第61話:妃殿下の生い立ち
「ご実家でも話は聞いているかしら」
「はい、王家とトワイニング家、ひいては、フォーテスキュー家の関係。もちろん、我がグレイス家と王家の建国からの関係と、将軍がなぜ不戦を貫き職を辞したのかという経緯あたりは伺っています」
「おおよそは聞いているとしても、近年のことは知らなくとも無理はないわね。将軍が退いて以降、グレイス家は蚊帳の外ですもの」
がたごとと馬車が揺れる。私と妃殿下が向き合い小声で話しても、馬の蹄が地を蹴り、馬車の車輪が地を擦る音でかき消える。馬車内は密談には丁度いい場所だ。
これから大事な話が始まるのだと思うと、身震いする。
「これから話す主たる内容は二つ。
一つは私の出生と、王太子妃になった経緯。
もう一つは、異母姉のアナスタシアについて。これはフレディからも話しておいてほしいと言われているの。
酷いわよね。自分から話せないからって、私に丸投げなんて。
殿下の執務室で二人きりの時間が一か月もあったのにね。本当に、どうしようもない意気地なしだわ」
面倒ごとを言いつけられた子どものように妃殿下が口をすぼめた。
不満を漏らす姿も、可愛らしい方。なんて、妃殿下の顔を堪能していたら、大事な話を聞き逃してしまいそう。
私はぱんと頬を叩いた。
「ジュリエット様。心の準備はできております。どんな話でも黙って、きちんと伺います」
「そんなに肩肘張らないで、ルーシー。
今回の訪問は、色々あるのだけど、主たる要件は私やルーシーには大きくは関わらないわ。
あなたがご実家で聞いた話の延長線上のことだけど、詳細は知らなくても大丈夫。というより、知らんぷりしていたほうがいいのよ。
言うなれば、貴族が力を落とし、商家が台頭する流れの一環であり、かといって、商家ばかり立たせるわけにもいかないので、貴族と商家で力の天秤をかけて行く話ですもの」
「はあ……」
私は妃殿下の語る内容がつかめず、間の抜けた返事をしてしまった。妃殿下が眉を寄せて、苦笑する。
「私たちのような末端は、知らない方が良いこともあるのよ。
それより、ルーシーに関わるのは異母姉のアナスタシアの方かもしれないわ。姉がどう出てくるか、私も予想はできないのよね」
斜め上を見て、呟く妃殿下。彼女の姉となれば、曲者で間違いないわ。
「まずは、アナスタシアお異母姉様とフレディの関係についてお話しするわね。
二人はつまるところ、幼馴染。
殿下も含めて、三人が同年齢ということもあって親しくしていたの。
異母姉は、トワイニング公国の公主とその正妻の長女であり、正当な後継者。私以外の兄弟はいないわ。
後継者である異母姉は、早々に婚約者選びをすることになったのだけど、大切な条件があってね。
それが正当な流れを汲む分家の男子という条件だったの。
フォーテスキュー家も分家でしょ。
兄二人はフォーテスキュー家を支える双璧としての立場があるので、自然とフレディが候補になったのよ。
王家は殿下しか跡取りがいなかったので、この時は除外されたわ。
他、公国内の分家から何人か候補がいたの。
でも、異母姉もフレディのことを気に入っていて、幼少期からの関係性もあって、周囲もフレディが本命と見ていたのよね。
知っての通り、フレディってあの容姿と資産を持ちながら、殿下の執務室に引きこもっている書類馬鹿でしょう。ああなったのも半分は異母姉のせいでもあるのよ。
でも、安心して。異母姉はすでに分家筋の男性と結婚しているの。フレディを取り合うなんてことにはならないから。
でもね。今回の集まりにルーシーは無関係なの。なのに、異母姉が直々に呼んだのなら、フレディの婚約者に関心を持っての可能性が高いからかもしれないわ」
「私に関心、ですか」
ちょっと怖い。
「恐れなくても大丈夫よ。
姉とフレディのことも、いきなり公国で異母姉に出くわして、なにか言われてちんぷんかんぷんも困ると思って予備知識として伝えているのよ。その他に他意はないわ」
「驚きました。フレディとアナスタシア様にそんな関係があったなんて思わなくて……」
確かに、これはフレディも話しにくいかもしれない。今は関係はないとはいえ、婚約者の候補に上っていたなんて。私がどんな反応をするか予想できなくて怖かった可能性もある。
私も、アナスタシア様とフレディの関係は知りたかった。知りたかったけど聞けなかったのだから、おあいこよね。
「次は、私の出生について。
これは、向こうで、急に話題にあがって驚くことになっても申し訳ないから、先に伝えておくのよ。フレディや殿下、私と関わっていくうちにいずれ知ることになるもの。
第三者から、ルーシーの耳に入るぐらいなら、私から告白したいのよ。
私と異母姉は母が違うの。
正当な流れをくむ異母姉と違い、私はあまり歓迎された子ではなくてね。姉と髪色と瞳の色が同じだから、囲ってもらえていたぐらいの立場なのよ。
私の母は娼婦でね。
私自身は、父の不義の子なの。
しかも、母は私を産んで、髪色と瞳の色をもって、トワイニング家に押しかけていったのよ。
髪色と瞳の色が姉そっくりで、トワイニング家の血を引いていると見た目ではわかっても、それが本当に父の子であるかまでは分からないでしょう。
公国には、公主の血縁者は沢山いるのだもの。平民にも、この色は紛れているわ。
ただ、否定できなかったのは、父が母と関係を持った記憶があったからなのね。私の存在があって、色々もめたようだったけど、赤子だった私はよく知らないわ。
母は私をたてにそれなりの待遇を求めたの。
異母姉一人しか子どもがいなかった父はやむなく、予備として私を囲うため母を受け入れたわ。
屋敷の隅っこで綺麗な暮らしができるだけで良かったのかしらね。大人には大人の事情があるようだけど、子どもの私はなにもわからないわ。知らない方が幸せなことも多いもの。
屋敷の隅っこで隠れ住みながら、フレディと殿下、異母姉の三人を私は働きながら眺めていたの。
母は働かなかったけど、私は下働きの手伝いをしててね。そうすると、ちょっとだけ食べ物を分けてもらえるからよ。
母と私は生かさず殺さずの食料しか配分されていなかったから、お腹が空いていたのよ。
それから母も亡くなって。私一人残された。
母が死ぬと、そのまま下働きとして滑り込んだの。私のような髪色や瞳の色をした娘が稀に見られることもあって、働く分には困らなかったわ。
侍女として住み込みで働くようになって、その最中に殿下に会ったの。殿下からの一目ぼれで、いきなり求婚された時は何事かと思ったわ。
殿下の方が私のことをよく見ていたらしいのですけど、私は身分の高い方程度の認識しかなかったのよ。
この時、初めて、公主の娘であることが役だったわ。
でも、やっぱりまた問題にもなってね。
色々すったもんだしたけど、私も公主の血を引く娘だから、この際、血縁関係強化のために、殿下の配偶者として私を送り出すことになったの。この時はばたばたしたわ。
貴族たちを弱体化させる流れに楔を打つ打算もあったのよね。
私は、家から出られることと、殿下と一緒にいられることで十分だったし。色々事情はあるんだけど、条件は全部飲んで、家を出たのよ」
「条件とは……」
「例えば、熟れた桃の茶葉覚えているかしら。あれはね、本当は、娼婦御用達の避妊茶なのよ。
あれを飲んでいると妊娠しないの」




