第60話:溶ける疑問と大切な話
トワイニング公国へ行けば、フレディとアナスタシア様の関係も少しは見えるだろう。
三家はつながりがあり、年に数度は顔を合わせていると思われると祖母から聞いた。憶測なのは、将軍が辞して後、トワイニング公国に呼ばれることがなくなったためという。
祖母の見立てを参考にすると、殿下も、ジュリエット様も、フレディもアナスタシア様も、幼馴染と予想できる。
そのなかで、フレディとアナスタシア様がどんな関係だったのか。
直に聞きたい気持ちと、今は関係がないようなら知りたくないという気持ちがせめぎ合っている。
彼がどんなに私のことを気になっていたと言っていても、遠目から見ていただけのようだし、実際に会ってからは十日も経っていない。
婚約結婚を前提に、隙間時間を見つけて会って話しているのに、不安を感じるというのもおかしいかもしれない。
フレディを見ていると、不安に駆られる。
彼がこの部屋に籠ってばかりいるから、他の女官や侍女たちの目に触れす、存在を知られていないだけで、仕事に勤しむ彼を見れば、本気になってしまう女性もいるんじゃないかって焦りが湧いてくる。
欲目かもしれない。
心配性なだけかもしれない。
彼の気持ちが別の誰かに傾くと疑心を抱いているわけではない。
婚約結婚しようと約束したことを偽りだと思っているわけじゃない。
アナスタシア様と過去にどういう事があっても、それは過去だとフレディが言うなら、それは真実だと納得する心づもりはある。
でも、どこか不安だ。
こんなに好きになって、今、フレディがいなくなったら、私はマシューの時より傷つくだろう。
だからって、彼を束縛するのもお門違いだ。
人の人生を縛ることなんてできないのだし、問題の根本は彼にあるのではなく、フレディを想う私の姿勢にあるのだから。彼を束縛しても解決はしない。
無用な心配を払しょくしたい。心配するだけ無駄だって分かっているのにわいてくる感情を拭い去りたい。
屋敷が遠いから一人暮らしをしたいというのは方便だ。私が、フレディの傍にいたいのよ。
家を出て、一人で暮らす彼の家に転がり込みたい。そんな、小狡い考えが私のなかにキラリと光っている。
「ルーシー」
フレディの顔が離れて、もう一度私の唇をついばんだ。
「よそ事考えていたでしょ。
こういう時に、俺以外のことを考えないでよ」
「そっ、そんなことない。いっつも、フレディがかっこよくて、どうしたらいいかわからないだけなんだからね」
余計なことを考えていたと見透かされ、かっと頬が熱くなる。誤魔化そうとして、早口になる。
フレディが私の頬を撫でながら、笑む。
「そう? なにか心配事でもあるの」
「それは……」
アナスタシア様とはどんな関係だったの。
なんて、正直には言えない。
「心配事なんてないわ」
「本当?」
「ないわよ。ただ、出勤が不便ってことだけ、どうしようかなって思っているだけよ」
さっきの会話を無理やり蒸し返した。話をずらして、アナスタシア様のことから私自身も離れたい。そうしないと、上手なフレディにするっと聞き出されてしまいそうだわ。
フレディが苦笑する。
「もう少し、実家にいてあげなよ」
「不便なのに?」
「そう、もう少しぐらい、一人娘でいてあげないと……、なんか可哀そうだなって」
「誰が?」
「ご家族が」
「お婆様もお母様も、フレディ自身にはなにも不満はないようよ」
「そのお二方は大丈夫だと思うんだけどね」
「他? お爺様とお父様? 大丈夫じゃないかしら。うちはいつもお婆様とお母様が仕切っているもの」
「うん、そう。その姿勢だよね。だから、もう少し家にいてあげた方が良いかなって。やっぱり、因果応報ってあるかもしれないし」
「なにが巡り巡ってくるの?」
「それは俺の問題だと思うから、ルーシーは気にしなくていいよ。いずれは一緒になるんだし、もう少し独身を楽しむ時期として気楽に過ごしなよ」
「そう……。どうしよう、家探しでもしようかしら」
「今は、妃殿下に同行する準備で忙しいだろ、行って戻ってからの方がいいんじゃない」
ならおいでよ、なんて期待していた私がいたけど、フレディの言葉に現実へと引き戻される。
同行の内示は受けているので、辞令が出されれば、怒涛のように準備に入るだろう。妃殿下と殿下が二人して出かけられるとなれば、世継ぎがいないなかでは、物々しいことになるのは目に見えている。
フレディの言うことはもっともだ。
もっともすぎて、ちょっとだけ反発もしたくなる。私は口をちょっと曲げて、視線を横に流した。
「どうしよ」
「ならさ、戻ってから、うちにおいでよ。婚約者の家ということで、ご両親に了解を得られたら、一緒に暮らそう。場合によっては婚約後かもしれないけど、未来に楽しみがあれば、妃殿下の護衛にも集中できるだろう」
やった。フレディと暮らせる。あの家で。
私の底からふわっとした喜びが溢れた。
「うん、そうする」
「それがいいよ」
「本当は、今でも転がり込みたいのよ」
本音がぽろっと零れてしまう。
私はフレディの袖を引き、上目遣いでおねだりしてみた。そうすると、いつもフレディは二度瞬きをして、ほくそ笑むのだ。
「落ち着かないだろ。それに、今はまだ、家にいてあげないとさ」
誰のために?
もう一度、フレディがキスしてくれた。
小さな疑問はぬくもりにさらっと溶けてしまった。
フレディの頑なさの意味は理解できなかったけど、気になるアナスタシア様のことを言わずに済みほっとした。
帰ってきたら一緒に暮らせると思うと、未来が保証されたようで、安心感が増した。アナスタシア様のことはまだ気になるけど、一緒に暮らそうと言ってくれたことが、何よりの保証のようで、疑念はしゅっと小さくなる。
それからは真面目に働いた。
護衛の仕事も大事。トワイニング公国へは、仕事の一環としていくんだと気を引き締めた。
そうこうしているうちに、ジュリエット様とともにトワイニング公国へ赴くことが正式に通達され、忙しい準備を経て、当日を迎えた。
補佐をする女官に扮した私は妃殿下と同じ馬車に乗りこんだ。
馬車内でジュリエット様と向き合うと、唐突に話を切り出された。
「トワイニング公国に着く前に、色々話しておきたいことがあるの。
これから話すことは、フレディからも伝えてほしいと依頼されている内容も含むわ」




