第57話:話が見えずに早とちり
「フレデリック様は、トワイニング公国へは何度も足を運ばれておられますわね」
「ええ、以前は、ですが」
私は首をかしげる。
北の辺境にある公国は、避暑地としての利用もなく、殺風景で観光にも向いていないと聞いている。そんな寂れた地にフレディがなぜ行くのか、見当がつかなかった。
「ルーシー、あなたも、この招待状をもらったからには行かざるを得ません」
「はい。妃殿下と相談し、護衛として同行するか、休みをもらって訪ねるかしなくてはいけませんね」
「そんな単純な事ではすみません。トワイニング家の呼び出しはただ事ではないのですから」
「ただ事じゃないとはどういうこと? あそこは我が国に取り込まれた元小国であり、現在は国内の一領地であり、ジュリエット様のご実家でしかないわ。
そりゃあ、こんな仰々しい手紙には驚くけど……」
祖母の言葉が厳しい。
フレディを紹介し、受け入れてくれたなら、これで我が家も安泰だと家族は喜んでくれると思っていたのに、こんなピリピリした空気になるとは予想もしていなかった。
なんでこんなに緊張しているの? フレディとの縁談は仕方なく認めたといいたいのかしら。それとも、トワイニング家からの招待状のせい?
関係ない彼がいる場で、手紙を出す? それこそおかしいわ。
祖母が、不必要なことをするとも思えない。となれば、フレディとのなにかしら関係があるのかしら。何度も足を運んでいることを、なぜ祖母が知っているの。
そもそも、フレディとトワイニング公国のどこに接点があるというのかしら。都心の商家と辺境を治める公国よ。接点なんてないじゃない。
フレディの家で、なにか取引をしているとか?
うちみたいに何かを作っていて、その販売窓口になっているなら納得できるけど、公国に目立った産業はあったかしら……。
ぐるっと思考を巡らせても、フレディとトワイニング公国の接点は思いつかない。妃殿下の実家という印象しか残らなかった。
「トワイニング家に呼ばれたと言うことは、とても重要なことなのよ。ルーシー」
「お母様も……。なに? いったい、なにがあるというの」
「我が家から、かの家に呼ばれたのはレジナルド・グレイス将軍が最後。彼は、不戦を貫き、地位も名誉も失いました」
「待って、待ってよ。まるでそれでは、祖先がトワイニング皇国と手を組んでいたようだわ。当時、我が家は、国を裏切っていたの?」
「ルーシー、私たちは裏切ってなどおりません。私たちは……」
祖母が苦し気に目元をゆがめ、言葉を濁らせる。
フレディが、「グレイス伯」とよくとおる声で祖母に呼び掛けた。
「御心配することはございません。
今回、彼女が呼び出されたのは、推測にはなりますが、トワイニング公国の公女アナスタシア様個人の好奇心と思われます」
公国の公女様が私に興味を持つ?
会ったこともないのに?
それこそ、意味が分からない。
「ご当主が過去を鑑みて、ルーシーの未来を憂慮する気持ちは分かります。しかし、今回は違うでしょう。
アナスタシアは、ただ……。
幼い頃より見知っている私の伴侶がどんな女性か、会ってみたいだけでしょう」
「なぜ、そうと言い切れるのです!」
穏やかなフレディに、厳しく祖母が切り返す。
私は厳しい祖母の顔を、真剣な面持ちのフレディの顔を交互に見る。
彼が言った、『幼い頃より見知っている』という言葉が、酷く気になった。
「重ねて申し上げます。ルーシーのことがとても心配であることはよくわかります。私も彼女の未来が安泰であることを望みます。根底にある思いは、同じです。
その上で、今回の縁談は、私が上級文官になることを殿下が望んだことによるご縁になります。
彼女の役割は、貴族の縁故を私に持たせることにつきます。彼女に求められているのは、私と結ばれることであり、それ以上もそれ以下もありません」
「平民のあなたを上級文官にするために、ルーシーを巻き込むというのね」
「巻き込むつもりはありません。
今回のことで、彼女に、ひいては彼女を通して、グレイス家に害が及ぶことがないように努めます。今後何が起ころうとも、責任を負うのは私であって、グレイス家に迷惑をかけることはありません」
語られる内容の意味がよくわからなかった。なぜ私とフレディが結婚すると、グレイス家に迷惑が及ぶの?
私を含めて、グレイス家そのものにも迷惑がないようにするとはどういうこと?
ちんぷんかんぷんな私は、蚊帳の外におかれる。まるで私の縁談が横に置かれて、別の話をされているようだわ。
「フレデリック様、具体的にどう考えているのでしょうか」
「ルーシーには働いていてもらいます。自立し、私からいつでも離れられるよう独立していてもらいます。
私が何か罪を被ることがあれば、グレイス家やルーシーに害及ぶ前に離縁し、私を切り捨ててもらうのです。
私一人、咎を負えば、グレイス家、ルーシー、願わくば彼女との子も含めて守る道を選びます。けっして、私のせいで、グレイス伯爵家を潰す結果になることはないようにします」
「大きく出ましたね」
「グレイス伯の大切なものは、孫娘のルーシー、次いで家族、最後に自領や伯爵家でありましょう」
「ちがいありませんね」
「私はあなたの大切な孫娘であるルーシーを傷つけることは致しません。彼女を通して、グレイス家に害及ぶ真似もしません」
言い切ったフレディが口元を引き結ぶ。彼にしては必死な様相に私は息を呑んだ。
何を気にしてそのような発言をしているのか理解できなくとも、彼は本気なんだと、改めて実感した。
不謹慎だけど、彼は私のすべてを大切にしてくれる人だと改めて強く自覚させられた。
(やっぱり、この人がいい。ううん。この人じゃないと嫌だ)
祖母が黙り、母が語りだす。
「フレデリック様、ありがとうございます。
私どもにも、家族があり、自領があり、産業があり、生きる者たちがいます。ほとぼり冷めた今になって、ルーシーが巻き込まれることは私たちにとって望むところではなかったのです。
かつて、我が家が被った過去は、我が家が望んだことです。
初代王の横で、世の安寧を誓った祖の意志を継いだにすぎません。それをもって、我が家の役割は果たしたと思っていたぐらいです。
もう、表舞台に関わることはないと思っており、貴族衰退の時代において、私たちは静かに消えていくつもりでいました。
しかし、私たちも王家との初代王からのつながりも深く、王家の望みを助けたい気持ちもあります。
フレデリック様は、その両方を理解し、それを含めた上で、ルーシーを大切にしてくださるのですね」
「もちろんです」
フレディの返答は力強かった。
始めから、このような祖母と母の反応を見越して、私に時間を割き、短い時間のなかで、誠意を示そうしていたのかもしれない。
彼は最初から、祖母が懸念を示すと分かっていたのだから。
そのために、私に対して誠意ある努力を傾けてくれた彼が、無性に愛おしく感じた。
祖母と母が、前将軍のように私や自領、伯爵家に悪いことが起こることを懸念しているのかもしれないけど、私は、フレディと一緒になるなら、彼が背負うものを一緒に背負っても良い。
彼を一人にして手放すような真似はできない。
彼が望むなら、表向き、家族や自領を含めたすべてを守っても、私は、最後はフレディについてあげたい。
私はぎゅっとフレディの腕を掴んだ。
腕を引かれたフレディが私をちらっと見た。いきなり腕を引かれたことによる驚きにより、彼の両目が見開かれる。
私は彼の瞳を覗き込み、そこに映し出された私を見た。
くっきりと彼にうつる私を確認してから祖母と母へ向き合った。
「お祖母様、お母様。フレディは良い方でしょ。
たとえ妃殿下からの紹介や殿下の後押しを抜きにしても、私はフレディがいいの。彼以外と結婚なんて絶対にしないわ。私が、この人がいいと決めたのよ。
この人がいいの。フレディじゃないと嫌なの。これだけ言って、反対するなら、私がこの家を出ていくわよ!」
私が宣言すると、場がしんと静まり返った。
うなだれた父の肩に祖父が手を添える。
母はちょっと驚いた顔をし、祖母が両目を瞑った。
フレディの、くくっと笑う小声が耳に届き、私ははっと我に帰る。
私、変なこと言った?
「大げさだね、ルーシー。そして、早とちりだ。
私が、これから、『お嬢さんを下さい』という流れに先んじて、口を挟んでくるなんて」




