第59話:昼時の楽しみ
両親とフレディの顔合わせが終わった。
私の半年の猶予期間も幕が閉じる。
翌日、登庁して後、トワイニング家からの知らせが来たことを王太子妃のジュリエット様に相談した。彼女は分かっている様で、私を同行者にするつもりだと教えてくれた。
その手配はすでに、女官長に任せているそうだ。
続いて、寮も引き払った。
家に戻ると、祖母と母に呼ばれ、我が家の成り立ちや、過去。王家との繋がりから、王家とトワイニング家、ひいては、フレディの実家であるフォーテスキュー家の関係まで、いい機会だからと教えてもらった。二人は自分たちの代で終わりとし、私に伝える気はなかったそうだ。
驚くことも多かったけど、祖母が反対した理由も、フレディの実家で受けた歓迎も、さらにはフレディが祖母が懸念すると予想しえたことまで、おおよそ合点がいった。
トワイニング家の招待状、殿下や妃殿下の訪問を深刻に受けとめる事情も理解できた。
過去が見えて少し晴れ晴れとする。
しかし、過去は所詮過去でしかない。
私がフレディを好きになり、彼と一緒にいると決めたのだ。
マシューの時には、『結婚』を切り出してくれることを待っており、いずれ言ってくれると疑いもしなかった私が、フレディには私から『結婚しよう』と告げた。
受け身ではなく、私からアプローチした。
マシューのことがあったからか、この人がいい、と思って、黙ってはいられなかった。待っているだけではダメなんだと、学び、行動した。辛かったこともあったけど、私は成長している。
先走ってしまうこともあったけど、概ね順調。
職場へ通いやすかった寮生活が終了し、屋敷から馬車に揺られて出勤することになると、とたんに通勤が億劫になった。職場への通いやすさに慣れると、遠いことが耐えがたくなる。
馬車に揺られて通うことが無性に苦しい。
フレディが実家を離れて、近くで一人で暮らすのもよくわかった。
そんなフレディは相変わらず、殿下の執務室で書類仕事ばかりしている。
山積みにされた書類を前に、読み続けられる彼が不思議だわ。私なら、一枚目で根をあげそうよ。
妃殿下は殿下の予定をこそっと教えてくれる。
昼時は殿下が外出していることが多いのだ。
フレディを残し、食堂で要人と食事をとっていたり、視察に出かけていたりするのだ。月の半分は昼時はフレディ一人しか執務室にいないと教えてくれた。
妃殿下の昼食が終わり、三時の軽食が近づくまでの短い時間。私は屋敷で二人分の軽食を作ってもらい、フレディしか居ない時には、殿下の執務室に訪ねるようになった。
殿下がいても顔を出して良いのよ、と妃殿下に言われたが、さすがにちょっと気が引けた。
今日も殿下は外出している。彼が一人で仕事をしている殿下の執務室へと向かう。
執務室の扉をノックしても、部屋からの返答はないので、そのまま開く。書類に集中しているフレディは、周囲の雑音が聞こえなくなることが多いのだ。
こそっと扉をあけて、猫みたいに気配を消して滑り込む。
フレディは、殿下の執務机の横にある、食堂にあるような長いテーブルに書類を散らして仕事をしている。
彼はいつも、立って書類を眺める。
ほら、今日も、窓辺から光差し込むなかで、腰に片手を当てて、立ったまま書類を読んでいる。
灰色の髪は日に透けるとキラキラと輝き、白金や銀に変色する。
(綺麗なのよね)
すらっとしたスーツ姿のフレディの立ち姿は、しなやかで、いつも見惚れてしまう。
何かに集中している顔も見ていて飽きない。
殿下の執務室とは分かっていても、この姿見たさに、ノック音をいつも申し訳程度の音にしてしまう。
後ろ手で扉を閉める。その音で、フレディは私に気づいた。
「ルーシー。もうお昼か」
「そうよ、今日も軽食を持ってきたわ。うちの料理人が作った品で悪いけどね」
手にしていた小ぶりのバスケットを掲げて見せた。
ローテーブルにバスケットを置き、私はお茶を淹れる。その間に、フレディが書類を簡単に片づけ、ローテブルに座るのがいつもの流れ。お茶を淹れ終えて、私も、長椅子に座った彼の隣に座った。
料理はいつもサンドイッチ。
パンに挟む素材が変わるだけだ。書類仕事が中心のフレディの邪魔にならないように配慮して作ってくれている。私でも作れそうだけど、台所に入るには誰かの仕事を奪うようで気が引けるので、相変わらず作ってもらっている。
いつも通り、仕事を中心に、家族のことを話しながらゆっくりと食べる。
食べ終わり、お茶を淹れなおす間に、フレディは片づけてくれる。私がお茶を持ってくる時にはローテーブルの端に、バスケットがちょんとつつましやかにあるだけだ。
こういうところで、フレディが一人で暮らしていると実感する。
「フレディって本当に一人で暮らしているのね。ローテーブルをぱぱっと綺麗に一人で片づけちゃうなんて感心するわ」
「そう? まとめてバスケットに入れるだけだろ」
彼に、カップを手渡し、私も横に座る。
食事も終わったので、甘えるように彼の肩にすり寄った。
「職場近くに一人で暮らすっていいわよね。寮を出て、屋敷に戻ったら、馬車通勤でしょ。とたんに朝起きる時間も早くなって色々億劫に感じてしまうわ。
今さら寮にも戻れないし、私もフレディみたいに一人で暮らそうかしら」
お茶に口をつける。祖母が作る最高級の茶葉は今では殿下も愛飲し、昼時は自由に飲んでいいと言われているので遠慮なく飲んでいる。
芳醇な香りが口内から鼻腔を通り、すっとする。
「通勤は不便だよね。俺もポーリーンが夜遅くまで起きて、ヴィネットに迷惑かけることもあって、出ているからね。宮仕えの俺だけが生活時間が違うのも色々気も使わせるし」
「確かに、フレディはそうよね」
私はローテーブルにカップを置く。
彼の腕を抱いて、すり寄った。食後のぬくもりが気持ちよくて、最後の一時は一日のうちでも宝のようだ。
なにせ、フレディは夜遅くまで働くことも多い。朝も早く夜も遅い、休日がかぶさらないことも多く、この昼時ぐらいしかゆっくり会うことが叶わないのだ。
彼が忙しいのは、トワイニング公国へ殿下とともに訪問する予定となっているからだ。
私のうちに届いた手紙と同じ手紙が、フレディの元にも届き、私も彼も公国に赴くことになっている。アナスタシア様にご挨拶することになるわけだ。少し緊張する。
私はアナスタシア様がどんな方か気になっている。
幼い頃からフレディを知っており、私という未来の伴侶と会いたがるなんて、二人の間になにかあったかのような気がしてならない。
胸騒ぎは、ただの杞憂でおわればいいけど。
フレディの手が伸びて、私の顎に触れる。
くいっと上向けられると、彼の顔が近づいてくる。
お昼の最後のご褒美のキス。




