元を引き結ぶ。


 何事かと察した人々の足音が近づいてくる。

 

 ほっとした。力が抜けそうになったところで、横から複数の人の手が伸びて、令嬢を押さえつけた。


(よかった……)

 

 私は仕事をまっとうした。そう思うと、力が抜けた。倒れそうになったところを誰かに支えられる。

  

 誰かの怒声を遠く聞いた。


「大丈夫か!」

「誰か救護の者を呼べ。腹部からの出血が激しい」


 腹部の痛みはそのせいね。

 体当たりした時に、公爵家のご令嬢の刃が私の腹を刺したのだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ