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令嬢騎士と平民文官のささやかななれそめ  作者: 礼(ゆき)
『令嬢騎士と平民文官のささやかななれそめ』長編版
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第56話:公国と王国の背景

「差出人は現王太子妃の異母姉様あねぎみに当たるトワイニング家のアナスタシア様です」


 ルーシーの祖母が淡々と告げた名に眩暈を覚えた。


(すでに手は打たれていたか)

 俺は二度瞬きし、気持ちを落ち着かせる。


 トワイニング家に繋がりがある者は、広く深くそこここにいる。間者がアナスタシアに俺の身辺について伝えていたとしてもおかしくはない。


「よろしいかしら、フレデリック様」


 気がそれていた俺に向け、ルーシーの祖母が矢を射るように言った。

 俺は黙ってうなずいた。意味はいかようにでもとってくれ。


「ルーシー、これはあなた宛ての手紙です。封を開けて読んでもらえるかしら」


 ルーシーは祖母の言うことをきき、ローテーブルの端に用意されていたペーパーナイフで封をあけた。

 取り出した手紙を黙読し、彼女は顔をあげた。


「お婆様。一言しか書いておりません。『来月、妃殿下とともにトワイニング公国に来るように』とだけ、書かれています。

 来月と言えば、ジュリエット様が殿下と一緒に訪問予定となっているわ。それは、公式な訪問ではなく、私的な……、里帰りだと聞いていたけど。

 たぶん護衛騎士からも誰か同行するわ。来月のことだから、誰が行くかは決まっていないけど、その時に、一緒にくるようにというお達しよね」


 ルーシーからすれば、ジュリエットの護衛として赴くとなれば仕事の一環でしかない。

 表向きには殿下の私的な訪問、王太子妃の里帰りへの同行と捉えるのが妥当だが、実態は違う。そこでは会議が開かれるはずだ。


 ルーシーの祖母が俺に話しかける。


「フレデリック様は、トワイニング公国へは何度も足を運ばれておられますわね」

「ええ」


 否定はできない。ルーシーの祖母は、だいたいのことを把握している側だ。


 この場で、俺の背景を理解しているのは、ざっと見て、祖母と母。入り婿である祖父と父ははかりかねる。


 ルーシーは知らない側だ。二人はまだ伝えていない。今までの彼女の反応や、俺と出会い名乗った時に悪意を示さず、好意的に受け止めてくれたことがなによりの証拠だ。


 もし彼女の祖母と母が、俺の実家について少しでも彼女に伝えていたとしたら、彼女は俺に心を開かず、先入観によって、はなから俺を排除した可能性が高い。


 ルーシーは家族に愛されて育っている。

 ルーシーもまた家族を愛し、大切にしている。

 

 俺が誠意を示し、好かれる努力をし、彼女に好かれなければ、彼女は祖母や母側に立ったことだろう。彼女は過分な贈り物だと思っていたようだが、俺からしたら、これぐらい贈らなければ、彼女を取り巻く人々を納得させられないと踏んでいた。

 現にルーシーの母は俺の贈答品の意図を汲んでくれた。


 もしも彼女との距離を縮めず、のこのこと訪問し、妃殿下からの紹介ですと挨拶しても、苗字を名乗れば彼女の祖母や母が良い顔をしない、家族が望まない相手を彼女は好むとは到底思えない。


 だが、家族を前にしても俺の側にルーシーは立ってくれた。自ら宣言した『結婚しよう』を実行している。その毅然とした姿勢、決めたことを貫こうとする意志を備えた姿が眩しい。

 出会ってから三日間、すべてを彼女に捧げて本当に良かった。


(ルーシーの祖母にしても、ルーシーにしても、凛とした清々しい空気感を持っている。これが長年、地位を保ち続けた理由かもしれない。傍にいるだけで守られている気にさせる)


 ルーシーの祖母は心配しているのだ。孫娘が巻き込まれ、不条理な現実を歩まなくてはならないのではないかと。レジナルド・グレイス将軍が、愚か者の烙印とともに将軍職を辞すことになったように。


 俺だとてルーシーが不利益を被ることは望まない。

 故に、彼女が働くことを望んでいることも好都合だ。いざとなれば、俺一人を残し、知らぬ存ぜぬを通し、グレイス家を守れる。

 凛々しい自立心は彼女の芯であり、彼女をきっと救うだろう。


 俺がそのような心づもりであっても、相手の心が閉じてしまえば、どんなに誠意を込めた言葉も上っ面と捉えられ、信じてもらえない。

 紹介者が妃殿下だけでもグレイス家は折れなかったかもしれない。

 やはり殿下の威光は強い。


 グレイス家と王家との繋がりは、建国時まで遡る。

 初代王の右腕として統一に尽力した末裔こそが、グレイス家だ。

 彼らは初代王によく仕え、貴族となった。

 

 その初代王は表向き出自は不明とされているが、実際はトワイニング家の者だ。トワイニング皇国から旅立った分家筋の者が、村々を繋ぎ、人々をまとめ、国を成した。

 

 レジナルド・グレイス将軍が辞すまで、グレイス家は武門の家柄として隆盛していたという。 

 かの将軍がなぜ不戦を貫き、不名誉なまま職を辞したか。

 その背景には、王家と上級文官、それにトワイニング家が関わる。

 

 我が王国を治めるクリムフォード家は、トワイニング家の分家にあたり、建国時から傘下に組み込まれていた。

 それを不満とした上級文官から成る一部の貴族が結託し、トワイニング皇国を潰し、本流を断ち、真なる独立を勝ち取ろうとしたのだ。


 その企てを、真っ向から退けたのがグレイス家の最後の将軍だ。彼はトワイニング家の意向を受け、それに従いながら、王家と国民を守ることを優先した。


 将軍が責任を取り辞した背後で、粛清された上級貴族がいたことは言うまでもない。大々的な処分というより、個別の小さな事件をもって、領地や地位の剥奪が行われた。それより時代は、貴族の力を削いでいく方向へと舵がきられた。


 トワイニング家は、次なる分家をクリムフォード王国に放つ。

 それが、俺の実家。フォーテスキュー家だ。

 トワイニング家から資金提供を受けるフォーテスキュー家は商家として勃興していく。

 

 城の下げ渡しが行われたことも、表向きは老朽化した城を手放し、新しい城の築城であるが、実態は権力の移譲を意味する。


 その間、表舞台から消えたグレイス家が茶葉の産地として細々と領地を活かしての再建を目指していた。その茶葉の買い取りを通して、フォーテスキュー家はグレイス家を助けた。

 茶葉の代金に隠し、トワイニング家からグレイス家に慰労金が支払われた。

 その慰労金の最後の受け取り手が、ルーシーの祖母。エリー・グレイス。


(グレイス家は、これをもって歴史から消えようと思っていただろう。一貴族として、衰える貴族社会に沿ってきえていくつもりであったはずだ)

 

 ルーシーを見出されたのは、グレイス家にとって不本意なのだ。グレイス家の女当主は、もう二度と、トワイニング家とは関わりたくなかったろう。   

 歴史の中に消えようとしても、こうやって掘り起こされるのだから、その因縁は深い。

 

(俺を重用したいという殿下の意向が巡り巡って、忠臣の家系を求めたのかもしれないよな)


 俺の目にルーシーが特別に映ったことも、きっとなにか、あるのだ。


 現在においても、クリムフォード王国はトワイニング公国の傘下にある。形だけは二度と狙われないように、クリムフォード王国に入り込んでいたとしても。

 人々に知らされる歴史とは何重にも重ねられた薄膜の上澄みだけである。


(それでも、俺はルーシーが良い。彼女が俺に『結婚しよう』と言いきったように、俺もまた『ルーシーがいい』と決断したのだ) 

 

 ルーシーを呼び出すアナスタシアこそ、どう出てくるか。

 こっちの方が気がかりだ。


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