第63話:彼の言い分、彼女の誓い
アナスタシア様の容貌は、ジュリエット様と双子かと思うほど、瓜二つであった。仰天する私は感情が表に出ないように気をつける。
馬車から降りた妃殿下は跪き深々と頭を垂れる。妃殿下に従う私も同様に挨拶した。
「顔を上げて、ジュリエット。久しぶりに会えて嬉しいわ。隣にいる方が、グレイス家のご令嬢、ルーシーかしら」
「はい。お異母姉様。今回は、私の護衛として彼女に来てもらいました」
ふふっとアナスタシア様が笑う。
その笑顔は、太々しく、ジュリエット様のような可憐さは微塵もない。
しっかりと地に足をつけて、立つ姿は、女王のような威厳を感じる。
(容姿は同じでも、中身が違えば別人に見えるものなのね)
衣装の違いだけでなく、態度や表情、言葉遣いからも見分けをつけるのは簡単そうだ。
「初めまして、ルーシー・グレイス。私はジュリエットの姉、アナスタシアです。ルーシーとお呼びしてもよろしいかしら」
「初めまして、アナスタシア様。名はご随意にお呼びください」
「会えて嬉しいわ。私の幼馴染の婚約者ですもの、今後もなにかと会う機会があると思うの。これからも仲良くしたいわ」
「はい」
満足そうに笑むアナスタシア様に、軽く礼をする。
言葉を選ぼう。表情を露にするのも控えよう。余計なことに首をつっこまないように気をつけないと。
「ジュリエット、今日はゆっくり休んでね。忙しいのは明日以降よ。
後ほど、茶席を設けるので、落ち着いたら、庭を一望できるテラス席にきてちょうだい。もちろん、ルーシーも一緒よ」
「はい、お異母姉様」
ジュリエット様の返答に合わせ、私も一礼する。
異母妹に対し、横柄でなくとも、立場をわきまえるように促す威光は、すでに女王の貫録を備えている。
ジュリエット様の話から推測すると、彼女は次代の世界を治める中心になるのだろう。
生まれながらの君主。そんな印象が残る。
踵を返し、立ち去ってゆくアナスタシア様の背を見送る。
この方が、フレディを好きだったのね。
輝く女王の横に、穏やかで優しそうなフレディは月のように寄り添うのではないかしら。
急にフレディが遠い人のように感じられた。
表向きは平民でも、ひっくり返せば、世界を統べる一族の末席にいるフレディ。次代を統べる公主の伴侶として候補に挙がっている過去を思うと、ますます立場違い、身分違いを痛感してしまう。
アナスタシア様はすでにご結婚されているという。伴侶のいる相手にやきもきする必要はない。
結婚していてくれて本当に良かった。
そうでなければ、無用な猜疑心の沼に落ちてしまいそう。
胸を張ってよう。
後ろめたいことも、臆することも、ないのだから。
「さあ、行きましょう」
掛け声とともに歩き出したジュリエット様に従い、城へ入る。入り口で迎えてくれた侍女に案内され廊下を進む。先んじて到着していたフレディや殿下と部屋で合流した。今回、フレディは殿下の従者として来ている。
ジュリエット様は殿下と同室。広い宿泊室は、先日泊まった王妃の間より広く、調度品も歴史を感じさせる品が多かった。
周辺諸国の文化も混じりながらも統一感ある内装になっており、トワイニング公国の立ち位置を示すようだ。
外から見たら静かで地味でありながら、内側に入ると、途端に豪奢な一面が現れる。訪れる者に威光を見せつけ、君主の威光を暗黙のうちに植え付けるようだ。
女官姿から侍女姿に着替えるために王太子夫妻に挨拶したのち、フレディとともに退室した。
彼と私の部屋はそれぞれ別。夫妻が宿泊する部屋の隣に向かい合わせで用意されている。
ちょっといい、とフレディに声掛けされたので、部屋に招き入れた。話したいこともある。上手く話せるかは分からないけど。
部屋の扉を閉め、廊下から距離をとる。部屋の真ん中で彼と向き合った。
「アナスタシア様と会ったの。ジュリエット様から、フレディの事情も聞いたわ」
「そっか……」
大事なことから切り出した。フレディは苦笑して、二度瞬きをする。
「先に言いたい。
アナスタシアとは、もうなんの関係もない。彼女は結婚し、俺との縁は切れた。
今はルーシーだけだ。アナスタシアがどう出ようとも、俺の気持ちは揺らがない」
「そういうことじゃないの」
「意気地なく、一月もの間、二人きりになっても、話せずにいたことは謝る。最後の最後で、ジュリエットに丸投げしてしまったことも。
それでも、ここに来る前にすべてを伝える必要があるとは思っていた。
俺の口から、伝えられなかったこと。それだけは謝罪する」
いつになく早口のフレディの手を握った。
アナスタシア様を見て怖気づき、一抹でも不安を感じた愚かさを恥じる。彼女のことで自分がどう思われるのか心配し、苦しかったのはフレディだろう。
マシューの存在をフレディに知られ、彼にどう思われるのかを心配した私と一緒。
知られたからって、なにも変化はなかった。以降、彼のことなんて話題にも上っていない。
アナスタシア様のことだって、同じだ。
「いいのよ。気にしていない。言いにくいことはあるもの。それも分かる。
フレディが好きよ。愛している。
アナスタシア様とのことは過去のことでしょう。彼女の存在を知っても、私は変わらないから」
「彼女には、より良い伴侶がいる。俺とはもう関係はない。残っているのは腐れ縁だけだ」
フレディが私を抱きしめる。
あったかくて、くすぐったい。
フレディの首筋に腕を伸ばした。つま先立ちして、頬に頬をすり合わせる。
「過去は過去よ。大切なのは今。
アナスタシア様の後光は眩しいけど、それは君主としての威光だわ。
恐れを抱くのは、内包する魂の強さを垣間見てのこと。あなたへの想いとは混同しないわ」
不安にならないから安心して。
フレディを疑ったりしないから安心して。
黙っていたことを怒らないから安心して。
終わったことを蒸し返すほど愚かじゃないから安心して。
言いたいことはたくさんあるけど。
言葉では十分に伝えられる気はしなかった。
「アナスタシア様とのことを私に知られることが怖かったとしても、私はちっとも気にしないわ」
マシューのことを勘づいたフレディが私に言った台詞と同じ。そっくりそのまま、フレディに返すことになるとは思わなかった。
フレディにはフレディのしがらみがあるのだろう。それを重いと感じることもあるのかもしれない。
私や私の伯爵家に迷惑をかけないように一人ですべて背負う気概もあるようだけど、そんなことをさせるつもりもない。
子どもがいて、守る存在ができても、祖母や母も健在だ。うちもフレディの実家に劣らないぐらいの精神的な基盤はある。
なにがあっても守ることはできるはず。
なにを言っていても、結局、私の夫を見捨てるなんて、伯爵家はしないわ。
「私がフレディを信じることに、あなたのあり方は関係ない。私がただただ、無条件にあなたを信じるだけよ」
両手を彼の頬に寄せた。
フレディが二度瞬きする。
笑んで、私から口づけてあげた。




